新入幕から史上最速の早さで大相撲の最高位に上り詰めた大の里は、今後どのような実績を積み、横綱道を突き進んでいくのだろうか。
同じ石川県出身、同じ大卒力士で横綱に上り詰めた先輩・輪島を目標にしてきたというが、大鵬から白鵬まで、歴史に名を刻んできた大横綱の歩みと比較しても、"唯一無二"の存在となる魅力が秘められている。
【横綱に至るまでに見せた短期の修正力】
初の綱取りともなれば、多かれ少なかれ重圧を背負うものだが、先場所の大の里にそんな姿は微塵も感じられなかった。
「4月の巡業で『横綱』、『綱取り』という言葉をたくさんかけてもらった分、場所前に『綱取り』と言われても耳が慣れていたので、何も考えずに場所を迎えることができました」と連覇を成し遂げ、横綱昇進も確実にした夏(5月)場所千秋楽の優勝インタビューでは、事もなげにそう言いきった。
しかし、記録ずくめのスピード出世で横綱に上り詰めた"超怪物"も、プレッシャーに圧し潰されたこともあった。「大関という地位のプレッシャーに負けた2場所だった。思うような相撲が取れなかった」と本人も認めているように、昨年九州場所の新大関場所から9勝、10勝と優勝争いに絡むことなく平凡な成績に終わった。だが、"看板力士"としてすっかり慣れた大関3場所目からは伸び伸びと自分の相撲を取り切っての連続優勝。夏場所後、第75代横綱に推挙された。
入門から所要13場所での昇進は、輪島の21場所を大きく上回り、戦前の羽黒山、照國の16場所をも抜く史上最速。新入幕から所要9場所も年6場所制となった昭和33(1958)年以降では、大鵬の11場所を抜いて史上1位のスピード昇進となった。入門から負け越しなしで角界最高位に駆け上がったのも大の里が史上初だが、これまで壁にぶち当たった経験がないわけではなかった。
日体大1年で学生横綱となり、大学3年から2年連続でアマチュア横綱に輝くなどアマ14冠のタイトルを引っ提げ、令和5(2023)年夏場所、"超大物ルーキー"として幕下10枚目格付け出しで角界入りするも、プロデビュー戦は黒星だった。幕下2場所目の翌場所も3勝3敗まで追い込まれ「ご飯も食べられないし、しんどい状態だった」とデビュー2場所目にして、早くも負け越し危機に追い込まれたが、最後の相撲で辛うじて勝ち越しと新十両を決めたのだった。
昨年春(3月)場所の入幕2場所目には初優勝のチャンスが訪れ、千秋楽までその可能性を残したが、賜盃は新入幕の尊富士にさらわれた。
「だいぶ優勝ということを意識してしまったんで、今回はまったく考えてなかった」と終盤で優勝がちらついたことを反省し、翌夏場所での初優勝につなげたのだった。"100年に一人"と言われるほど、体格と素質に恵まれた超逸材だが、苦い経験から課題をいち早く見つけ出し、短期間のうちにこれを克服して次に生かす。入門以来、短期間ではあったが、その繰り返しで番付を駆け上がっていった大の里は、極めて高い修正能力の持ち主だと言えるだろう。
【同郷、同じ大卒横綱・輪島との共通点】
石川県出身の横綱誕生は輪島以来、52年ぶり。大卒出身でアマチュア、プロの両方で綱を張るのも輪島以来2人目だ。優勝14回を誇る第54代横綱・輪島とは驚くほど共通点が多く、新横綱・大の里が子どものころから憧れ続けてきた横綱でもある。
「一つの目標でもありますし、大卒出身の横綱は同じ石川県出身の輪島さんしかいませんし、ずっと目にして耳にしてきました。偶然ですけど、あの方もスピード出世で同じ5月場所で上がったということで、番付的には並びましたけど、まだまだあの方にはかなわないと思っています。石川県出身の先輩を超えられるように頑張りたい」
横綱昇進伝達式での会見では、故郷の大ヒーローに抱く思いをたっぷり語っていた。子どもの頃から親に連れられて、輪島の遺品が多く保管されていた石崎福祉会に足を運んだこともあった。自身が相撲に打ち込み、相撲道にまい進すればするほど、その偉大さをますます実感することになった。
新小結の場所で12勝をマークして初優勝を遂げ、大関昇進の起点を作ったものの、新関脇に昇進した翌名古屋(7月)場所は9勝6敗に終わり、新入幕場所からの連続2ケタ勝ち星は3場所で途切れた。大関取りのムードもややトーンダウンし、若干気落ちした様子の大器だったが、憧れの横綱輪島の大関取りまでの足跡を知ることになると、思わず表情が綻んだ。
昭和47(1972)年夏場所、関脇で12勝3敗とした輪島は初優勝を果たした。翌名古屋場所は8勝どまりだったが、秋(9月)場所は13勝2敗の好成績で場所後、初代貴ノ花とともに大関に推挙された。その52年後の同じ夏場所で初賜盃を抱いた大の里も翌場所は1ケタの勝ち星に終わったが、同郷の大先輩と同じ道を辿っていることを知ると「めちゃ似てますね。輪島さんも意外に苦しんでいるんですね。ちょっとテンションが上がりました(笑)」とモチベーションがアップしたのか、続く秋場所は13勝2敗で2度目の優勝。場所後、大関昇進を決めたのだった。
輪島は大関在位4場所で横綱に昇進。直前場所は15戦全勝優勝だった。奇しくも大の里も大関は4場所通過。直前場所となった先の夏場所は初日から14連勝としたが、千秋楽で横綱・豊昇龍に惜しくも敗れ、あと一歩のところで自身初の全勝Vを逃した。
【歴代の大横綱に迫る潜在能力が魅力】
24歳11カ月で横綱に昇進した大の里は4回の優勝を果たしているが、21歳3カ月で横綱になった大鵬は、25歳になる前にすでに16回の優勝。大関から横綱2場所目にかけての4連覇と、その後1度目の6連覇を遂げている。
26歳と大横綱としてはやや遅い年齢で昇進した千代の富士は、35歳11カ月で引退するまでに31回の優勝を成し遂げているが、初優勝は25歳の時だった。22回優勝の"平成の大横綱"貴乃花は史上最年少の19歳5カ月で初賜盃を抱くと25歳未満での優勝は大鵬を上回る17回としたが、26歳になった直後の平成10(1998)年秋場所、連覇で優勝回数を20回の大台に乗せて以降は休場が目立ち、賜盃から遠ざかるようになった。
モンゴルから来日し、明徳義塾高(高知)を経て18歳で初土俵を踏んだ第68代横綱・朝青龍は、25回の優勝を果たし29歳で土俵を去るが、25歳未満での優勝回数は13回、モンゴル出身2人目の横綱となった白鵬は12回としている。
大の里は今後、優勝回数をどこまで伸ばすのか。23歳になる直前という遅いプロ入りは優勝20回超の過去の大横綱と比較するとハンデに映るかもしれないが、入門してまだ2年あまり。幕内在位はまだ9場所にもかかわらず、すでにV4を達成。過去の大横綱でも白鵬を除けば、幕内に定着して10年余で"寿命"を迎えることを鑑みれば、6月7日で25歳になった大の里も、あと10年は綱を張る可能性は十分秘めていると言える。
大きなケガがなければ優勝回数は今後、加速度的に伸びることも予想されることから、20回はおろか30回の大台に乗るのも夢ではないかもしれない。
「成長途中なので、まだまだ強くなると思います」と師匠の二所ノ関親方(元横綱・稀勢の里)はまな弟子に大きな期待を寄せる。角界の頂点に立ったが、持てる素質や才能を出しきったとは言い難い。
"唯一無二"の道を歩み出した第75代横綱は果たして、どこまで強くなるのか。全く想像がつかないところが大の里という力士の最大の魅力なのである。
【Profile】
大の里泰輝(おおのさと・だいき)/平成12(2000)年6月7日生まれ、石川県河北郡津幡町出身/本名:中村泰輝/能生中―海洋高(以上、新潟)―日本体育大/主なアマチュア戦績:学生横綱(2019年)、アマチュア横綱(2021、22年)/所属:二所ノ関部屋/初土俵:令和5(2023)年5月場所、初十両:令和5(2023)年9月場所、新入幕:令和6(2024)年1月場所、新三役:令和6(2024)年5月場所、大関昇進:令和6(2024)年11月場所/横綱昇進(第75代):令和7(2025)年7月場所