公立の雄・東筑が挑む7度目の夏甲子園(前編)

 公立校は設備面や練習時間に制限がある。進学校ともなれば、日々の勉強もおろそかにすることができない。

ただ、そのハンデをものともせず、強豪私立と渡り合う高校が福岡にある。

 偏差値70を誇る東筑高は、今春の県大会決勝で福岡大大濠に7対4で逆転勝ちし、15季ぶり優勝。九州大会準々決勝では、一昨年、昨年夏の甲子園で2年連続4強の神村学園(鹿児島)を相手に3対4と逆転負けも、6回まで3点リードと、試合を優位に進めた。

 今夏は堂々の福岡北部第1シード。今春選抜8強の西日本短大附の対抗馬として、2017年以来、7度目の夏の甲子園を視界に捉える。

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【短い練習時間をどう有効に使うか】

 指導者歴43年、東筑を率いて26年目となる青野浩彦監督は、神村学園との一戦を悔しそうに振り返る。

「途中まで3点リードで、2点やってもまだ1点勝っているんだから、2点やってもいい野球をすればいいんだけど、1点もやらない野球をしてしまうんですよね。一、三塁からの二盗で、捕手の二塁送球を投手がカットして、みすみす二、三塁にしてしまい、ピンチを広げてしまう。1アウトを取りにいったほうがラクなのに、そういう考え方をみんなが持っていないといけないんだけれど、高校生だから慌てるんでしょうね」

「考える野球」──青野監督が選手たちに説くキーワードだ。月曜と木曜は7限授業が16時15分まであるため、練習は通常より1時間ほど遅い17時ごろからスタート。そして20時には完全下校しなければならないため、平日は2時間半~3時間半ほどしか練習ができない。定期考査が始まる5日前には部活動も休みになる。

 その短い練習時間をどう有効に使うか。

まずは全体でのウォーミングアップに時間を割くことを省いた。ある日の練習。選手たちがグラウンドに三々五々集まり、各々で体を動かした後、マシンを使用した実戦形式の1カ所打撃から練習が始まった。ケガなく、いきなりトップパフォーマンスを発揮するためにはどういう準備をしたらいいのかを逆算して考えさせる。

「みんなバラバラに集まってくるのに、全員が揃うのを待つ時間がもったいない。夏の大会前は追い込めとよく言われるけど、走り込んだり、個人ノックをする時間もないし、そもそも追い込むって何をするのって話です(笑)」

【量より質を求めてスイングスピードアップ】

 グラウンドはラグビー部、サッカー部、陸上部と共用。使用スペースも内野のみと限られる。全面が使えるのは月曜、金曜の2日間と、水曜は18時以降のみ。火曜、木曜はバックネット側に向かってフリー打撃を行ない、打撃感覚を養う。

 十数年前、バックネット前に移動式のネットが完成。打球が突き抜ける心配がなくなったため、選手たちは気兼ねなくフルスイングできる。

「他校の監督から『何でそんなに打つんですか?』と聞かれたこともあります。素振りや打撃練習も多いと言われるけど、そんなに特別なことはしていません。

バットが低反発に変わった影響は大きいけど、春はなぜか打線がよくつながってくれました」

 基本は打って勝つチームを理想としている。以前は「量」を追い求めたこともあったが、今は「質」に重点を置き、スイングづくりをさせている。

「陸上100メートル走の選手は一本を走るのにものすごく間を空けます。一度に多く走っても足は速くなりません。スイングも一緒で、数は少ないんだけれど、間を空けて一本一本を全力で振る方が、スイングスピードが速くなるんじゃないかと思って、いま試していますが、それがどうなるかですね」

 65歳になってもなお、その探究心が衰えることはない。校内にウエイトルームはあるが、トレーナーがいないため、自ら動画や本で調べ、オリジナルメニューを作成。流行りのトレーニングがあれば試し、限られた時間内で選手たちの最大値を上げていく。強豪私学の監督からは「東筑の選手たちは体つきがすごい」「公立高と思わないようにしている」など驚きの声が挙がる。

「他校は科学的に鍛えているんだと思っているんでしょうね(笑)。自分で調べたことを選手に勝手にさせているだけなんですよ。私の意識は『速く』するということ。球速もスイングも足も、何でも『速く』できるようになってほしくて、いろいろとやらせています」

【高校野球】偏差値70の進学校に140キロ超えの投手が続々 公立の雄・東筑が第1シードで挑む夏
短い時間で効率よく練習をこなす東筑の選手たち photo by Uchida Katsuharu

【毎年200名近くの国公立大学合格者を輩出】

 東筑の校是は「文武両道」「質実剛健」。東大や京大、九大など毎年200名近い国公立大学合格者を輩出している県内屈指の進学校だ。

仰木彬さん(元近鉄、オリックス監督)をOBに持つ野球部も、練習後には塾へ通い、学業と部活を両立して指定校推薦や一般受験などで名門大へ進学する。上のステージで競技を続ける部員も多い。

 夏春と2季連続で甲子園に出場した2018(平成30)年度の卒業生は、エース石田旭昇(現・FBS福岡放送アナウンサー)の法政大をはじめ、東京六大学に5人(菊池聡太=早稲田大、北村謙介=慶應義塾大、林大毅=立教大、秀島龍治=1浪後に東京大)が進学した。

 一学年上の別府洸太朗は2浪の末、東京大に合格して秀島と同期に。京都大の平山統(現・京大コーチ)とともに、東西で人気を二分する最難関国立大で東筑OBが4番を張ったこともある。今春は九州大の堺和也(2年)が九州六大学で3発を放ち、本塁打王に輝いた。

「勉強だけではなく、野球でもチャンスがあるのが東筑の特徴。監督をやっていたら物足りなく思うけれど、ほかの学校から見たらいい選手は集まってきているんでしょうね」

 内野手の樋口朔也主将(3年)も、この環境を望んで試験を突破し、入学を勝ち取ったひとりだ。当初は短時間で終わる練習に、「強豪校がどれだけやっているのか不安もありました」と言うが、歴代の先輩たちが「考える野球」で結果を残してきたことが自信となり、方向性を再確認することができた。国立大進学を目指し、自習室で毎日欠かさず勉強するなど、文武両道を体現している。

「自分たちはミーティングを大事にしています。野球は感覚ではあるんですけど、それをどれだけ言語化して、みんなで意識を共有できるか、そこが考える野球ではあると思います。

夏は先を見ず、1試合1試合勝っていき、最終的には甲子園に行けるように頑張りたいです」

【近年稀に見る充実の戦力】

 今年の戦力はこれまでにない充実ぶりだ。特に2年生投手陣の成長ぶりが著しい。中学時代に横浜(神奈川)の織田翔希(2年)と並ぶ逸材として北九州でしのぎを削った最速145キロ右腕の深町光生のほか、190センチを超える長身の佐藤主税(ちから)、梶原大和の両左腕はともに140キロ近い角度のある直球を投げ込む。

 そして4番も任されるなど、二刀流の活躍が期待される146キロ右腕の池口貴綱(3年)が守護神に控える。青野監督も、誰を先発に指名するか、そして継投はどうするか、用兵に頭を悩ませる日々が続く。

「北部第1シードというプレッシャーを感じながらやっていても勝てません。バットの影響でけっこう接戦が多いので、ミスをしたほうが負ける。そういうことがないよう、できるだけ緻密なことをやっていかないと勝てないと思っています。先を見据えず、一戦一戦、安定して上に行けるようなチームをつくっていきたいです」

 福岡県は今夏からシード校は3回戦からの登場となり、優勝までに必要な試合数も昨年までの7試合から6試合となる。ここ10年で優勝1回、準優勝1回、4強1回、8強1回と、夏に強さを発揮するのが東筑の特徴。今年も私学の分厚い壁に風穴を開け、公立の雄としての矜恃を見せつける。

つづく

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