千葉商大付「大人マネージャーと高校生マネージャー」の絆(後編)

 1982年春のセンバツに出場した実績を持ち、近年は2023年夏の千葉大会でベスト4に進出した千葉商科大学付属高校野球部だが、2024年秋に結成した新チームは苦戦が続いた。

 公式戦で一度も勝てず、2025年3月に練習試合が解禁されてからも負けが続いた。

「春の県大会出場を決めないと、もう夏はないんじゃないか......」

 そんな声が、野球部を取り巻く周囲や保護者の間からも漏れるほど、チームの雰囲気は沈んでいた。チームは、勝つことでひとつにまとまっていくものだ。しかし負け続けた千葉商大付は、次第に心が離れ、選手同士の仲も悪くなるという悪循環に陥っていた。

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【あなたは野球部のマネージャーだよ】

 4月が近づき、いよいよ春大会の予選が迫ってきた日の練習試合中、3年生マネージャーの菅谷愛子さんはいつもと違う感覚を抱いた。副部長の先生が、やけに話しかけてくるのだ。

「愛子はこのチーム、どうすれば変わると思う?」

 それは私に聞くようなことなのだろうか。菅谷さんは内心で思いながら、ボソッと吐き出した。

「こんなんじゃ勝てないよ......」

 すぐそばで聞いていた"大人マネージャー"の鳥海菜々子さんが激高した。

「あなたは他の部活のマネージャーじゃなくて、野球部のマネージャーだよ。あなたも野球部のひとりなのに、このまま楽しく思い出がつくれればいいの? それとも勝って、本当にみんなから必要とされるマネージャーになりたくないの?」

 あなたもチームの一員なのに、見て見ぬふりでいいのか。鳥海さんが一気にまくし立てると、菅谷さんは過去に見たことのないほど暗い表情を浮かべていた。

 少ししてマネージャー室に行くと、部屋を真っ暗にして、体育座りをして固まる菅谷さんの姿があった。

 やってしまった──。

鳥海さんは我に返った。自分を高校生だと思い込み、菅谷さんに接してきたが、10歳も年下の子に、あまりにも強く言いすぎてしまったのだ。

 一方、菅谷さんにはその言葉が深く刺さっていた。自分の胸の内に秘めていた思いを、まったく違う視点から次々と指摘され、頭のなかが混乱してしまった。どうしていいのかわからず、マネージャー室の電気を消し、小さくうずくまることしかできなかった。

「いま思っていること、言葉に書いてみな」

 鳥海さんがそう言って立ち去ると、菅谷さんにはさまざまな思いが込み上げてきた。

「私がチームを変えられるのかという疑問と、私がやらなきゃダメだよなという思いが混ざって、どうしたらいいかわからなくなって。だけど、本当にみんな頑張っているのに、練習試合で結果が出ていない姿を見ていてすごく悲しいというか、悔しくて。ここで自分が何か動いたら、その頑張りが報われるならやろうと。思っていることを全部書いて送りました」

 帰宅した鳥海さんが食事をしているとLINEが届いた。画像に写されたルーズリーフいっぱいに、選手たちへの思いがあふれていた。

 これからチームにどうなってほしいか。

手書きの手紙には、菅谷さんの気持ちがこもっていた。鳥海さんはじっくり読みながら、涙が止まらなくなった。

「やっぱり、愛子ちゃんはこういう思いを持っている。この子がチームを変えるんだと思いました」

【新チーム結成後、公式戦初勝利】

 翌日、菅谷さんはチームの前で泣きながら手紙を読み上げた。その次の日、部員たちは全員、丸刈りで現われた。人が変わったかのように練習が引き締まり、4月5日、千葉商大付は春季大会予選で市川工業を下し、新チームになってから公式戦初勝利を挙げた。

 翌6日、光英VERITASに勝利すれば春季大会出場が決まるが、1回裏、いきなり5点を先行される。なんとか3アウトをとってベンチに帰ると、円陣の輪ができた。

「おまえら、絶対勝つぞ!」
「おお!」

 菅谷さんは選手たちの顔を見回すと、逆転できそうな予感が込み上げてきた。

 チームは3回に2点、4回に1点を奪って点差を縮めたが、7回に1点を追加される。しかし8、9回に3点ずつ奪い、見事な逆転勝利で春季大会出場を決めた。

【高校野球】女子マネージャーの涙の手紙が崩壊寸前のチームを救った 千葉商大付の復活ストーリー
チームを陰で支える菅谷愛子さん(写真左)と鳥海菜々子さん photo by Sportiva
 雨の中で勝利に歓喜するチームを見て、鳥海さんは"大人マネージャー"として千葉商大付に関わってきた喜びが込み上げてきた。

「勝った瞬間は監督も泣いたし、私たちマネージャーも、選手も保護者もみんな泣いていました。『甲子園に行ったんじゃないか』って思うぐらいの勢いで大喜びして。あの県大会を決めたのは、愛子ちゃんの力だったのかなと思っています」

 県大会は初戦で敗れたが、最後の夏に向けて、この春の戦いは大きな財産となった。

 もともとプロ野球の球団職員になりたくて高校野球のマネージャーになった菅谷さんだが、新たな目標ができたという。

「看護師になりたいです。菜々子さんと話した選手がスッキリした顔になっている様子を見て、自分も頑張る人の支えになりたいと思うようになりました。その前に最後の夏は記録員として、できるだけいいスコアを書かせてほしいなと思います」

 一方、"大人マネージャー"の鳥海さんは、高校生たちの少し先を見ている。

「毎日の当たり前がどれだけ幸せだったのかに気づくのって、引退してふとした時だと思います。その時、すごく幸せだったと思えるような高校野球であってほしい。高校野球が、これからの人生でこの子たちの糧になってくれたらうれしいな」

 全国でも珍しい"大人マネージャー"の鳥海さんと、チームをひとりで支える時期も長かった高校生マネージャーの菅谷さん。さらに新しく入った1年生のマネージャーが野球部の力を底上げし、千葉商大付はひとつにまとまった。

 チームは「千葉無敗」という目標を掲げ、最後の夏に挑む。

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