バレーボール男子世界選手権(世界バレー)がフィリピンで開催されている。フィリピンのバレー人気は知る人ぞ知るところ。

なかでも日本男子バレーチームの人気は圧倒的だった。道路沿いには日本のエースでキャプテンである石川祐希の広告看板が、数十メートル間隔で並んでいた。

 現地で取材した筆者が目にしたものとは――。

【男子バレー】石川祐希の姿が街のあちこちに... 世界バレー...の画像はこちら >>
9月12日

 日本の羽田空港から飛び立った旅客機がフィリピン、ニノイ・アキノ国際空港に降り立つ。入国審査までの通路には、世界バレー「ワールドチャンピオンシップ」の看板が並んでいた。世界的スター選手のひとりとして、日本からはペルージャの石川が堂々の選出。各国のひと握りのスター選手と堂々と居並ぶ様子は誇らしい気分にさせた。

 1次リーグの会場になっているアラネタコロシアムのあるケソン市へ。ターミナル出口でアプリに入れていた「Grabタクシー」で配車。駐車場で番号を確認して乗車した。

「フィリピンに来たのは何度目?」

 タクシー運転手が気安く聞いてくる。

「初めてだよ」と返す。

「世界バレーの取材だよ、ほら、そこにも石川選手の看板も見えるでしょ?」と胸を張って答えた。

 道路はとにかく車が多く、危険な割り込みの連続。外はにわかに黒い雲が立ち込め、大雨を降らしていた。いわゆるスコールだが、日本で頻発する線状降水帯を経験すると、かわいく思える。外は雨季で蒸し暑いが、これも日本の9月よりはマシで、世界の気候はどうなっているのか。

 渋滞はひどかったが、運転は意外にうまかった。所要1時間弱はかなり早いらしく、場合によっては1時間半以上かかる距離だという。料金は約500ペソ(約1300円)ほどで安すぎるが、あとでいくら請求は来るのか。

 ホテルから歩いてメディアセンターに行って、取材パスをピックアップ。写真入りの取材パスを首にかけると強くなった気がするのは、どの競技の国際大会も変わらない。サッカーのワールドカップのパスなどは、期間中はパスポート以上と言われるIDとなり、公共交通機関が無料になったりもするので、町中でも首にぶら下げたままになる。

「フィリピンは治安がいいとは言えない」と脅されていたし、日本人がタクシーを降りた矢先に射殺されるというニュースもあったが、フィリピン人は一様にフレンドリーだった。

記者証の配布を待っていたら、小柄な若い女性がやってきて、「焼きたてのチョコレートクッキーいる?」。ありがたくもらったクッキーはホカホカでおいしく、去り際に「デリシャス」とお礼を言うと、「そうでしょ?」と満面の笑みだった。

【五輪王者フランスも敗れる波乱】

9月14日

 前日の初戦で日本はトルコに敗れていた。ホーム同然の大歓声を受けていたが、流れをつかめなかった。ランキングを考えれば、「波乱」になるのだろうが......。

 トルコは完全敵地のなか、日本対策を万全にしていた。まさに乾坤一擲。見たことのない変化をするサーブで、ブレイクによって日本の流れを断ち切った。試合後、トルコ国旗を持った少年がはしゃいでいたのが印象的だ。

 午後はフィリピンのサッカーリーグ王者、カヤFCを率いる星出悠監督をホテルでインタビューする。星出監督はフィリピンで15年目になるという。アジアチャンピオンズリーグでも勝ち点を獲得し、日本人監督が世界の一角で活躍しているのだ。

 話が盛り上がったので、フィリピン料理店で会食。ナショナルビールとも言える「サンミゲル」を注文し、シシグ、アドボ、ガーリックライスなどを次々にオーダーした。一番先に来たシシグは豚肉料理で、頭蓋骨を砕いて出た肉、耳や内臓の一部を混ぜ、鉄板でカリカリになるまで焼くのだという。これがビールに合って癖になる。アドボは豚肉を醤油、お酢、ニンニクに漬け込んだものを煮た料理で、ソウルフードのひとつだ。

 店内はほとんどが若者、もしくは子どもで、活気が感じられた。なんと国民の平均年齢は24歳。ウェイター、ウェイトレスがかいがいしく働き、若々しさに満ちていた。世界バレーを開催できたのも、その市場の将来性が注目されているからだろう。

9月16日

 日本はカナダにストレート負けし、早くも大会敗退が決まった。メダルも期待されていたからこそ、失望も大きかった。取材者としても脱力感が半端ではない。

帰国便の変更や宿のキャンセルに追われた。

 ただ、まだ大会は終わっていない。

 その日はフランスが決勝ラウンド進出をかけ、日本が沈んだ会場でフィンランドと戦っていた。下馬評ではフランスが絶対的有利だった。五輪王者でイアルバン・ヌガペト、アントワーヌ・ブリザールなど世界的な選手たちを擁している。

 だが、ここでも大番狂わせが起きた。フィンランドがフルセットの末にフランスを下している。フィンランド応援団はバイキングの末裔のような重低音の勇ましい掛け声で、一斉に手拍子を鳴らす。声援に背中を押されるように、長身選手たちが高さで制空権を奪い、王者を押しきった。ヌガペトがケガで試合続行不可能となり、ベンチに退いたアクシデントはあったが、出場していたセットでもフィンランドは優勢に立っていた。

 トルコ、カナダが日本を撃破した試合と同様の波乱だが、それこそ世界バレーと言ったところか。

 世界バレーの敗退で、日本国内で批判が渦巻いているとか。

しかし、現場で取材していると安易な批判はできない。もちろん勝機はあったはずで、それを掴めなかった原因は検証の余地がある。何よりストレート負けは看過できない。

 相手が思った以上に日本を研究、対策をしてきたなか、それに翻弄されたまま連敗したのが実情だろう。「1年目」というお題目は悪くなかったが、ネガティブに作用した。どこかでエクスキューズになっていなかったか。

「1年目は関係ない」

 そう言いきった髙橋藍がカナダ戦以降、吹っきれていたのが象徴的で、低調ななかでのチームのベストプレーヤーだったのだ。

9月18日

 前夜はリビア戦に勝利し、取材エリアの日本代表選手たちの表情は明るかった。本来のサーブで崩すという戦術が機能。ようやく日本らしさが出たが、時すでに遅し、だった。

「最後は勝って終わりたいという思いはあったし、負けて帰るわけにはいかない、とも思っていました」

 キャプテンである石川はそう言って、意地を見せた。

 空港へ向かうタクシーでは、右手に石川の看板が見えた。

渋滞にうんざりしたような運転手は、大音量で音楽を流している。郷に入っては郷に従えか。何度も何度も石川の姿が道路沿いに現われ、見送ってもらっているようだった。

 28日、世界バレーは決勝が行なわれる。
 

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