"小さな大選手"──。日本代表でも活躍した東京サントリーサンゴリアス(以下、東京SG)の流大(ながれ・ゆたか)が現役生活にピリオドを打った。

 涙はなかった。小学2年から四半世紀。「幸せなラグビー人生でした」。33歳のスクラムハーフ(SH)はそう、しみじみと漏らした。

「いろんな思い出がこみ上げてきました。サンゴリアスだけじゃないですし、僕のラグビー人生は、帝京大でも、荒尾高校(現・岱志高校)でも、りんどうヤングラガーズでも、いろんなところでラグビーをやらせてもらってきました。いろんな人に支えてもらった。感謝の気持ちでいっぱいです」

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 ジャパンラグビーリーグワン・プレーオフ3位決定戦、6月6日の東京・秩父宮ラグビー場。東京SGは「サントリー・プライド」をかけて戦ったけれど、埼玉パナソニックワイルドナイツに19-26で敗れた。

 晴天下、観客は1万4280人。後半中盤、大きな拍手と大声援に包まれ、流が交代で出場した。スタンドでは黄色地に黒字の、こんな紙ボードが揺れていた。

<ありがとう! われらの流大選手>

 ラストプレーは、7点ビハインドの東京SGが同点を目指しての猛反撃。流がテンポよくボールをさばき、敵陣のゴールライン直前まで迫った。あと3メートル。だが、味方がボールを落とし、試合終了となった。流は両手で頭を抱え、しばし立ち尽くした。

「悔しかったですけど、ま、終わったのかなという気持ちになりました」

 その後、流は笑顔をつくり、レフェリー、埼玉の選手、味方の選手、ベンチのスタッフと、駆け寄っては握手・ハグをしていった。

 サンゴリアスひと筋11シーズン。

「完全燃焼しました。何も悔いが残らないくらい、やりきりました。もうきついトレーニングはできないですし、したくもありません」

 今季のサントリーを象徴するような幕切れとなった。あと1トライ。接戦で勝ちきれない歯がゆさが残った。

「まあ、接戦をやっぱり勝ちきれないというのが、今シーズンのサンゴリアスでした。来季に向けてのチームの課題になりました」

「今夜は?」と聞けば、いたずらっぽく笑った。

「今夜はちょっとだけ酔っぱらわせてもらって、がんばって家に帰ろうかなと思います」

【日本代表として一番の思い出は?】

 166cm、75kg。福岡県久留米市出身。流は小学2年、地元のクラブ「りんどうヤングラガーズ」でラグビーを始めた。

 クラブの指導理念のひとつが「明るく、強い心とからだをつくる」。クラブの梅野多加夫監督は「理念どおり、(流は)とても明るかったですね」と思い出す。「プレースタイルも今と同じで、周りによく声をかけていました。とにかく、やると決めたことをやり遂げようとする意志がすごかった。『小さい身体で、よくがんばってきたよね』というのが率直な気持ちです」

 高校は熊本県の荒尾高に進んだ。「不可能なことなんてない」と、己の限界に日々挑戦した。自分の部屋の天井に「日本代表になる」と書いた紙を貼った。

 強豪・帝京大では2年からレギュラーとなり、連覇に貢献した。

4年時は主将として、チームを鼓舞した。「小さいことを大事にしよう」をモットーとし、細かい技術や規律、準備を徹底した。そういえば、大学時代に「気分転換は?」と聞いた時、流は真顔で「自分の部屋を掃除すること」と言っていた。

「チャレンジ」

 その言葉を何度、流から聞いてきたことか。2015年、サントリー(現・東京SG)に入ると、2年目の2016年、23歳で主将に抜擢された。その年、トップリーグ(リーグワンの前身)9位だったチームを卓越したリーダーシップで優勝に導いた。

 日本代表としては、2017年4月の韓国戦にて初キャップを獲得。日本で開催された2019年ラグビーワールドカップでは全5試合に先発出場し、日本史上初のベスト8進出に大きく貢献した。1次リーグでは、当時世界ランキング2位のアイルランドを倒す番狂わせを演じてみせた。

 2023年ワールドカップにも出場した。日本代表キャップは「36」を数える。「一番の思い出の試合は?」と聞けば、流は即答した。

「2019年(ワールドカップ)の初戦のロシア戦(30-10)です。自分の夢を叶えた瞬間でした」

 でも、と言葉を足した。

「実は、僕は負けた試合のほうが内容を鮮明に覚えています。(準々決勝の)南ア戦、あれくらいの点差(3-26)で収まりましたが、点差以上の力の差を感じさせられました」

【引退後はファンとして日本代表を応援】

 この日、大好きな母はスタンドにはいなかった。実家は九州の福岡。

「決勝に行って優勝する姿は見てほしかったけれど......。東京に来るのは負担があるので、『もう来なくて大丈夫だよ』と言ったんです」

 母の話題になれば、流は小さく笑いながら言った。「こんな丈夫な身体に生んでくれてありがとう、です」

 なぜ、小さな身体でがんばってこられたのか。そう聞けば、流は「好きだから」とつぶやいた。

「ラグビーが好きで、サンゴリアスが好きで、ここまで続けてこられたんだと思います」

 かつてサントリーや日本代表で一緒にプレーしたことのある東京SGの小野晃征ヘッドコーチは、「何よりもラグビーに対する熱量がすごかった」と評した。

「自分が成長したい、周りも成長させたい、そしてチームを勝たせたい気持ちがすごく強い選手です。彼がチームに残したものは、本当にクラブスピリッツ(プライド・ネバーギブアップ・リスペクト)で、若い選手もコーチも多くを学ばせてもらいました」

「ONE FOR ALL」のラグビー精神の具現者でもある。

よく感謝を口にし、熊本地震の復興支援や、台風被害のボランティア活動などにも積極的に参加してきた。なぜ──。

「自分がやってもらったことに対して、ラグビーで返すこともそうですけど、それ以外のことで返すことも大事だと思っています。それを行動に移してきただけです」

 才能は文句なしだ。加えて、東京SGでも日本代表でも、流は徹底した自己管理と妥協なきハードワークを重ねてきた。

「日本代表はみんなの夢だと思うので、やっぱり勝たないといけないと思います。子供に憧れられる存在になることが一番大事。これからは、僕もファンとして、日本代表を一生懸命、応援していきます」

 引退後は、ラグビーの指導者の道に進む見通しである。新しい夢は?

「またどこかで発表させてもらいます。ただ、明確にはあるので。とにかく、ラグビーには関わると思います」

 新たな挑戦が始まる。形は変われども、小さな身体に宿るラグビーの情熱は燃え続けるのだった。

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