今から5年前、伝説的な"驚弾"を放った小学生がいた。

 その小学生の名前は小久保颯弥(こくぼ・そうや)。

中日ジュニアの一員として出場していた2021年12月30日、NPB12球団ジュニアトーナメント準決勝のソフトバンクジュニア戦。7対7の同点で迎えた延長タイブレーク8回表、無死満塁の場面だった。

 2ボールからの3球目、ゆったりと間合いを取った小久保は雄大なフォロースルーで振り抜く。打球は高々と神宮球場の上空に舞い上がった。

 12球団ジュニアトーナメントの球場規格は左翼70メートル、中堅85メートルとなっている。ところが小久保の放った大飛球は即席で設えられたフェンスを越え、97.5メートルの正規のフェンスをも軽々と越えた。最終的に左翼席中段まで達する、驚きのグランドスラムになった。

 小久保の本塁打の動画が公開されるやいなや、世間は騒然となった。この大会、小久保は4試合で打率.647、5本塁打、10打点という圧倒的な結果を残して、中日ジュニアの優勝に大きく貢献。MVP(パワプロ賞)を受賞している。それ以来、小久保は「スーパー小学生」と呼ばれるようになった。

【夏の甲子園2026】小6時に神宮を騒然とさせた"驚弾"から...の画像はこちら >>

【1番・DHでスタメン出場】

 あれから5年が経ち、「スーパー小学生」は高校2年生になり、甲子園へとやってきた。小久保は仙台育英(宮城)の背番号13をつけ、札幌日大(南北海道)との甲子園初戦に「1番・DH」で先発出場した。

 0対0のスコアレスで迎えた3回裏の第2打席。二死無走者から打席に入った小久保は、内角のストレートに内側からバットを出し、右翼線へ二塁打を放つ。さらに2番・齋藤駿多(2年)の二遊間を破る安打で、二塁から本塁に生還。じつに無駄のない、スピーディーなベースランニングだった。

 3対1と接戦を制した試合後、小久保は充実した表情でこの場面を振り返った。

「絶対に出塁が求められる場面で、結果的に長打で二塁まで行けて、齋藤がつないでくれたのでよかったです。ベースランニングは練習から数を積み重ねてきたものを出せたと思います」

 小久保の言葉から、1番打者としての仕事を果たせた達成感が伝わってきた。

 5年前も今も、小久保の打順は1番である。ただし、野球ファンのなかには「驚異的な本塁打を打った小学生」と、今の小久保の姿が重ならなかった人もいたかもしれない。

 だが、小久保にとって5年前の驚弾は、「呪縛」でしかなかった。

 神宮球場左翼席中段に放った一打について振り返ってもらうと、小久保は苦笑を浮かべながらこう答えた。

「小6の時に打ったホームランは、偶然なんで。

感触とか全部忘れて、中学ではホームランを意識せずにプレーしました。本当に偶然なんで」

 小久保は何度も「偶然」と強調した。それは自分自身に言い聞かせているようでもあった。

【中1の時、ちょっと調子に乗っていました】

 愛知名港ボーイズに進んだ小久保は、中学3年時に侍ジャパンU−15代表に選出。コロンビアで開催されたU−15ワールドカップで日本の初優勝を経験した。高校は環境が整っていることを理由に、仙台育英へと進学している。

 誰もがうらやむようなエリート街道に見えるかもしれない。しかし、小久保は人知れずもがいていた。小久保が高校に入学した当時、仙台育英の須江航監督がこんなことを漏らしていた。

「彼は小学生の時に打ったあの一発で注目されてしまいましたけど、本来はホームランバッターではないんです。でも、世間はあのホームランを求めてしまう。本人はそのギャップに苦しんでいるようです」

 小久保自身も、神宮球場で特大本塁打を打ったことで「いいことも悪いこともありました」と振り返る。

「満塁とかチャンスになると、ホームランを期待される空気を感じて。

そのなかでも力まずに、自分の持ち味である低くて強い打球を打てるかを考えてきました。あくまでヒットの延長に長打がある意識を大事にしてきました」

 周囲からおだてられ、知らぬ間に鼻がニョキニョキと伸びていた時期もあったという。小久保は「中1の時に、ちょっと調子に乗っていました」と告白する。過去の幻影が頭にちらつき、本塁打ばかりを狙って打席に入っていた。そんな時、小久保をたしなめてくれる人物がいた。

「名港ボーイズの奥村(尚)監督が、いつも『ちゃんと練習しろよ』とサポートしてくれて。そのまま勘違いすることなく、自分の一番の武器を生かせるようになりました」

 小久保にとっての一番の武器。それは50メートル走6秒フラットの快足だった。それも、試合になるほど研ぎ澄まされる、実戦性のある走塁である。

 小久保は自信たっぷりに豪語する。

「本番になると、なぜか練習の時より足が速くなるんですよね」

【自分はホームランバッターではない】

 高校1年春から公式戦デビューを果たすなど、小久保は仙台育英でもまずまずの滑り出しを見せる。ただし、夏の大会はベンチ外。

甲子園はアルプススタンドでの応援に回った。小久保は複雑な思いを抱えながら、チームの躍進を見守っていたという。

「同じ1年の有本(豪琉)や砂(涼人)が試合で活躍して、倉方(湊都)もベンチに入って。スタンドで一番悔しい思いをしました。次の夏は絶対にメンバーに入って、自分からチームを引っ張っていける選手になると決めました」

 その言葉どおり、小久保は今夏の宮城大会5試合で打率.389をマークし、四球も4個選んでいる。そして、決めた盗塁数は7個。49代表の選手のなかでもトップタイの数字である。

 小久保の名誉のためにも強調しておきたいが、必ずしもスケールダウンしたわけではない。今の小久保の姿こそ、本人が胸を張って勝負できる実像なのだ。

 小久保は言う。

「自分はホームランバッターではありません。高校は高校で、違った自分の姿を見せていけたらと思います」

 将来の夢はプロ野球選手。

高卒で進めたら理想だが、現実を見つめながら大学進学も視野に入れ始めている。

 将来はどんなプロ野球選手になりたいか。そう尋ねると、小久保は迷うことなく口を開いた。

「プロはピッチャー有利の世界なので、自分の足を生かして活躍したいです」

 その言葉に「スーパー小学生」の面影はなかった。今を生き、未来に突き進む。リードオフマンのたくましさが滲んでいた。

菊地高弘●文 text by Takahiro Kikuchi

編集部おすすめ