── 落合秀市が最速157キロをマークしたらしい。
その情報を耳にして、私はすぐさま所属先のハヤテベンチャーズ静岡に取材を申し込んだ。
落合はかつて「紀州の剛腕」と呼ばれ、高校時代には同世代の奥川恭伸(ヤクルト)と匹敵する逸材と評された右腕だ。
だが、落合も今年7月に25歳になった。ドラフト会議で指名を受けやすい「適齢期」は過ぎたと言っていい。野球に取り組む姿勢に幼さがあり、約3年にわたって野球界から離れた時期もある。
それでも、和歌山東高時代から落合の潜在能力に魅力を感じたひとりとして、25歳の落合に会っておきたかった。大器は遅い春を迎えつつあるのか。私はハヤテの本拠地であるちゅ~るスタジアム清水(静岡)へと急いだ。
【3年の空白が変えた野球への思い】
「わざわざ来てくれたんですか?」
久しぶりに再会した落合は、うれしそうな顔で迎えてくれた。高校時代は表情に翳(かげ)りが見えたが、3年のブランクを経て復帰した一昨年くらいから表情が和らいだ印象がある。
2024年は高知ファイティングドッグス(四国アイランドリーグplus)でプレーし、昨季はハヤテに移籍した。しかし、NPBのウエスタン・リーグ(当時)では19登板で防御率6.92という成績に終わった。
じつはこの時、落合は右ヒジに痛みを抱えていたという。落合は「言い訳になっちゃうんですけど」と前置きをして、内情を明かした。
「高知の時は『3年のブランクがあるから、甘くないよな』と思いつつ、どこかしら自信があったんです。次の年こそ......と思って静岡に来たんですけど、最初から最後までずっとヒジが痛くて。尺骨神経によくないところがあって、去年はずっと右手が痺れていました。70キロ台だった握力が30キロまで落ちてしまって......」
かつての落合なら、この時点でそっと野球人生に幕を下ろしたに違いない。実際に関西独立リーグの球団でプレーした5年前は、「完全に野球から気持ちが切れた」と、20歳の若さでユニホームを脱いでいる。
建設業、中古車販売業の仕事を経て、電撃的に現役復帰。「職場のおっちゃん」と呼ぶ男性から「クルマ屋は歳を取ってからでもできる」と諭され、野球への情熱がふつふつと沸き上がったのだという。それ以来、落合は3年のブランクに苦しみながらも、野球に向き合ってきた。
右ヒジを痛めてもなお、落合は「どうしてもあきらめたくなくて」と野球にしがみつく。昨年11月に右ヒジを手術。かつての落合なら、考えられない選択だった。
【最近は遊びに行く気も起こらない】
体調万全で迎えた2026年シーズン。落合は悲壮な覚悟で臨んでいた。
しかし、「今年こそは」「この試合でアピールしてやろう」という思いが強くなればなるほど、落合は空回りした。
「今年は痛みも全然なくて、体はめっちゃ調子いいのに、気持ちの塩梅がめっちゃ難しくて。意気込むと変に力んで結果が出ないし、考えれば考えるほど空回りしました。たまに『別にええか』くらいのテンションで試合に入っていける時もあって、3者連続三振とか結果が出る日もあるんですけど、そんな気持ちでボコボコに打たれでもしたら、後悔するやないですか。それで気持ちを入れると、また空回りして......。ずっとそんな感じでした」
落合はリリーフ中心に起用されたが、防御率は前年同様に不安定だった。
焦燥を抱えたまま、シーズンは進んでいく。気持ちが挫けそうになった瞬間はなかったのか。そう尋ねると、落合は「めちゃくちゃありました」と即答した。
「気持ちがやられそうになるところで、先輩や指導者の方に『一喜一憂するな』と言われていました」
どんなに結果が出なくても、気持ちが落ち込んでも、続けていたことがある。ウエイトトレーニングや体の可動域を広げるためのストレッチ。落合は「こんなもんやないやろ」と自分に言い聞かせながら、地道なトレーニングに励んだ。
「ずっとうまいこといってなかったけど、自分のなかで『これをやる』と決めたことは休まんとやっていました。前までなら『もう遊び行こか......』と思っていたかもしれないです。でも、どんなにしんどくても、決めたことは絶対にやり続けていました。だから、いつかハマるやろうと思っていました」
ハヤテの池田省吾球団社長は、「落合は夜遅くまでジムでトレーニングしているんです」と誇らしげに証言する。かつての落合を知る人間からすれば、信じられない変貌ぶりである。落合は「最近は遊びに行く気も起こらなくて、ジムにこもってます」と笑う。
【苦難の末にたどり着いた157キロ】
そして、努力が報われる日がきた。8月26日、ファーム・リーグ交流戦のヤクルト戦に先発登板した落合は、5回を投げて被安打1の無失点投球を披露する。落合は充実した表情で、こんな実感を語っている。
「野球を再開して初めて、楽しかったです。もともと野球は好きなんですけど、これまでずっと状態がよくなくて、なかなか楽しめていませんでした。久々に『野球って楽しいな』と思いましたね」
この日、自己最速の157キロを計測している。ただし、落合はこんな裏話を明かした。
「157キロを出した球は、デッドボールなんです。(3回表の)2アウトを取れて、『ちょっと力んでみようかな』と思って投げた球が157キロになって。でも、当ててしまったのでよくないです。力まない時のほうが数字は出ないけど、いいボールがいっていると思います」
ハヤテの赤堀元之監督は、かつて近鉄のストッパーとして通算139セーブを挙げている。赤堀監督は落合の資質について「力はある」と評価し、ヤクルト戦の好投についても「リリーフの時よりもボールが安定していました」と語る。一方で、ドラフト会議を見据えて、あえて厳しい注文を口にした。
「今のままじゃ、まだダメです。まだ何となく抑えているだけ。自分の思うようにボールをコントロールできるようになってくれば、可能性はあると思います」
落合自身も「(ヤクルト戦は)まぐれかもしれないですから」と苦笑交じりに語っている。そして、「残りのシーズンも同じような結果を残せたら最高ですね」と続けた。
9月上旬に話を聞いたあとも、落合の快進撃は続いた。9月13日の巨人戦は5回無失点。
【遠回りしたからこそ見つけたもの】
10月22日にドラフト会議を迎える。今年も指名がなかった場合は、どうするのか。そう尋ねると、落合は「やっぱり年齢を考えたら、いろいろと焦るところもあって......」と狼狽を隠さなかった。そして、自分に言い聞かせるように、こう答えた。
「とりあえず、今はそういうことを考えんと、最後まであがこうかなと思ってます」
同学年の佐々木朗希は今や海を渡り、ドジャースのユニホームを着て戦っている。てっきり無関心なのかと思ったら、落合は「動画をめっちゃ見ます」と語った。
「どうやって球速を上げられるんやろと思って、動画をスローにして見ています。やっぱりトップレベルなんで、気になりますよ」
そこには「ライバル」という心情も介在するのだろうか。そう尋ねると、落合は「いやいや、おこがましいですよ」と必死に否定した。
かつては内面的な幼さを抱えていた落合も、20代半ばになった。
「もっと早くに気づいて、野球から離れやんと(離れないで)やっておけば......とめっちゃ思います。正直、人生をやり直したいですもん。でも、離れていた期間があるから、今があるのかなと思います。今は働いている時よりお金がないですけど、充実感は今のほうがあります」
そして、落合は家族や友人に対して「大切な人が応援してくれたから、野球を続けられています。感謝の気持ちでいっぱいです」と述べた。落合へのインタビューは、それで終わるはずだった。
しばらく時間が経ったあと、落合が私の元に戻ってきた。「すみません、さっき言い忘れたことがあって」と告げ、こう続けた。
「家族や友人だけじゃなくて、環境を与えてくれる人やチームを支えてくれる人、みんなに感謝しています。ここまでいろんなところを転々としてきましたけど、その場所、その場所でいろんな人と出会えて、いっぱい吸収できることがありました。そのことを言っておきたいなと思って」
わざわざそのことを伝えるために戻ってきたのか。私がそう聞くと、落合はバツが悪そうに笑った。落合秀市という人間の心根を垣間見たような気がした。
かつて糸の切れたタコのように無軌道だった落合の姿はもうない。さまざまな人間の支えを追い風にして、落合は高く、高く、舞い上がろうとしている。
落合秀市(おちあい・しゅういち)/2001年7月10日生まれ、和歌山県出身。和歌山東高時代に最速148キロをマークし、「紀州の剛腕」として注目を集める。同世代の奥川恭伸らと並ぶ逸材と評価されたが、2019年のドラフト会議では指名されず。高校卒業後もプロ入りを目指して野球を続け、独立リーグなどで腕を磨く。2026年には最速157キロを記録。ハヤテベンチャーズ静岡に所属し、NPB入りを目指して挑戦を続けている
菊地高弘●文 text by Takahiro Kikuchi










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