製造業の採用を取り巻く環境は、ここ数年で大きく変化しています。パーソルキャリアが開催した「doda Meetup 2026 これからの製造業の採用を考える」では、古河電気工業株式会社 戦略本部 戦略人事部 人材採用課長(当時)の玉井のり氏を迎え、同社が進めてきた採用改革の成功事例や、現在進行形で取り組んでいる施策、さらに、今後の展望について伺いました。
新卒採用を中心としてきた老舗メーカーが、なぜキャリア採用を急拡大させるに至ったのか。採用数の増加に伴い、組織や制度をどのように見直してきたのか。具体的な事例を基に、「これからの製造業の採用戦略」について語っていただきました。
2026年の採用市場予測と、製造業を取り巻く採用環境の変化
──採用市場における「ミドルシニア人材の流動化」が加速パーソルキャリア株式会社 石井 宏司氏:2026年の採用市場を見通す上で、押さえておきたいのが「ミドルシニア人材の流動化」です。
企業の早期退職制度や事業構造の見直しにより、50代以上の人材が転職市場に出てくる動きは、引き続き2026年も継続するとみられています。特に製造業、金融業、通信業ではその傾向が強く、大手企業の人事責任者を対象にしたアンケートでも、8割以上が「ミドル人材の転職は増える」と回答しています。
背景にあるのは、日本全体の人口構造の変化です。労働力人口に占める45歳以上の割合は高まり続けており、「若手を採用する」だけでは人材戦略が成立しにくくなっていることは、どの業界にも共通する課題と言えるでしょう。
加えて、中小企業の倒産増加などにより、これまで市場に出てこなかった人材が動き始めています。実際に、長年採用がかなわなかったエンジニアポジションに、50代の経験者を採用することができたという事例もありました。
──製造業を取り巻く採用環境の変化このような転職市場の変化に伴い、製造業の採用環境も同様に変わってきています。
製造業の場合、事業構造そのものが変わりつつあります。完成品を国内で製造して輸出する構造から変化し、半導体やEVユニットなどの、戦略的なコア部品を担う産業としての存在感が高まっていくでしょう。
製造拠点も変わり始めています。工業地帯と言えば太平洋ベルト地帯でしたが、今は東北、北海道、北関東などへの拠点移動・エリア拡大の動きも見られます。それに伴い、エリア採用やUIターン採用の重要性はさらに高まっていくでしょう。
企業の体制にも変化が見られます。従来は本体で何万人という従業員を抱え、新卒一括採用し、各事業部を異動させて長年にわたって育てていくというモデルでした。近年では、「事業ポートフォリオの構造改革のスピード化」、「各事業の最適化」、「株主対応の強化」などを理由に、ホールディングス化し、各事業会社を設ける形に移行する大企業が増えています。したがって、採用機能も本体から事業会社に移行する・子会社が戦略的な採用を担うという流れも見られます。
また、製造業の中でも、データセンターや都市インフラ、防衛、セキュリティーといった分野では需要が拡大し、人材ニーズも増加する見込みです。かつて海外プラント建設に携わっていたエンジニアが、国内データセンター建設へと活躍の場を移すなど、転職希望者のキャリアにも変化が生じています。
古河電工における採用戦略の転換とキャリア採用拡大の背景
──パーソルキャリア株式会社 神山 翔平氏(以下、神山氏):製造業の構造自体に大きな変化が見られるということでしたが、古河電工の場合はいかがでしょうか。まずは改めて、古河電工の事業内容を教えてください。古河電気工業株式会社 玉井 のり氏(以下、玉井氏):古河電工の事業ドメインは幅広く、通信、電力、インフラに加え、自動車部品、エレクトロニクスといった事業のほか、サステナブルエネルギ ーの研究などにも取り組んでいます。
「一言で説明しにくい会社」ではあるのですが、事業を通じて社会課題の解決に取り組んでいる点が特徴です。BtoBの縁の下の力持ちとしての立ち位置に共感いただける方が多いことが、採用上の強みとなっています。
近年は生成AIやデータセンター需要が拡大し、情報処理に不可欠な光ファイバーやデータセンターの冷却に使う「水冷モジュール」の需要が伸びています。また、エネルギーインフラ領域では電力ケーブルを製造するほか、例えば災害時に過疎化地域でもエネルギーを地産地消できるような、ふん尿からメタンガスを生成するサステナブルエネルギーの開発研究にも取り組んでいます。
玉井氏:当社は2010年ごろまで新卒採用が中心で、キャリア採用数はほぼゼロでした。数人の採用者はいましたが、リファラル経由がほとんどでした。2020年のコロナ禍以降、中途採用枠は30人、40人、60人と年々増え続け、2025年度は175人と大幅に増加しました。
キャリア採用においては特に、DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)の推進や働き方改革という視点で、「多様性・はたらきやすさ・はたらきがい・生産性」という4つのスコープを考えています。また、従来のメンバーシップ型では人材の採用は難しいため、個人の想いをいかに支えていくかということを重視し、個人と組織が共に成長できる方法を模索しています。
20年前のように、待っているだけでたくさんの人が来てくれる時代ではありません。古河電工グループ ビジョン2030に向けて人事戦略を立て、当社の考えや方針を積極的に転職希望者の方にお伝えしています。
玉井氏:キャリア採用枠を拡大した理由は2つあります。
一つはAI・データセンター関連分野における需要の拡大と新規事業の成長を背景に、新たな人材が必要となったことが挙げられます。これまで当社に蓄積されていなかった専門的な知見を有する人材については、新卒採用だけでは補いきれず、キャリア人材を採用することが必要になりました。
もう一つは時代の変化です。従来、古河電工の退職率は低く、「人は辞めないもの」という認識が当たり前だったのですが、コロナ禍を契機に人材の動きが大きく変わり、退職者が少しずつ出てくるようになったのです。
──神山氏:キャリア採用を本格導入して、直面した課題があれば教えてください。玉井氏:最初に直面した壁は、「面接官となる現場部門の“転職”に対する認識」でした。
現場では「キャリア採用をしたい」とポジションを用意する一方、いざ転職希望者との面接になると、「なぜ転職するのか」「転職を検討する人なんて、愛社精神が足りないのではないか」という見方が生まれてしまうことがありました。
面接する側のほとんどが新卒入社で育ってきた社員です。そのため、キャリア採用の応募者を新卒と同じ物差しで見たり、転職に対する抵抗感から、選考過程で割り引いて評価してしまったりすることもありました。
新卒入社者は10年、20年かけて「古河電工らしい人材」になっていく一方、キャリア採用で同じような人材を求めても、なかなかそうはいきません。
玉井氏:部門の思いを大切にするためにも、「社風に合う」ことは意図的に重視しました。リソースをかけて丁寧に採用し、そのキャリア人材が社内で活躍するという成功事例を積み重ねていきました。
キャリア採用で入社した人が、課長、部長といった役職に就き、会社の中核を担う立場に入ってくることで、「キャリア採用も有効である」という認識が社内でも広がっていったのです。
キャリア採用定着に向けたオンボーディングの課題
──神山氏:もともと新卒割合が多かったということで“古河電工らしい社風”が確立されていると思いますが、キャリア採用人材の定着はいかがですか。玉井氏:まさに、目下の重要テーマはオンボーディングと定着です。「採用して終わり」ではなく、入社した人が活躍し、この会社に入ってよかったと思える状態をつくることが最も大事だと考えます。
キャリア採用の人にとって、入社時点では社内人脈がゼロの状態です。採用後の定着を思えば、その不安を払拭することが大切ですから、キャリア採用者同士のコミュニティー形成を促したり、適性検査を活用して上司と部下がお互いを理解する機会を設けたりと、さまざまな施策を試している段階です。
──神山氏:定着・オンボーディングは、多くの企業が課題と感じているテーマの一つです。もう少し具体的な取り組み内容を教えていただけますか。玉井氏:例えば、新卒社員にとっては説明不要と思われている社内の前提や文化、業務の進め方が、キャリア入社者にとっては「当然」ではなく、きちんと説明をする必要があります。
そこで、オンボーディングは人事が担う体制に切り替え、人事制度や会社の紹介、新卒向け広報資料をリバイスした社内向け資料の整備など、人事主導でキャリア入社者向けの情報提供を充実させています。
「当たり前のことを丁寧に説明する」だけでも、オンボーディングは大きく改善することに気づきました。
人材ポートフォリオの再設計を支える制度改革と地域採用戦略
──神山氏:キャリア採用拡大に合わせて人事制度も見直されたのだとか。キャリア採用を本格始動し約5年がたった今、古河電工の取り組みについてお聞かせください。玉井氏:従来のメンバーシップ型制度ではなく、「古河電工ジョブ型制度」の検討を進め、2026年4月スタートを予定しております(取材当時)。また、キャリア採用ではこの制度を先取りしてスタートしています。
中でも象徴的な変更点は、異動ルールを見直したことです。従来は文系社員で5年、エンジニアで7年を目安に異動する制度がありましたが、キャリア採用者は「この仕事がやりたい」という意識で入社するため、希望しない異動が離職につながるケースもありました。
また、かつては拠点移動のある「総合職」と、勤務地を変えない「一般職」とに分かれていましたが、時代の変化にともなうはたらき方の多様性が増す今日、画一的な制度だけではいけないと気づかされました。次世代を担っていく従業員のためにも、一律の異動ルールを撤廃し、業務内容や役割によって区分し、サクセッションプランなど育成計画の強化を図りました。また、社内公募制度や社内副業制度などを導入し、個人が自分のキャリアを選択しやすい仕組みを整えています。
──神山氏:データセンター需要拡大に伴い、古河電工でもDX人材採用を強化しているということですが、採用が難しい職種や即戦力人材の母集団形成を行うにあたり、どのような工夫をされていますか。玉井氏:重視しているのは、採用チャネルの多様化と、能動的な母集団形成です。6~7割の採用を占める人材紹介サービス以外、例えばダイレクト・ソーシングはもちろん、IT・DX領域のイベントへの出展や、リファラル採用の強化もその一環です。
イベントに出展することで、「古河電工はDXやIT人材を採用している企業である」という事実そのものを、潜在層に対して発信できるというメリットがあります。イベント出展が直ちに採用成果に結びつくとは限りませんが、中長期的な人事戦略の一つとして重視しています。
また、求人票はまず部門に作成してもらい、その後、人事がよりわかりやすい表現に翻訳・言語化するというステップを踏んでいます。部門の求める人材像をより深く理解したり、よりわかりやすい表現などに調整したりするために、生成AIを活用することもあります。現場から上がってくる人材要件は、時として過度に高いことがあります。そういう場合には、「その人物像は社内の誰に近いのか」「要件を分けて、2人で担えないか」などと問い直し、採用要件の分解も行います。
──神山氏:正社員採用だけではなく、派遣社員や業務委託の積極的な活用もされていると伺いました。玉井氏:採用の前段階として、「本当にそのポジションを正社員で採用する必要があるのか」を見直すことも重視しています。
現場は「人が足りないから採用したい」と考えがちですが、業務を棚卸ししてみると、派遣社員や業務委託の方に任せられる場合もあります。
こうした取り組みは、採用枠の最適化だけでなく、現場の消耗を防ぐうえでも重要です。全てをキャリア採用で解決しようとすると採用が間に合わない状態が続き、現場も採用担当も疲弊してしまいます。だからこそ、派遣、業務委託、生成AIなどを組み合わせながら、必要な採用を見極めつつ、柔軟な発想で優秀な人材を確保する方向にシフトしていきたいと思います。
玉井氏:新卒採用の場合は、「就業」ではなく「就社」を重視するため、古河電工の考えやビジョンを語ります。しかし、キャリアのエリア採用の場合はUターンの方も多く、拠点異動を好まないこともあるため、まずは仕事内容や拠点に関する情報、キャリアプランなど、「就業」に関する説明を重視しています。
加えて、エリア採用では、ダイレクト・ソーシングや地方の転職フェアなどに力を入れています。
また最近では、その拠点ではたらいている従業員に対してリファラル施策を展開し、報奨金も設けています。リファラルというと、本部人材からの紹介を想起しがちですが、現場の方が総合職人材を紹介してくれることも少なくありません。こうした施策が現場の従業員にも届くよう、食堂にポスターを貼るなどし、社内広報にも力を入れています。
また、Uターン人材は勤務地を固定する志向が強いため、従来のように勤務地変更を前提とする総合職・一般職の分け方では実態に合わなくなっていました。そこで、勤務地ではなく業務内容で雇用区分を整理する方向に改めました。
玉井氏:古河電工では、この5年間の経験を踏まえ、次の2030年を見据えた「採用戦略6項目」を設定しました。
採用活動を部分最適ではなく、事業戦略とつながる全体設計として捉え直すため、事業成功、ターゲット人材、選考プロセス、チャネル、定着率、オペレーションといった項目ごとに整理しています。
現在はデータセンター関連事業を中心に採用ニーズが高まっているものの、生成AIによる業務代替や市場環境の変化によって、将来も同じペースで人が必要とは限りません。だからこそ、将来的な「出口戦略」まで視野に入れ、社員も外部人材も含めて、関わる人がそれぞれ納得感をもってはたらき続けられる形を考えていきたいと思います。
セミナー後記
製造業の採用は今、単なる人数確保ではなく、事業構造の変化に合わせて人材ポートフォリオを再設計するフェーズに入っています。古河電工の事例では、新卒採用中心の企業であっても、時間をかけて、現場の認識や制度を丁寧に調整していくことで、キャリア採用を根付かせることが可能であることを示しています。
日本の産業基盤を支える製造業において、いかに優秀な人材を確保し続けるか。そのためには、採用手法の工夫だけでなく、入社後のフォロー体制や人事制度をいかに柔軟に見直し続けられるかが問われます。売り手市場の継続が見込まれる中、人と事業の双方に向き合う姿勢と、それを実行に移す力が問われると言えるでしょう。

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