
ラグビーW杯が9月8日(日本時間9月9日)から開幕する。日本代表のキャプテンを任された姫野和樹が「思考習慣」と「セルフコーチング・メソッド」についてまとめた『姫野ノート 「弱さ」と闘う53の言葉』(飛鳥新社)より一部抜粋・再構成してお届けする。
「弱い自分」を受け入れる
メディア取材時の記者さんや周りの人間から、僕はよくこう言われる。
「姫野さん、本当にポジティブですよね」
「いつも笑顔だし、明るいですよね」
たしかにそういう面はある。「無理」「できない」「ダメ」……といったネガティブなことは意識して言わないようにしているし、誰かを責めたり妬んだり羨んだりする感情も、極力、抱かないように意識しているからかもしれない。

僕は子どもの頃から、駄菓子屋やコンビニのクジがバンバン当たるくらいにはクジ運が良いのだけれど、それも、「オレ、運がいいから」と思い込んでいることが当たりを呼び込んでいる気もする。そういう明るさは持っているのかもしれない。だが、本当の僕は、めちゃくちゃに弱い人間だ。
ここまで「自分にフォーカスしろ」「目の前に全力を尽くせ」と書いてきたが、本当の僕はとにかく心配性で、「どうしよう」と不安ばかりで、「あの時こうすれば良かった」と振り返って後悔ばかりしている。
そして、怖がりだ。
タックルに行くのは今でも怖い。僕より強くて大きい外国人選手と対戦する時は、正直、いつもこう思ってしまう。
「次の対戦相手は南アフリカか……怖いなぁ……」
「オレの〝トイメン〟はアイツかよ……ヤバイなぁ、めっちゃ怖いなぁ……」

毎日毎試合、恐怖心と戦っている。
自分の欲望に負けてしまう〝欲深さ〟も僕の弱さだ。
「遊びたいな」「飲みに行きたいな」「これやったらアカンよなぁ……」ということを、どうしても我慢できない。
人に優しくできなかったこともあった。
外出先の道端で、何か困っていそうな人を見かけたのに声をかけることができずにスルーしてしまった。「困っていそうだな」と気づいていたのに、先を急いでいた自分の都合を優先してしまった。
スルーといえば、この間は落ちているゴミも拾わなかった。
街中、人混みの中で、腰をかがめて落ちているティッシュを拾うのに躊躇してしまったのだ。「あれはちょっとさすがに衛生的に……」と言い訳をして拾わなかった。
こんなふうにいつも、できない言い訳、やらなかった理由を探している。
自分の弱さとしっかり向き合うこと
プレッシャーにも弱い。
「今日は練習休もうかな」「手を抜きたいな」と、すぐ楽なほうに逃げたくなる。実際にはそうしなかったとしても、そんなことが頭に浮かんでしまう時点で、弱さだ。気づかないうちに弱いほうに意識が向いて、楽なほうに逃げようとしてしまう。

こうした自分の弱さは、たいてい自分でも〝自分の嫌いなところ〟として薄々わかってはいるものだ。でもそれを認めてしまうことが、なかなかできない。「自分の弱さを知るのは怖い」という人もいるかもしれない。
だが僕は、弱さを認めることを嫌だとも怖いとも思わない。
なぜか。
人間は、みんな、弱い。そう思っているからだ。
誰しもが自分を強く見せるものだし、「強く見せなきゃいけない」「弱い自分を見せたらダメだ」と思っている。「認めたら負けだ」と。
だからこそ、弱い自分は認められない、受け入れられないのだけれど、本当の意味で強い人間なんて、この世にはいない。
強く見せている裏では、皆、何かを抱えている。
だから、自分が弱いのもごくごく当たり前のことだ。
禁酒の約束すら守れない、苦しいと逃げたくなる、その度に自分が嫌になる。
でも、それでいい。
むしろ僕は誰かの弱みを理解できる人間でありたいし、そういう社会であって欲しい。弱さを許容されない世の中は、何か違う。自分の弱さを正直にさらけだすことは、負けでもなんでもない。自分の弱さを認められない人のほうが、すでに負けている。
僕自身、弱気を隠して「オレ、大丈夫だいじょうぶ!」と思ってしまう試合ほど、タックルに行けなかったりする。
大切なのは、自分の弱さから目を逸らさないこと。
自分の弱さとしっかり向き合うこと。
弱い人間であることを、しっかり認めていれば、「次、そういう場面になったら、次こそは絶対やろう」
怖さを受け入れていれば、「……じゃあ、どうしよう?どこから勇気をもらおうか?」
弱い部分がわかっているからこそ、そこに気を配ることができるし、事前に備えることができる。同じ失敗や後悔を繰り返さないために、次にどうすればいいのかを考えることができる。
弱さと向き合って受け入れるから、強くなれる。
ノートで「自分と対話する」
自分と向き合うため、自分の弱さを知るためのツールとして僕がずっと使っているのが、この本の最初にも書いた「ノート」だ。
2017年の社会人1年目、トヨタに加入して、いきなりキャプテンを任された時から使うようになったから、もう6、7年は続けているだろうか。

当時のヘッドコーチだったジェイク・ホワイトから指名されてキャプテンになったのだが、普通に考えて新卒1年目の選手がキャプテンになって上手くいくわけはない。先輩やベテラン選手が、そうやすやすと僕を受け入れるはずがない。当初、ミーティングでも試合前のロッカールームでも、僕の言葉に誰も本気で耳を傾けてくれなかった。
「コイツ、今から何を言うんやろなぁ……」
僕を眺めてそんなふうに思っているのは、みんなの目を見ればわかった。
当然だ。チームのこともチームメイトのこともわかっていない、何の結果も出していない新人キャプテンの言葉なんて、誰も信用しない。
空回りする日々が4か月近く続いた。
良い方向にチームを引っ張ることができず、結果も伴わない。どうしたらいいのか、頼る人もいない。八方塞がりになってしまった中、
「まずは気づいたことや、チームを少しでも良くするアイデアをノートに書き出してみよう」
と、始めたのだ。別にノートでなくても良かったのだが、「書く」ことが僕にとっては一番覚えやすかった。
ところがそうやって書いていくうちに、だんだんと、チームのことよりも自分自身のことを書くようになっていったのだ。
泣きながらノートに向きあった夜
「自分のことって意外に知らないな」
「自分のこともわからないヤツに、チームメイトのことがわかるわけがないよな」
まして、年齢もキャリアも考え方も違う~人の大人たちをまとめあげて、チームを引っ張っていくことなんてできるわけがない。
「まず、オレがどんな人間なのかをオレ自身がもっと知らないとダメだ」
こうして、ノートを使った「自分との対話」が始まった。まず、僕がノートに書き出すのは大体次の3つ。
自分の状態。メンタルや体がどんな状態なのか。
自分がやらなければいけないこと。
そのために必要なこと。
何ができて何ができないかについても正直に書いていくと、おのずと内容はラグビーのことだけではなくなる。人として足りない部分や弱さ、「人としてこうなりたい」ということも隠さずに書いていった。
「こんな考え方じゃアカン」
「じゃあ、どうしたらいいのか」
そう自問自答を繰り返していくイメージだ。
ノートを書き始めた当時は、毎日毎晩、自宅で1人ずっとこのノートを書いていた。孤独感とストレスで苦しくなって、夜、泣きながらノートに向かうこともあった。
ただそんな状況だとしても、僕が書くのは自分のことだけ。他人への不満や愚痴は書いたことがない。あくまでも自分自身と向き合い、対話するための作業だからだ。
ノートは1シーズンですべてのページが埋まる。自宅には、いっぱいに言葉を書き溜めたノートが7冊あるだろうか。最近はノートがタブレットのメモアプリに変わったが、ことあるごとに、シーズンの終わりや始まりといった節目ごとに、今も書き続けている。

『姫野ノート「弱さ」と闘う53の言葉』(飛鳥新社)
姫野和樹

2023年8月4日
1,400円
272ページ
978-4-864109680
「意識する」「受け入れる」「行動する」「率いる」「フォーカスする」「整える」――。
ラグビー日本代表〝最強の男〟が初めて明かした〝最高の準備〟のためのシンプルな思考習慣。
選手として、チームのキャプテンとして、これまでのラグビー人生の中で学んできた、考え方や意識作り、自分との向き合い方、「弱さ」の受け入れ方、目標設定術といった姫野流セルフコーチング・メソッドからリーダー論、組織マネジメント論までを余すところなく書き下ろし。ラグビーファンの間ではお馴染みの、姫野さんが7年間にわたって書き溜めているラグビーノート“姫野ノート”の一部も初公開&収録しています。
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