「入院いややなあ」——94歳の母は、歩行器にすがりながら小さくそう繰り返していた。やがて始まった在宅での看取り。
『この家で死にたいと母は言った』より一部を抜粋、編集してお届けする。
入院いやや
9月4日月曜日。
1対1、続く。歩行器でトイレに向かいつつ、なにかぶつぶつ言い続けているので、耳をそばだてると、「入院いややなあ」「入院いややなあ」「入院いや……」
独り言を繰り返していた。小声で。どこか歌うように。かわいいような、こわいような。これは私に聞かせる目的のモノローグではない。
やはり家にこのままいたいんだろう。でもいずれ病院に行かねばならないのか……行ってしまったら、また病院食で、ひとりになって、そのままそこで? ……いやだいやだ。
薬の加減か魂の叫びか、子どもに帰ったのか。歌や念仏のようでもあるこんなつぶやきを続ける母。
またお粥をちょっと。フナ寿司のお湯がけはもう食べなくなった。私は餃子とキリン「秋味」。
新聞はとうに読まなくなり、テレビもいつしか見なくなった。テレビは隣の寝室からこちらに移し、ブルーレイ再生機もつないで、見たがっていた古い映画……『美女ありき』や『或る夜の出来事』『毒薬と老嬢』なんかを用意したのだが、結局見ることはなかった。
大好きなヴィヴィアン・リーの『風と共に去りぬ』の映画には、素晴らしく面白いメイキングがあって、それもぜひ見せてあげたかったのに。
柿の木に縄かけて
その翌日、すぐに訪問診療が始まった。10時半、可愛らしい小さな車が着く。《ヴォーリズ記念病院》とサイドに書かれてある。
奥野医師と看護師の二人。小森さんも立ち会いに来てくれた。医師は、きょろきょろと周りを見て、「広い、気持ちいいおうちですねー」と言った。
本来なら、元気なら、この家に来た新しい客人にはお茶とお茶菓子を出し、ゆっくりと家族写真などを見せ始めるひいちゃん。お帰りのときには残ったお茶菓子を半紙にくるくるっと包んで手渡す人だが、もうそんな余裕はない。余裕はないが「やっちゃん、お茶淹れて」は言う。
「ほんまにもうすみません……こんなおおごとになってしもて」
「そんなことないですよ」と笑顔の医師。母に目を合わせ、繰り言に耳を傾けてくれる。
「先生、もうねえ、苦しくて苦しくて、夜も寝られしませんし、うつらうつらしてて、自殺のことばっかり考えてるんです。そこに柿の木があるでしょ。あれに縄かけて首くくって死ぬ……そんなことばっかり思て」
「そうですか」奥野医師は窓の外の大木を見つつ、「困りましたねー、そこの木の枝ずいぶん高いですよ。澤田さん、ずいぶんおっきいハシゴいりますよ。ムリやわ。それにねー、そんなんしたら一生懸命応援してる息子さんもご家族もみんな、残された人たちがほんまにかわいそうですよ」
「……そうですか、そうやね」と久子は力なくうなずく。
「でも、なんとか死なしてほしいんです。先生なんとかしてください」
「はい。なんとかしたげたいんですけれど、言うとおりにしたら、私、手錠かけられてしまうんです」
実際、そういうニュースもあったなあ。
多忙であろうに、ゆっくりと相手をしてくれる。そこが大勢の患者が次々待つ、一般の病院・医院と違うところだろう。久子は銀行のATMや、スーパーのレジで背後に人が立つことさえそわそわ、落ち着かなくなるタイプなので、訪問診療や、こういった医師の応対はとてもありがたいのでは?
「大丈夫です」と医師は何度も繰り返す。「苦しかったらもっと強めの薬で緩和しますし、身体がもうあかんわとなったら、自然と眠りに落ちるようにできてますから。呼んでもらったらすぐ駆けつけますし。心配しないで」
QOLは、たった一週間ほどでツーランクほど落ちた。ごはんがノドを通らない。そもそも食欲がない。「なんとか」と無理に口に運ぶのがお粥少量。
医師が出たあと、「ガリガリ君」パイン味を少しかじった。本日の好みは甘酸っぱ系。
こちらこそありがとう
日が落ちた。胸の痛み、苦しさをうったえるので、新たに処方してもらっていたレスキュー=麻薬系の坐薬「アンペック」10㎎を夜九時半ごろ投与。母は私に頼まず、トイレに行き、自分で処方した。
このレスキューが母には激烈な効き方をしてしまったのである。効き過ぎた。
「あかん!」30分ほどで母が叫んだ。
「しんどい、目が回る、頭がぐるぐるする! あかんあかん。
大声を出した。ジェットコースターに乗っている感じだろうか。ものすごい恐怖に捕らわれているようだ。
思えばブランコでさえ苦手な母であった。吐き気も続くなかで、ずっとうわごとのように、この強い薬を身体に入れてしまった後悔を繰り返した。
「しもた」「しもたことした」「せなよかった」「あほやった」
後悔ばかりを口にする人に「お酒飲み過ぎて酔っ払った感じ?」と訊いてみる。
「……酔っ払ったことなんかないからわからへん」そうかあ! 94年も生きてきて、酔っ払ったことがないとは。あなたの息子は天井がぐるぐる回転する建物に、何回でも何十回でも遭遇しましたけど。
吐きそうになるので横(正確には斜め)になれない、眠くても眠ることのできないつらさもあって、起き上がる。ベッドに腰掛ける。脇に洗面器を置いて、ときおりげえげえと吐こうとするが、何も出てこない。それは苦しい。
「背中に手、当てて」うしろに回り、壊れものに触れるように手を当てた。ぴたり、じっと。母は腰掛けたまま動かず、起きてるんだか寝ているんだか。狭いベッドで真うしろから、右手左手と換えながら、背中に当て続けるのはけっこう難しい。母親の身体にこんなに長く触れることなんてなかったな。
時間が流れ、少し落ち着いてきたようだ。
「あーつらかった」とつぶやき、久子はやっと横になった。そのうしろで私も横になった。
「ありがとうね」母の耳元で言ってみた。本当にそう思ったのだ。「これまでありがとう」
すぐに、「こちらこそありがとう」そう返してきた。静かになり、しばらくして、ひいちゃんは「抱いて」と言った。背後からぎゅっと抱いた。
文/澤田康彦
この家で死にたいと母は言った 親を自宅で看取るということ
澤田 康彦
「大切な人をどう送るか」「しあわせな最期とは?」を問いかける感動作!!
『暮しの手帖』元編集長・澤田康彦による「在宅死」を選んだ母と息子の、やさしくてあたたかい別れの記録
【特別寄稿】「本当によかったね。」本上まなみさん(著者の妻・俳優)収録
ある日、実家(滋賀県東近江市)でひとり暮らす九一歳の母(愛称ひいちゃん)がステージ4のがんと宣告された。「まあまあ元気」と思っていた母の命のカウントダウンが突然始まった。
「自分の家がいいんよ、どこにも行きたくない……」。住み慣れた家に最期までいたいと遠慮がちにつぶやくひいちゃん。在宅医療? 緩和ケア? 介護保険制度? 知識のなかった息子は「いっぱいいっぱい」になりつつも訪問看護師、ホスピス医、ヘルパーの力を借り、家族や友人を巻き込んで母に寄り添い続ける――。
母との二人きりの時間、残されたノートやアルバムを通して、昭和・平成を生きた人の人生が浮かび上がる。
【本文より・1】
彼女のラストの三年間は、死に向かう絶望、悲嘆にくれる三年ではなく、生そのものの年月だった。
母と私たちはよくしゃべり、よく食べ、飲み、笑って、泣いて、口げんかもし、たくさんの人を家に迎えた。
がんの宣告がなければ、母と息子がここまで深く交わることはなかっただろう。
母と私たちに与えられたのは、三年間の、文字通りの「長いお別れ」の時間だった。
【本文より・2】
「使える制度をみなさんあまり知らないんです。介護や看護の力が必要な本人やご家族が、それを知らないばかりに自分たちだけでがんばっているということが多い」(福祉用具専門相談員)
わかる! 今回私はまさにそれに直面した。
複雑な制度を知ろうとする力、意欲が必要とされる。個人差も大きい。家庭環境差、地域差も。技術、体力、知識を要する。予算も。正解が見えない。別れの日までの所要時間も。

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