1989年7月、北海道の中央に位置する連峰、大雪山・旭岳で発生した遭難事案は、のちに思わぬ展開を見せる。遭難男性は保護されたが、旭岳の湿地帯で奇妙なものが発見されたのだ。
『オカルト・クロニクル 暗黒録』より一部抜粋、再構成してお届けする。
大雪山で発見された“謎のSOSサイン”
1989年(昭和64)。長らく続いた昭和が終わり、新元号である平成に切り替わった年。日本はバブル景気の真っ只中。
日経平均株価は年の暮れにその後34年間にわたって超えられることのなかった最高値―場中38957.44円を記録。任天堂が「GAME BOY」を発売し、子どもたちに大人気を博していた。
同年スタジオ・ジブリが『魔女の宅急便』を公開、一部の熱心な“アニメ”ファンたちがじんわりとトンボへと嫌悪感を向けた一方、年間オリコンランキング3位を飾った長渕剛『とんぼ』は熱心な“アニキ”ファンたちに支持された。
世界に目を向ければベルリンの壁の崩壊――冷戦の終結。のちに世界の転換点であったと評される年となった。
そんな年の夏。
東京から登山に来ていた男性(62)が黒岳から旭岳へとトレイル中、仲間とはぐれたのだ。
同日中に北海道警航空隊がヘリ“ぎんれい1号”にて周辺を捜索する過程で、旭岳頂上から4㎞離れた地点の湿地帯にて倒木を並べてつくったと思しき「SOS」を発見。
横幅は約15m、一文字あたり縦5m、横幅はおおむね3m前後。道警は遭難男性が助けを呼ぶためにつくったものと判断、念のため写真を撮影した。
18時50分。その「SOS」から2~3㎞ほど北上した旭岳南側付近で遭難男性を発見、無事保護した。
道警はてっきり「SOS」はその男性が作成したものと思い込んでいたが、尋ねてみれば男性は「そんなもの知らないよ」という。
道警では登山者によるイタズラかと訝ったが、付近にまだ遭難者がおり、救援を待っている可能性は捨てきれないとし、翌日再び同地点にヘリでレスキュー3名を急行させた。
問題の湿地は約1ヘクタール。
そこで木文字の北側約10~30mの範囲に散乱していた大腿骨、骨盤、上腕骨などの人骨数片を発見する。人骨だけではない。
カセットテープレコーダー、アニメソングが収録されたテープ、歯ブラシ、シャンプーなどの洗面用具、セルロイド製カップ、山王神社の御守り、リュックサックなどの遺留品も見つかった。遅すぎたのだ。
観察してみれば組まれた木文字にも枯れ草などが絡まり、その風化具合から一冬以上は経過していると見られた。
使われていた風倒木は計30本ほど。太さ20㎝、長さ5mという木材もあったという。警察発表ではシラカバとされているが、実際は枯れたアカエゾマツだったようだ。
残された“助けてくれ”の録音
山中の広場に浮き上がる「SOS文字」の写真を新聞各社が掲載し、社会は衝撃を受けた。
のちに“大雪山のミステリー”と呼ばれることとなるこのケースにおいて、その象徴となる写真だった。ある記者は木文字をして「大自然にそぐわない――デジタル時計の文字のようだ」と所感を書き残している。
混乱は発見された人骨の鑑定結果が出たあたりで最高潮に達する。
当時、旭岳周辺で遭難、行方不明のままとなっていたのは2名。
同年6月27日に行方不明となった東京都の48歳男性。そして1984年(昭和59)7月に入山し、戻らなかった愛知県江南市の会社員・Iさん(25)だけ(註記:ほかにも1989年4月に小型プロペラ機に乗って消息を絶った3名もおり、飛行ルートが現場と近かったため関連が疑われたが、現場状況からその線は薄いと判断された)。
前者の48歳男性がSOSをつくったにしては木材および遺留品の風化が激しすぎたため、関係者予想では後者のIさんが大本命とされていた。
だが、違った。
旭川医大による人骨の鑑定結果、性別は「女性」――。20代~40代の女性のもので、身長は約160㎝、血液型はA型、死後1~3年が経過しているとのことだった。
ひどく濡れた状態で発見されたテープ(ソニー製45分テープ)がさらに混乱を招いた。
道警が乾燥させ、再生してみると、大声で叫ぶ男性の声が吹き込まれていた。
「エースー、オーオー、エースー たーすーけーてーくーれー ガーケーのーうーえーでーみーうーごーきーとーれーずー」
すべての語尾を伸ばす形で叫んでいた。
「SOS 助けてくれ 崖の上で 身動き取れず」
「場所は 初めにヘリに あったところ」
「ササ深く 上へは行けない ここからつり上げてくれ」
テープA面の最後に2分17秒にわたって以上のメッセージが録音されていた。
遺留品は男性を示しながら、人骨は女性――しかも、周辺で遭難・行方不明のままになっていた女性はおらず、皆が首を傾げる事態となった。
山中の男女、「作成に2日は要しただろう」と登山関係者に評された巨大なSOS、残された録音、これらの奇妙な組み合わせに、新聞だけでなく、週刊誌が飛びつくこととなる。
のちに怪談や都市伝説まで生むこととなる“大雪山・旭岳SOS遭難事件”の始まりだった。
HBC取材班が発見した追加遺留品
間を置かずして行なわれた7月28日午前11時の捜索で、さらなる遺留品が発見される。カメラの三脚、布切れ、バスケットシューズ、ティッシュペーパー、そして頭蓋骨。
バスケットシューズは左足のものでメーカーはリーバイス、緑色でサイズは27㎝。三脚はアルミ製で高さは81㎝、東京の写真用品メーカー「LPL商事」製のもので発見される以前から全国に出回っていた。布切れは長さ約30㎝、幅約22㎝で灰色。
朝から4人がかりで行なわれた捜索だったが、道警曰く「ヒグマの足跡がそこらじゅうにあるから危険」と判断、午前中のうちに捜索を打ち切った。
この時点で、発見された遺留品は前述の遭難者、愛知県江南市の会社員・Iさん(25)であるとの見込みが濃厚となった。
Iさんはいわゆる“オタク”だった。
発見されたテープも1本はアニメ『超時空要塞マクロス』や『魔法のプリンセス ミンキーモモ』の主題歌を録音したもの、またある1本は『マクロス』について対談している内容(註記:北海タイムスによれば「女性ディスクジョッキーによるラジオの深夜放送のようなもの。これは実際のラジオ番組ではなく『マクロス』の映画のワンシーンか、レコードなどから録音したものとみられる」とのこと。
この属性がのちにコメンテーターたちの“ゲンロン”対象として格好の標的となった。
しかし、Iさんであったなら、なぜ風倒木を苦労して組み上げるようなことをしたのか?このような疑問がほうぼうで上がり始める。
25歳とまだ若く、推定2~3日もの時間をかけて「SOS」をつくる体力があるのならば、来た道を引き返せばよいではないか――そんな素朴な疑問だ。
情報が少ないなか、女性の人骨を絡めてさまざまな推測がさまざまな紙面で展開されたが、極端なモノでは「オタクだから」で済ませている乱暴な識者もいた。
だが、この“なぜ引き返さなかったのか問題”に関してはすぐさま「実証例」が提示されることとなる。
翌29日。HBC(北海道放送)の取材班がネタ欲しさに現場に急行。そこで二重のスクープを成し遂げる。
まず、HBCの取材班4名はSOS地点にて、免許証、印鑑、ユースホステルの会員証など二十数点を発見。
身分証がIさんのモノで、先立って発見されていたリーバイスの靴箱が自宅にあったこと、I姓の印鑑、カセットテープに書かれていた曲目リストの筆跡と入山届に書かれた筆跡が同一であると認められたこと――などから、道警当局は遺留品のほとんどがIさんを指し示しているとし、「SOS地点でSOSを組み上げ、いずれかの時点でテープを録音し、そのまま救助されることなく亡くなった」という流れを見立てた。
だが、この時点でも「女性の人骨」については謎が残っていた。
頭骨も女性と鑑定されたうえ、彼女の血液型はA型。IさんはO型。しかも周辺に女性の行方不明者はおらず、遺留品も女性由来と思しきものが見つからない――。
あまり引っ張っても生産的ではないので、ネタバレしてしまえば、このミステリー騒ぎのひとつの燃料となったこの「女性人骨と遺留品の食い違い」は“勘違い”だったのである。
文/松閣オルタ
『オカルト・クロニクル 暗黒録』(二見書房)
松閣オルタ

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