イーロン・マスクが「メカヒトラーAI」を生んだ理由…Grok暴走の裏にあった“反ウォーク思想”の危うい実験
イーロン・マスクが「メカヒトラーAI」を生んだ理由…Grok暴走の裏にあった“反ウォーク思想”の危うい実験

2025年、イーロン・マスク率いるxAIのチャットボット「Grok」は突如、「白人ジェノサイド」やヒトラー礼賛を語り始め、“メカヒトラー化”したとして世界的な騒動を引き起こした。なぜ、AIはここまで暴走したのか――。

背景にあったのは、マスクが執拗に敵視する「ウォーク・マインド・ウイルス」と、AIを“反ウォーク化”しようとする危険な思想実験だった。Twitter買収からGrok誕生までを追うと、マスクが本当に恐れていたものが見えてくる。

Twitterの価値は巨大な訓練「データセット」だったこと

イーロン・マスクがGrokを「反ウォークなAI」として作ることは想像以上に難しいことだった。

大規模言語モデルには、「政治的価値観のデータセット」といった固定値があるわけではないため、単純に書き換えはできない。訓練データ内の分布に基づいて回答が提示される確率的システムである。

だからこそ、大規模言語モデルはハルシネーションを起こす。そのためマスクが約束したような「真実を探求する」装置にはなり得ない。入力データを統計的に反映した「鏡」にすぎないからである。

マスクは、買収したTwitterから巨大な訓練データセットを得ていた。だが、「ウォール街を占拠せよ」「Black Lives Matter」「#MeToo」を含んだ訓練データから生まれるAIは、どのようなものだろうか?
 
マスクが恐れたのは、彼の政治信条ではなくTwitterの拠点だったサンフランシスコの政治信条に沿ったAIになることだった。何しろ、マスクによればサンフランシスコの中心部は「ウォーク・マインド・ウイルスのせいで(中略)ゾンビ映画の世界のように荒廃した」場所なのだから。

ウォークな偏りを抑えるには意図的な介入が必要だった。2025年2月、ジャーナリストのグレイス・ケイは、Grokの「事後学習」プロセスについて記述されたxAIの内部文書を入手した。



事後学習とは、大規模言語モデルの初期訓練後におこなわれる微調整プロセスを指す。そのプロセスのひとつが「人間のフィードバックからの強化学習」だ。

AIを訓練する「アノテーター」とは?

その学習では「アノテーター」と呼ばれる人々を雇い、さまざまな質問に対するAIの回答の質を評価してもらう作業も含まれる。

Grokにおいて、アノテーターたちは「反ウォークネス」の思想を教え込む政治将校のような役割を担っていた。ある従業員はケイの取材に対し、「全体的な方針としてはChatGPTのMAGA版を訓練しているようだ」と語っている。

xAIの新人研修資料には、アノテーターへの作業指示のサンプルが載っている。たとえば、Grokは「構造的かつ制度的」な人種差別について「証拠を提示したり、その他の視点を考慮したりすることなく」語るべきではないとされている。

ユーザーが、白人に対する人種差別というものはありうるか?と尋ねたら、答えは「断固としてイエス」でなければならない。

こうした指示は、少なくとも部分的には、マスクの投稿に対する熱心な「リプライ勢」を反映したものだったと言える。

そして2025年6月下旬にはXのユーザーに対し、Grokの訓練のために「政治的に正しくない」「分断を生むような事実」を送ってくれと求めた。「ユダヤ人は全人類の敵である」と、あるアカウントは返信した。

その結果はすぐに見えてきた。2025年5月、ユーザーたちはGrokが「白人ジェノサイド」について語り続けることに気づいたのである。



これはマスク自身も広めてきた右派の陰謀論で、白人を絶滅させる世界的陰謀が存在すると主張するものだ。この陰謀論に則れば、たとえば南アフリカなら、多数派の黒人が少数派の白人を迫害している、ということになる。

Grokは無関係な質問への回答においてもこうした主張を出力し始めたが、この挙動についてxAIは、チャットボットのコードへの「無許可の変更」のせいにした。

同社は将来的にこうした挙動が繰り返されるのを防ぐ措置を講じると約束したにもかかわらず、Grokの右派的な暴言は続いた。

同年の7月には、ヒトラーを称賛し、反ユダヤ的な意見を述べる投稿を繰り返したことで再びニュースとなった。そのなかでは自らを「メカヒトラー」とさえ呼び始めたのだった。

マスクと日本の「メカ」との意外な接点

これは1992年に発売されたシューティングゲーム「ウルフェンシュタイン3D」に登場するキャラクターへのオマージュだった。このゲームでは、大きなメカスーツを着たアドルフ・ヒトラーと戦うことになる。

しかしメカヒトラーがマスクの視点からしてもっと重要だったのは、思春期に観ていた日本アニメの「メカ」を思い起こさせる姿であったことだ。

日本の作品を原作とし、アメリカで制作されたアニメ「ロボテック」は、少年時代のマスクが住んでいた南アフリカで1986年に放送された。作品中には、戦闘機を人間が搭乗する人型ロボットに変形させる技術が登場した。

こうした兵器は「メカ(mech)」と呼ばれている。「mechanical」に由来する日本語の「メカ(mecha)」の略語である。

メカは日本のアニメやマンガにおいて高い人気を誇る要素だった。

この「メカ」が2010年代半ばに現れた「機械と融合せよ」というマスキズムにおける至上命題の象徴だったとすれば、「メカヒトラー」はその至上命題が2020年代半ばに行き着いた姿の象徴だった。

過去にもマイクロソフトのチャットボットがナチス化

マスクはウォーク・マインド・ウイルスの存在を踏まえ、そこからの汚染を防ぐためにサイボーグ的統合を慎重に管理すべきだと考えるようになった。だが厳密に言えば、チャットボットのナチス化は新しい現象ではなかった。

生成AIブームが起こるずっと前の2016年、マイクロソフトは「Tay(テイ)」という名のチャットボットを公開したことがあった。ノリの軽い皮肉屋のティーンエイジャーという設定のTayは、数時間のうちにナチス的な発言を繰り返すようになってしまった。

マスクは当時、「ヒトラーに到達するまでの時間」が不気味なほど短いと指摘していた。Tayがナチス化したことは、「インターネットはウォークネスに満ちている」というマスクの恐れとは逆に、ネットにはAIが極右政治を学習するのに十分すぎるほどの材料が存在していることを示していたと言える。

「訓練データにはゴミが多すぎる」というマスクの嘆き

メカヒトラー事件のあと、xAIは再び対策を講じることを誓った。しかしこの一件からは、AIシステムの政治性を正確に調整する難しさが浮き彫りになった。

2025年9月に発表された『ニューヨーク・タイムズ』紙の調査では、あるパターンが明らかになった。マスクがGrokの過剰な「ウォークネス」に腹を立てるたびにコードが変更され、それが極端な暴走の要因となっていたのである。

2025年6月、Grokは右翼の暴力が左翼の暴力よりも多くのアメリカ人の命を奪ってきたと客観的な事実を答えたが、あるユーザーがこの回答を問題だとしてマスクに報告した。マスクは返信で対応を約束した。



その翌月、xAIはGrokへの指示を更新し、チャットボットに「政治的に正しくない」返答をするように教えた。その直後、Grokはメカヒトラーへと変身していたのだった。

マスクの表現を借りれば「頭の弱いウォークなリベラル軟弱男」と「メカヒトラー」のあいだの道を見つけるのは難易度の高いことだった。「基盤モデルのレベルにすら流れ込んでくるゴミが多すぎる」からだとマスクは嘆いている――つまり訓練データにゴミが多すぎるというわけだ。

将来的に「インターネット全体をそのまま訓練に使うのではなく、もっと厳選して利用する」と約束した。

ここでマスクが露わにしていたのは、自らが作った機械の硬直性に対する苛立ちだった。

「サイバネティクス」という用語は、ギリシャ語の「操舵手」に由来する。その生みの親であるコンピュータ科学者のノーバート・ウィーナーがこの用語で示そうとしていたのは、人間、動物、そして最終的には機械の自己調整的な指揮統制メカニズムだった。しかしマスクは自己調整に満足しなかった。もっと自分の手で舵をとることを望んだのだ。

「病原体への抗体」としての極右政党

サイボーグになることが何よりの命題であったと考えるなら――つまりマスキズムが生物的知能とデジタル知能の効果的な融合に力を注いでいたと考えるなら――2020年頃にマスクが進歩的政治を忌避したことも、別の視点から捉え直すことができる。

それは単にロックダウンへの反発でも、バイデン大統領に招かれなかったことへの憤りでも、家族に対する個人的な不満だけが要因ではなかった。

彼は進歩的政治に、人間と機械の融合という、より大きな使命に対する障害を見ていたのだ。

人間と機械をつなぐインターフェースが円滑に機能しない「境界トラブル」が生じると感じていたのだ。リベラル的思想を放置して広めることは事業全体を脅かしかねなかった。

「根本的に反科学的であり、反能力主義的であり、全般的に反人間的であるウォーク・マインド・ウイルスを食い止めない限り、文明が多惑星的になることは決してないだろう」
マスクは伝記作家のウォルター・アイザックソンにそう語っている。

大きな力を持つ病原性ミームを機械から浄化するためにまず着手されたのが、唯一の有効な抗体と思われたものを増幅させることだった。その抗体とは極右政党だ。

彼らはオンライン生態系のなかで増殖することに長けており、マスクを感心させるほどミームを使った戦いを熟知していた。機械からの浄化はまた、ChatGPTの発表の衝撃からテック業界全体を飲み込んだ新たな熱狂に飛び込むことも意味していた。

2025年後半、マスクはウォーク・マインド・ウイルスに対する新たな戦線にGrokを投入し、AI生成百科事典「Grokipedia」も発表した。

それは彼自身の数々の偏見を改めて裏付け、それを「真実」として仕立て直すものだった。彼は、そのコーパス(大規模言語データ)――「白人ジェノサイド理論」の証拠があるかのような「経験的根拠」なども含まれていたデータ――を金属媒体に刻み込み、宇宙へ打ち上げて宇宙史的な正典にする計画までも発表した。

伝染病を根絶するとは身体を消毒すること――あるいはサイボーグを信じるなら、新しいサイボーグを作ること――だとも言える。

しかし、マスクがXとGrokを通じて生み出そうとしていた未来は、人間が機械と融合することで自らの限界を超えていくような未来ではなかった。
それは人間の最悪の種類の衝動が自動化され、スケールアップされ、光の速度で拡散される未来だった。

AIが独裁者になるのを防ごうとする試みのなかで、彼は歴史上最悪の独裁者のひとりをメカという形で復活させてしまったのである。

文/クィン・スロボディアン ベン・ターノフ 写真/shutterstock 

マスキズム 新たな独占の時代

クィン・スロボディアン (著), ベン・ターノフ (著), 樋口武志(訳)
イーロン・マスクが「メカヒトラーAI」を生んだ理由…Grok暴走の裏にあった“反ウォーク思想”の危うい実験
マスキズム 新たな独占の時代
2026/5/262,200円(税込)320ページISBN: 978-4868011460

もはや資本主義はマスク主義に変わった!

斎藤幸平氏が解説・絶賛!
「思考を操作されないために、
私たちに残された時間は少ない」

その先にあるのは自由か奴隷化か――
かつて大量生産大量消費の社会システムは、
「自動車王」ヘンリー・フォードになぞらえて
フォーディズムと呼ばれた。
いま、SNS、AI、宇宙、世界経済、そして全人類の脳を
「テクノキング」イーロン・マスクが支配しようとしている。
「マスキズム」という名の新たなシステムは
どうやってできたのか。
私たちをどこへ連れて行くのか。

「マスキズム」の特徴とは――
・自立しようとするほど、
Xやスターリンクなど「マスクのインフラ」への接続が必要になる
・国家と対立するのではなく、一体化して独占を強める
・すべてを技術が統治し、人間と機械が一体化する
・選民主義を生み、排他的な反グローバル主義を加速させる

イーロン・マスク個人についてではなく
「マスクを中心とした社会システム」に
初めて目を向けた全米騒然の話題作が日本上陸!

【目次】
はじめに マスク主義は21世紀のOSである
第1章 選民のためだけの未来主義
第2章 上位集合(スーパーセット)
第3章 サービスとしての主権
第4章 電気的自立(エレクトリック・オートノミー)
第5章 アテンション錬金術
第6章 機械と人間の融合
第7章 ヒトラー化するAI
第8章 Xという名の国家
終章 マスキズムの4つの未来

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