イーロン・マスクはなぜ「共感」を憎むのか…「人間はNPC」「移民はバグ」と考える“危険思想”の正体
イーロン・マスクはなぜ「共感」を憎むのか…「人間はNPC」「移民はバグ」と考える“危険思想”の正体

「共感は脆弱性攻撃である」――。イーロン・マスクはなぜ、そこまで“共感”を敵視するのか。

彼の発言を追うと、「人間は簡単にプログラムされるNPCであり、移民問題すら“バグ除去”として処理すべきだ」という、冷酷な世界観が浮かび上がる。DOGEで進められたデータ統合と移民排斥政策の背景には、AI時代特有の危険思想があった。

「共感させようとするのは、脆弱性攻撃である」

1990年代以来、イーロン・マスクはインターネット、宇宙、AI、脳インプラントなどあらゆるインフラを構築し、すべての人間から必要とされる存在となった。

さらに第2次トランプ政権において「政府効率化省(Department of Government Efficiency /DOGE)」と呼ばれる組織の事実上のトップとして政府に参画したとき、マスクは世界の独占をさらに一歩先に進めたと言える。

そこでマスクがやったことは、政府が持つどのデータが有効と見なされ、どのデータが削除されるべきかを考えることだ。マスクにとってバグとは無駄な予算や余剰人員だけではなく、不法移民や不正受給者といった正当性の疑われる人々のことでもあった。

DOGEに着任して間もなく、マスクは社会保障給付金が死者にも支払われていると主張した――しかしそれは政府のデータを読み違えたことから生まれた誤解だった。政府での経験が不足していたため、彼のチームは政府のシステムを解釈するのに苦労することも多かった。

マスクはXで冗談を飛ばした。「もしかしたら『トワイライト』シリーズは現実で、社会保障を受け取っている吸血鬼がたくさんいるのかもしれない」。

あるインタビューで、「アメリカ国際開発庁への予算削減は何百万人もの命を奪うものだと主張するビル・ゲイツのような批判者にどう答えるか」と問われたマスクは、そうした批判を一蹴した。

「あいつらは同情を引くための『見せ物の孤児』すら連れてこようとしないじゃないか」。彼のプログラマー的な言い回しを借りれば、「共感を突いてくる脆弱性攻撃」は、パッチを当てて修正すべき「西洋文明のバグ」に他ならなかった。



これは、何十年も前からマスクの思考の核にあるものだった。弟のキンバルがスマートフォン向けゲーム『Polytopia』を始めたのは、マスクが「自分のようなCEOになる方法を教えてくれるだろう」と言ったからだった。そこからキンバルが得た最初の教訓は「共感は資産ではない」。2つ目は「人生をゲームのようにプレイしろ」だったという。

「この世界はすべてシミュレーションで、人間はすべて“まがいもの”」という仮説

人生をゲームとして扱うという思想に関しては、それ独自の精神と、それを支える思想家がいた。

マスクがよく引用する理論のひとつに、スウェーデン人の哲学者ニック・ボストロムによる、「私たちは未来のメインフレーム上で実行されているシミュレーションのなかに生きているのかもしれない」という推測がある。

そのうえ、私たちの周りにいる多くの人々は人間ではなく、コンピュータ・プログラムかもしれない。ボストロムが「まがいものの人間たち(シャドウ・ピープル)」と呼ぶ、内面を欠いたもっともらしい模造品である。

この思想がもたらす倫理上の影響は計り知れない。もし私たちが「まがいものの人間たち」に囲まれているのなら、共感を呼びかけてくる訴えは、道徳的義務ではなくこちらを操作しようとする悪意あるコードに過ぎない。

そのため、そんな訴えに対する合理的な反応としては、人道的な感情に心を閉ざすことだ、となる。経済学者のロビン・ハンソンは、2001年の有名な論考「シミュレーションの中でどう生きるか」のなかで、そんな結論に達している。

「もしシミュレーションのなかに生きている可能性があるなら、他のすべての条件が同じである場合、他人のことはそれほど気にかけないほうがよいことになる」。



まがいものの人間という存在は、マスクのキャリアを貫く一本の明確なテーマだった。ペイパルにおいては、身分を偽る金融詐欺師たちのことを指していた。

Twitterでは、最初はボットであり、次には「幽霊社員」という突飛な概念――給与支払い名簿に載っている人々の多くは本物の人間ではないという考えを指していた。

頭からっぽのモブとしか人間をみない

その考えをマスクは「NPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)」という概念で表現してもいた。バイデンは、「限られた会話パターンしかないNPC」であり、マスコミは「集合精神」あるいは「ドローン集合体」であり、「NPCメディア人形」にすぎなかった。

マスクは、頭をパカッと開けて「テスラは良い」と書かれたチップを「テスラは悪い」と書かれたチップに交換しているミームをシェアした。その画像のキャプションには「NPCに向けた新しいプログラム」と書かれていた。

それに対し、「個人は常に、自分の頭のなかで動いているソフトウェアを誰が書いたのかを考えるべきだ」とコメントしている。

また別の場所では、もう少し具体的に「たいていの人間はファイアウォールが非常に弱いため、簡単にプログラムされてしまう」と述べている。

世界をコードとして捉える視点は、あっさりと政治にも浸透していった。マスクは投資家のジョージ・ソロスを「システム・ハッカー」と呼び、彼が「悪夢のような偽りの亡命希望者」に資金を出していると主張。それだけでなく、NGOもテスラのディーラーに対する「偽りの抗議活動」に資金を提供しているとも語った。

移民の大量強制送還に至った衝撃のデマ

また、政府は不正で溢れ返っているとも主張。それはより大規模な「共感を突いてくる脆弱性攻撃」の一部であった。

民主党は資金を使って「書類のない移民」を大量に流入させ、「永久的な多数派――一党独裁国家――を作り出そうとしている」という考えだ。

マスクは、民主党が亡命法の「ハック」を通じてそれを実行していると信じていた。「『亡命を希望する』という魔法のフレーズを唱えるだけで入れるんだ」と彼は言った。「何の証拠も求められない」。

マスクによれば、バイデンが国境を開いたのだという。アメリカは「殺人的な人食い人種のために(いろんな意味で)赤い絨毯を敷いている」のであり、「不法入国者」でも投票できてしまう――「2024年はおそらくアメリカ市民によって実際に決定される最後の選挙になるだろう」とマスクは語る。

選挙の前日、マスクはポッドキャスターのジョー・ローガンと数千万人の登録者に向けて、移民は「文字通り激戦州に空輸されており」、場所によっては書類のない移民の数が「700パーセント増加」していると語った。国境は「存在しないに等しい」と彼は言った。

だが、こうした見方は真実ではなかった。国境は開放されていなかった。亡命希望者は審査されており、申請の多くは却下されていた。

書類のない移民はおろか、市民権を持たない者が投票することも許されておらず、マスクが言うような不正事件はほとんど存在しなかった。
人食い人種など存在しなかった。

「移民と投票不正」についてのツイートが100億回閲覧される

ブルームバーグが数万件のツイートを分析したところ、マスクが「Xにおける反移民陰謀論の最大の拡散者」になっていたことが判明した。2024年、彼は移民と投票不正について1300回以上ツイートし、その総閲覧数は約100億回に達した。

『エコノミスト』誌の分析によれば、2024年のマスクによる移民についての投稿頻度は、二番目に好むトピックである「言論の自由」のほぼ2倍だった。

「場違いな人々」に対するマスクのパニック煽動は、アメリカ国外にも広がっていった。
ちょうどこの時期、彼はヨーロッパ極右による移民の強制的な「再リマイグレーション移住」要求も煽動していた。

再移住とは、さながら人間版のゼロベース予算編成と言える。いったん白紙に戻し、余分な、あるいは不正なデータを取り除き、最初からやり直す。マスクの反移民感情の激しさは、サイバネティックな社会観や国家観と並べて理解されなければならない。

「インド人は言語モデルに置き換えて帰国させる」という発想

政府決済システムへの書き込み権限を与えられたDOGEメンバーであるマルコ・エレスの投稿は、その冷酷な視点を端的に表している。

エレスは一時就労ビザで滞在しているインド人の99パーセントは、彼らより「少し賢いLLM(大規模言語モデル)に置き換えられるだろうし、みんな帰ることになるから心配するな」と語っている。

コードと移民排斥の結びつきは、あまりに露骨であった。DOGEが引き起こした最も恐ろしい成果は、「輸入された」移民という(想像上の)侵入に対抗するため、データ統合を通して大量強制送還を加速させた点だった。

2025年3月までに、マスクの部下たちは『Wired』誌が「マスター・データベース」と呼ぶ移民追跡システムを構築し始めていた。

国土安全保障省、内国歳入庁、社会保障局、および有権者名簿のデータを一元化したのである。

それは、パランティアが移民関税執行局と3000万ドルの契約を結び、強制送還対象者を追跡するシステム「ImmigrationOS」を提供することで非市民の「ほぼリアルタイムの可視性」を約束した動きと歩みを共にするものだった。

翌月、『ニューヨーク・タイムズ』紙は、トランプ政権がDOGEの新しい統合データを利用して、システム上で人々を「認識不能」な存在にしていると報じた。

何千人もの人々が社会保障局の「死亡マスターファイル」に追加され、彼らのクレジットカードや銀行口座へのアクセスが遮断された。元長官のひとりは、これを「金融的殺人」と呼んだ。狙いは、生計を立てる能力を締め上げ、「自主的国外退去」へと追い込むことだった。

トランプはまた、書類のない移民をカウントしない国勢調査を要求し、1790年以来アメリカの慣習となっていた原則を破ることとなった――同じくカウントから除外された過去の例外は、5分の3人と数えられた奴隷と、数に入れられなかった先住民だけだ。

政府データベースの「テックサポート」として始まったものが、自然に排他主義的な政治と結びついていった。これはデジタル・ネイティブな移民排斥だった。バグを排除するという比喩は、文字通りの意味で現実となってしまったのだ。

文/クィン・スロボディアン ベン・ターノフ 写真/shutterstock

マスキズム 新たな独占の時代

クィン・スロボディアン (著), ベン・ターノフ (著), 樋口武志(訳)
イーロン・マスクはなぜ「共感」を憎むのか…「人間はNPC」「移民はバグ」と考える“危険思想”の正体
マスキズム 新たな独占の時代
2026/5/262,200円(税込)320ページISBN: 978-4868011460

もはや資本主義はマスク主義に変わった!

斎藤幸平氏が解説・絶賛!
「思考を操作されないために、
私たちに残された時間は少ない」

その先にあるのは自由か奴隷化か――
かつて大量生産大量消費の社会システムは、
「自動車王」ヘンリー・フォードになぞらえて
フォーディズムと呼ばれた。
いま、SNS、AI、宇宙、世界経済、そして全人類の脳を
「テクノキング」イーロン・マスクが支配しようとしている。


「マスキズム」という名の新たなシステムは
どうやってできたのか。
私たちをどこへ連れて行くのか。

「マスキズム」の特徴とは――
・自立しようとするほど、
Xやスターリンクなど「マスクのインフラ」への接続が必要になる
・国家と対立するのではなく、一体化して独占を強める
・すべてを技術が統治し、人間と機械が一体化する
・選民主義を生み、排他的な反グローバル主義を加速させる

イーロン・マスク個人についてではなく
「マスクを中心とした社会システム」に
初めて目を向けた全米騒然の話題作が日本上陸!

【目次】
はじめに マスク主義は21世紀のOSである
第1章 選民のためだけの未来主義
第2章 上位集合(スーパーセット)
第3章 サービスとしての主権
第4章 電気的自立(エレクトリック・オートノミー)
第5章 アテンション錬金術
第6章 機械と人間の融合
第7章 ヒトラー化するAI
第8章 Xという名の国家
終章 マスキズムの4つの未来

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