「コント55号 映画」のニュース
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AI時代に一石を投じる――!?『有吉の壁 劇場版アドリブ大河』芸人たちが見せる“奇跡の瞬間”と“思考回路”
ミュージカル、ライブ、映画、コミック……テレビバラエティの常識の“壁”を打ち破り続けてきた『有吉の壁』(日本テレビ系、毎週水曜19:00~)が、また新たな挑戦で道を切り開いた。きょう16日から3週間限...
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「普通ではない」萩本欽一から生まれたトニセンと香取慎吾の共演…ミスター・テレビジョンの偉業
「共演したかったんだよ!」 香取慎吾(47)と久々に同じ舞台に立った井ノ原快彦(48)はこう叫んだ。事務所の垣根を取っ払ったコラボレーションは萩本欽一(83)の“普通を避ける精神”抜きには語...
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萩本欽一さんを迎えて「欽ちゃんの幸せを呼ぶ笑い」
今回は、昭和を代表するエンターテイナー、萩本欽一さんをお迎えして「欽ちゃんの幸せを呼ぶ笑い」と題してお送りしました。萩本欽一さんは、昭和16年生まれ、東京府下谷、現在の東京都台東区のお生まれです。中学...
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斜陽化の坂道を転げ落ちているテレビに未来はあるか?
1958年(昭和33年)に観客動員数でピークを迎えた映画産業は、5年前に始まったテレビ放送に押されてその後、一気に斜陽化した。「タダで見られるテレビがこんなに面白いものをやっているのにカネ払って映画を...
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<いまこそ期待>2013キングオブコント優勝「かもめんたる」
「かもめんたる」(岩崎う大:42歳、槙尾ユウスケ:40歳)という二人組のコントユニットがいる。しゃべるコントだが、知性を感じさせて、他の芸人ユニットとは一線を画す。2013年のキングオブコントで優勝し...
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<上から目線の辛口批評>テレビ朝日の『お助け!コントット』
ダウンタウンの呪縛から逃れ、明石家さんまの文法の外に飛び出す漫才師が増えてきた。大阪マンザイに限っての話である。ただし関西勢は東京の芸能も席巻しているので全国的な現象とも言える。代表はEXITや霜降り...
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<五輪も舞台も自粛すべき>エンターテインメントは「不要不急」である
エンターテインメントは「不要不急」である。この筆者の主張には「そんなのは当たり前だ」という意見と、「人の心に潤いを与えるのだから、必要不可欠だ」という強い反対意見があるだろう。たとえば、劇作家・俳優の...
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萩本欽一明かす「墓に一緒には入れない」妻の発言の意図
「年を取ればとるほど、いい笑いはできなくなる。だから、あと2年ぐらいは笑いをとことんやろうと思って。いま、腹を抱えて笑えるほどのテレビ番組を作るのは難しい。でも、約50年前、コント55号(故・坂上二郎...
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萩本欽一 3歳上妻から“初めて”かけられた「ありがとう」
“視聴率100%男”と言われるほどテレビに出たかと思えば、野球チームを作ってみたり、大学受験をしてみたり。挑戦を続ける欽ちゃんが、今だからこそ語れる“人生の伴侶”の素顔とは――。 「はじめは...
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萩本欽一 78歳で大学中退、再びお笑いへ…その原動力とは
「はじめは“ボケ防止”になるかな、くらいの気持ちで通い始めたのよ。でもいま思えば、生徒の中で、ぼくがいちばん大学生活を楽しんでいたでしょうね。とにかく授業が面白くて、一日も休まなかった。60歳近く年下...
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萩本欽一 コント55号、今いたら「バカウケする」
「作っていることを知らされずにできちゃった映画だから、見たくないんですよ。お客さんにもなるべく見ないでほしいね」11月3日公開の、自身初にして最後のドキュメンタリー映画『WeLoveTelevisio...
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<放送作家40年・日本コント史の裏側>「ひょうきん族」と「全員集合」は視聴率争いなどしていなかった
「コントはわざとらしくて笑えない」と言う人がいる。その通りの側面があると思う。「コントと漫才の違いは何か」と言う人もいる。笑えればどちらでもいいのではないか。素人に違いは何かなどと感じさせてしまうのは...
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<「コメディとコント」の違いって何だ?>コントは稽古の痕跡を見せずにアドリブでやっているように見えるのが最上
筆者は長く「コント作家」として活動してきた。その経験から、「コメディとコント」の違いはなにか?について考えてみたい。コメディには脚本がある、コントにはない・・・かといえばと、いづれも「ある」。コメディ...
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<決定版・欽ちゃんインタビュー>萩本欽一の財産⑰笑いの「間」は「0.5」と「1」と「2」
「笑いの『間』って、教えられるものじゃないんだけど、なんとか分かってもらおうと思って僕は考えた」と、大将(萩本欽一)が言う。「僕もわかりません、教えてください」「演者で勘の良い人は、何度も稽古すればわ...
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<決定版・欽ちゃんインタビュー>萩本欽一の財産⑫『なんでそうなるの?』のコント55号
大将(萩本欽一)と、坂上二郎さんは、昭和41年(1966年)に「コント55号」を結成する。浅草松竹園芸場で名を売り、たちまち日劇の西田佐知子ショーに出演する。浅草から、日劇へのコースは誰もが夢見るスタ...