『杉作J太郎が考えたこと』を読んで、不覚にも目頭が熱くなってしまった。
え、杉作J太郎? うん、そう。
ちょっと泣きそうになった。いや、心の中では号泣したね。
何いっちゃってんの? と思った人はちょっと聞いてほしい。そもそもあなたは、杉作J太郎の何を知っているのか。
名前を聞いて、あの特徴的なビジュアルを思い出せる人は結構多いだろう。
だが、それだけでは本当に知ったことにはならない。
たとえば、「杉作J太郎の本業は何か」と聞かれて即答できる人は少ないはずだ。
実は私もあまり自信がない。よく知らないからではない。杉作獣太郎の名前でデビューしたばかりのころから知っているので、逆になんと答えていいかわからなくなってしまうのだ。
最初に知った杉作J太郎はエロ自販機本(というものが昔はあったのです)で、まったくエロくない、後姿にやたらと哀愁の漂う男ばかりが出てくる漫画を描いているマイナーな作家だった。その後J太郎に改名して「ガロ」などで描いていたことも知っている。

次に気にしたとき、杉作はなぜかTVの深夜番組「トゥナイト2」に出てくるタレントになっていた。そして『ボンクラ映画魂 三角マークの男優たち』という映画本を出して私を狂気させた。この本は大部屋と呼ばれるマイナーな俳優について書かれたもので、異常なほどの東映愛に満ち溢れていた。おそろしいことにこのころの杉作は、FMW(消滅)などインディーズ・プロレス団体の裏方にも携わっていたということを後になって知った。深夜番組でエロをやってヤクザ映画の本を出してプロレス団体を手伝うって、それはどんな男の夢なんだよ!(ここがたぶん、一般人から見た杉作の絶頂期だったと思う)。
そして次に気になったとき、杉作J太郎は……「新世紀エヴァンゲリオン」の綾波レイが好きな人になっていた。
え、なんで綾波なの? と疑問を感じる暇もなく、杉作は当時人気絶頂だったモーニング娘。の熱烈なファンとなり、同好の士とともに全国を行脚するようになっていた。

えええ!?
当時のことを振り返ったインタビューで、杉作はこんなことを言っている(「BREAK MAX」2006年1月号)。
――そのとき(注:清里のモーニング娘。野外コンサート)声を掛けてきたヤツに「誰が好きなの?」って聞いたら「よっすぃー(吉澤ひとみ)が好きです」。「どう好きなの?」って聞いたら、「よっすぃーと結婚がしたいんです」「できるんじゃないの? だって綾波レイじゃ結婚できないけど、よっすぃーは世の中にホントに存在してるんだから結婚できるよ」って言ったら、相手の目にワーッと涙が浮かんできてね、握手して「ありがとうございます」って言われて。

なんだよ、その愛の伝道師ぶりは!
だが、杉作は基本を忘れていなかった。2003年、杉作は軽佻浮薄な日本映画界に一石を投じるために自ら「男の墓場プロダクション」を設立し、自力で映画製作を行うことを宣言するのだ。おお、『ボンクラ映画魂』が批評篇だとすれば「男の墓場」は実践篇か! そんなわけで以降の杉作に大いに期待したのであった。だが、その期待は予想だにしなかった形で裏切られることになる。
すでに何冊もの著作がある杉作J太郎だが、過去の作品はなんらかのテーマにそって書かれた原稿が収められたものだった。新刊『杉作J太郎が考えたこと』は、フリーテーマでそのときどきに考えたことを書いた、すでに10年以上の長きにわたって続いている、漫画誌「AX」の連載を書籍化した本である。
つまり「折々の杉作」。四季の歳時記としてもご利用いただけます。嘘だけど。
それはともかく、この1冊には杉作J太郎氏の10年間がぎゅっと濃縮されて詰めこまれているわけだ。では、それがどういう10年間だったのかをさらにダイジェストしてみよう。おそろしいことに、トゥナイト2時代に負けずとも劣らないほどに、ゼロ年代の杉作J太郎は出鱈目だった!
→LL.COOL.J太郎としてラッパーデビュー、CDも発売される(2003年4月)。

→「男の墓場プロダクション」を設立。新宿区の十二社に部屋を借りる(2003年12月)。
→2作同時公開の2作目のロケ用にスナックを必要としたため「スナック・ゆかいな男の墓場」を実際に借りてオープンすることを思いつく(2004年10月)。
→映画制作に注力した結果仕事をほとんど断り連載4本(うち原稿料が出るのは2本)という緊迫した状況に陥る。だが2006年1月に劇場公開が決まる(2005年10月)。
→公開した「任侠秘録 人間狩り」「怪奇!!幽霊スナック殴り込み!」の2作が予想以上の大入りで追加上映が決まる。自らサンドイッチマンとして下北沢の駅前に立つ(2006年4月)。
→財政逼迫のため10年以上の禁を破りパチンコに手を出す。「CR新世紀エヴァンゲリオン」を打ち、綾波レイさんのおかげで大勝ちする(2006年12月)。
→綾波さんのおかげでパチンコは連戦連勝。生活費はパチンコで賄う日々。「自分(杉作)は、本当はこの世の人間なのではなくて、今夏公開予定のエヴァンゲリオンの映画の登場人物だったのではないか。すでに綾波さんとつきあい始めているのではないか」という真理に気づく(2007年2月)。
→吾妻ひでお「チョコレート・デリンジャー」の映画化許可を原作者よりもらい、制作開始宣言(2007年12月)。
→「EN-TAXI」から依頼を受け「応答せよ巨大ロボット、ジェノバ」の執筆を開始。ガイナックスの提供する携帯ゲームサイトなどを通じて綾波覚醒モードに入る。ゲーム内で綾波に腕時計をプレゼントするイベントとシンクロして彼女に似合うGショックを購入(2008年4月)
→「いうにいえない事情」で「チョコレート・デリンジャー」の制作が止まっていることを告白(のちに財政逼迫が原因と判明。2008年8月)。
→著書『恋と股間』に続けて刊行しようとした『綾波はまだ萌えているか』企画が頓挫。パチンコも連敗、さらに自宅のエアコン及びパソコンが故障し、デジタル環境を失う。劇画黎明期に戻り、手渡しで原稿を編集部に届ける状況に。しかし『蒼穹のファフナー』はおもしろいと絶賛(2009年6月)。
→お気に入りのアニメ『一騎当千XX』が終了し低調。お金は相変わらずないが、公園で仲間を呼んで酒盛りをし、心穏やかな日々(2010年8月)。
→これ以上東京の夏には耐えられないと判断し、地方でアニメスタジオを設立すると宣言(2010年12月)
→そして東日本大震災が起きる……。
こんな感じでダイジェストしてみた。本人も書いているが、この過程は「ゆるやかな自殺を敢行中」と見えないこともない。聞くところによると現在の杉作は、ついにAKB48にも食指をのばし始めたという。あれだけモーニング娘。にハマってしまった人がAKB48なんかに手を出してしまったらどうなるのだろうか。恐ろしくてその先は想像することすらできないのでございます。
だが、すがすがしくもある。これだけふらふらしながらも、「好きなことだけをやって生きていく」という基本方針だけは常に貫いているように見えるからだ。その「好きなことだけをやる」は「金にはこだわらない」ということでもある。これは杉作が「ガロ」出身者であるがゆえの宿命だともいえるのだ。なぜならば「ガロ」は、原稿料を一切払わない、だが作者には好きなことをやらせる、という初代編集長・長井勝一の偉大な実験によって生まれた伝説の雑誌だったからである。
見習いたいか。いや、見習いたくはない。真似したら大変なことになる。だが、尊敬する。いや、『杉作J太郎の考えたこと』を読んでいると、尊敬せざるをえなくなってしまうのだ。自分の信じる道を邁進する姿のなんと美しいことよ。特に感動させられるのは、杉作が理想の女性・綾波レイさんに捧げる思いの強さだ。
以下、文章の一部を引用する。魂の叫びを聞け!

――特に、全女性を代表して綾波レイさんには、ボクは墓場賞を捧げたい。ホントにステキな女性です。男子の最後の希望、それが綾波さんですよ。綾波さんがスゴイのは、またパチンコの話ですけどね、(中略)アスカで(注:普通の大当たりが確率変動に)化けたら「これが実力よ!」、ミサトは「パーペキ!」っていうんです。ところが。綾波から化けたときだけは違う! 「ありがとう」っていうんです。綾波が。オレは、こんな奥ゆかしい女性がまだこの世にいたのかと感動しました。がんばったのは綾波なんですよ。綾波の頑張りのおかげで、打ってるこっちにいいことがあったわけです。にも関わらず、ニッコリ笑って「ありがとう」っていうんです、綾波は。……参ったな、もう…。
――そこでいった綾波のせりふ、「私が死んでも代わりはいるもの」。オレはいいました。そんなことないよ。キミしかないよ。キミは君★」って。今まではエヴァの台やって号泣したりしてましたけど、綾波のその言葉を聞いたときには、泣くというより決意を新たにしました。この世の中に存在する全ての綾波のために、今後は頑張っていきます。
――いや、ボクが綾波とつきあってるなんてね、つじつまの合わない話だってのは百も承知です。ただ明らかに今、ボクの中には新しい世界が生まれてるってことはどうしても否定できない! 実際、意識の上ではもう向こうの世界に半分入ってるって感じなんですよ。
――これまでにもボクは「二次元と三次元の壁を乗り越えて、これからは二次元で生きていく」とかいってきました。「言うは易し、行うは難し」それはわかってます。でも、ホントにそれをしたいんです!
不肖私も東方Projectのファンとして、なんとかして自分も幻想入りしたい、博麗霊夢さんと神社で幸せな日々を送りながら余生を過ごしたいと願っているのであるが、上には上がいることを思い知らされた。 すげえよ、杉作さん、やっぱり尊敬するよ。AKB48なんて三次元に浮気しないで、絶対に二次元入りしてくれ、頼むよ。
満天の星がきらめく夜空を見上げる。東の空の地平線近く、誰もが顧みようとしないであろうかそけき輝きの星がある。消え入らんばかりの五等星。それがわれわれボンクラの星だ。杉作J太郎はその鈍い光の星を最初につかむかもしれない男なのである。
(杉江松恋)