宮崎駿は、スタジオジブリを解散する心づもりをしていた。
『ジブリの教科書5 魔女の宅急便』に、その経緯が描かれている。

プロデューサーの鈴木敏夫の談話。
“制作の最中、宮さんが「いったんここを閉じようよ」と言い出したのです。
宮さんはジブリのジブリの設立当初から、「ひとつのスタジオで映画を作るのは三本まで、三本も作ると人間関係がぐちゃぐちゃになってきて、ろくな作品がつくれなくなるから」と言ってきました。それなのに『魔女の宅急便』は、もう五本目。”

だが、この時は、鈴木敏夫が、まだ続けたいと考えていた。
“タイアップをはじめ、新たに覚えたことを活かしてもっと作りたいという思いが強くあった。

それで、ジブリは解散をまぬがれる。
それどころか、
“スタッフの社員化、および固定給制度の導入。賃金倍増を目指す。”
“新人定期採用とその育成”
と方針を大転換するのだ。

鈴木敏夫は、「宮さんもそろそろ終わりだね」と言われたエピソードも語っている。
ヤマト運輸とのタイアップで、全国の営業所を利用して前売り券を販売しようとしていた。
だが、結果的に販売できなくなる。
「なんのためにタイアップしているのか分からないじゃないか」と、東映の担当者から怒られる。
さらに、こう言われるのだ。
“「宮さんもそろそろ終わりだね」
僕がびっくりして「え、どういうことですか?」とたずねると、「いや、だって興行成績がどんどん下がってるじゃない」と言うのです。”
鈴木敏夫は、ショックを受ける。
“映画というものはいいものを作るのも大事だけど、興行成績も大事。
いま考えればあたりまえのことなんですけど、僕はともかく作ることが楽しくてやってきたというところがあった。でも、原田さんの一言で、初めて映画の成功には二つあるんだということを思い知らされたわけです。”

『ジブリの教科書5 魔女の宅急便』に、寄稿されている論考もおもしろい。
上野千鶴子「なぜキキは十三歳なのか?」は、こう始まる。
“キキ、十三歳。
微妙な年齢だ。

宮崎駿が少女フェチなのは知っていたが、なぜこの年齢にしたのだろう?
十三歳。
初潮のくる年齢だ。少女が女になるその節目。”
性的な暗喩をピックアップし、「キキはなぜ飛べなくなるのか」「なぜジジと言葉を交わせなくなるのか」「キキが再び飛べるようになったのは何の力によるのか」といった謎解きを試みる。
上野は、“キキ、飛べなくなったときのために、学びなさい、学問と技術を身につけなさい、いったん身につけた学問と技術は、どんなことがあってもおまえから奪われないものだから。”と説教し、さらに“「空飛ぶ十三歳」のまま、映画を終わらせる宮崎監督は、キキを成長しない「永遠の少女」にとどめておきたい欲望を隠せないようだ。
”と締める。

それに反論するかのように(公開年の記事の再録なので、呼応して書かれたものではない)、制作秘話として、宮崎駿が冗談で語ったパート2の構想が載っている。
“すっかり有名になったキキは、宅急便の依頼が急増で大忙し。そこでハタと考えます。「もうホウキは古いわ。これからは車よ」。
かくして、キキは宅急便屋を会社組織にし、自分が女社長。トンボを専務に迎え、キキマークをつけたトラックがコリコの街を走りまわるのでありました。”

さらに大塚英志は「『魔女の宅急便』解題」で、「学ぶ」ことについて検証する。
キキを乗せて、トンボが坂道を疾走するシーン。
トンボはキキに言う。
「急カーブにかかったら身体を外にたおしてェ!! 身体を傾けないと曲がれないんだ。」
“ここで、トンボからキキは風への対応を「学んで」いる。”
空をとぶことが才能だとしても、“それを形にするには「学ぶ」必要がある。”
ジブリ作品の女子が大人になるために求められるものを検証した後、大塚はこう書く。
“「働く」、そしてナウシカやサンのように時に「戦う」ことで女子は大人になるが、「学ぶ」ことにより成長するというモチーフは『魔女宅』のこのくだりに垣間見えた後、例えば『コクリコ坂』に於いてメルの母が海外の大学に学びに行っているというエピソードや、『風立ちぬ』で医師になる妹にかろうじて描かれているだけだ。このあたりは宮崎駿論として、誰かがジェンダー論的に突っ込んでもいい問題だと思う。”
おお、まさに、同じ本で、上野千鶴子がやってるよ!
『ジブリの教科書5 魔女の宅急便』は、他にも
『ミッキーはなぜ口笛を吹くのか』の細馬宏通による「キキは飛び、町は剥がれる」
『怖い絵』シリーズの中野京子による「ウルスラの絵の謎を解く」
・日本ツェペリン協会会長の天沼春樹による「飛行船と魔女がとぶ空」
・宗教学者の正木晃による「魔女の東西」
といった論考が、あちこちで呼応し立体的に作品を照らし、刺激的だ。

さらに、
・近藤勝也の描く初期キャラクター設定(二つ結びにしてるキキ、かわいい)
・制作スタッフインタビュー(原画の井上俊之「キキは鼻の位置がむずかしい」)
・ポスター案のラフスケッチ(トイレに座ってるキキの案が!)
・松任谷由実×宮崎駿対談
など、読み応えたっぷり。
『ジブリの教科書5 魔女の宅急便』、大オススメです。(米光一成)