漫画家・古谷実の伝説の問題作が5月28日公開された。高校時代の過酷な虐め体験を経て、次々と無差別殺人を犯すサイコキラー森田。
痛い感覚も苦しい感情もまるっきり備わっていないかのように容赦ない残酷な行為者・森田を演じた森田剛は地方都市に生きる若者の鬱屈を演じることにかけてはかなりの実力者だが、「ヒメアノ〜ル」では更なる高見にのぼった。5月27日放送の「あさイチ」(NHK)では、12日に亡くなった演出家・蜷川幸雄(今夏、3度目の演出を受ける予定だった)の映像を見て涙するナイーブな面を見せた森田だが、映画の中ではひたすら獰猛だ。
気持ち悪さとコメディが入りまじった森田剛のあのシーン「ヒメアノ〜ル」
岡田(濱田岳)と同僚の安藤(ムロツヨシ)の平凡な日々は、サイコキラー森田(森田剛)によって激変していく・・・
(C)2016「ヒメアノ〜ル」製作委員会

最初から最後まで一瞬の隙もなく、森田と彼の標的たちの恐怖を描き切った監督は吉田恵輔。これまで「銀の匙 Silver Spoon」「麦子さんと」「ばしゃ馬さんとビッグマウス」など柔らかい雰囲気の映画で人気を得ていた吉田監督とはまるで違う「ヒメアノ〜ル」。この映画をなぜ、どうやって撮ったかインタビューした。
(*吉田の「吉」の正式表記は土に口)

取材は「ヒメアノ〜ル」のジャパンプレミア試写の日に行われた。
吉田恵輔監督は黒のシャツにベストにパンツとピンクのネクタイで、おしゃれなマフィアみたいな感じだった。
──おしゃれな格好ですね。
吉田 今日は完成披露試写なので、みんなのビジョンを押しつけられました(笑)。
──いつもはこういうファッションではないんですか?
吉田 試写会に着てくる服を指定されることは滅多にないですから、自分の好きな感じとなると、ここまでかちっとしないです。今日はかなり気合い入っているなって感じですよね(笑)。
──「ヒメアノ〜ル」は最初から最後まで緊張感が途切れることなかったです。

吉田 ほんとですか。
──暴力描写を観るのは得手ではないですが、それでも画面から眼が離せなくて、ひじょうに楽しませていただきました。
吉田 ありがとうございます。
──プレスのインタビューを拝読すると、近年柔らかい作品が多かった吉田監督ですが、塚本晋也監督のとこで照明をやっていたこともあって、好きだったダークな作品もやりたいと常々思われていたということですね。
吉田 そうですね。デビュー前、10年間くらい自主映画を撮っていた時代は、ダークトーンの作品が多かったんですよ。
最初に賞をいただいた「なま夏」もどちらかというとダークトーンでした。本来、気持ち悪さとコメディとの組み合わせみたいなものが得意だったのが、近年、なぜか“いい人系”の作品が増えてきて。このままではダメだ、そろそろ周囲の人たちに、あいつは“くそ”だぞと思ってほしくて、「ヒメアノ〜ル」を撮りました(笑)。
──いい人ではないぞと。
吉田 先日も、小学生からFacebookで「監督の新作楽しみにしています」というメッセージが来たので、「ありがとう」と返しながら、小学生が観ることができないものだぞとほくそ笑んでいました。
──R15ですものね。
小学生とFacebookでお友達になるんですか。
吉田 「銀の匙 Silver Spoon」を北海道で撮った時、エキストラ出演してくれた小学生が友達申請してくれたんです。
──すっかり監督になついてしまった?
吉田 そうみたいです(笑)。「監督のことを尊敬しています」みたいな雰囲気なんですけど、「ヒメアノ〜ル」を観たら気持ちが変わるんじゃないでしょうか。R15だから観られないけれど。その子供だけではなくて、「銀の匙」が好きな方が見たら、おっ!? となると思いますね。

気持ち悪さとコメディが入りまじった森田剛のあのシーン「ヒメアノ〜ル」
濱田岳と森田剛の対決は迫真
(C)2016「ヒメアノ〜ル」製作委員会
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———「ばしゃ馬さんとビッグマウス」が好きな方もショックかもしれないですね。あと森田剛さんのファンの方。いや、彼のファンは耐性があるか。
吉田 そう、森田さんのファンの方はわりと免疫があるんじゃないでしょうか。
——ですね。ただ、映画でここまでというのは──。
今までは舞台で暴力性のある役もやっていますが、女性に対してここまで過激で生々しいのは──。
吉田 確かにちょっと挑戦ですよね。ジャニーズ事務所さん所属の、いわゆるアイドルの仕事もされている方々によるサスペンス映画をはじめとしたダークな作品も増えている中で、今回、森田さんにここまでやっていいのか? というギリギリのラインに挑戦してもらいたいという思いはありました。彼もキャリア20年だし、ファンの子も一緒に20年、見る目が育っていて、いろいろな点において免疫があるでしょうと思って。さすがにV6がデビュー5年目だったらやらないですよ(笑)。
──今までの積み重ねがここで結実した。
吉田 森田剛もここまで来たぞっていう作品に仕上がったと思います。
──森田さんは監督や演出家の要求に確実に応えられる能力があって、今回も、やばい男の役を的確に演じていました。彼と対峙する役の濱田岳さんも計算できる方のようで、かなり激しいシーンがあるにもかかわらず、ふたりのクールな演技のぶつかり合いがすごく面白かったです。
吉田 キャスティングの勝利な気がしています。森田さんはわりと自由に動ける役で、今回の役(役名も森田)のもつダークさやニヒルさを前面に出していける。あと、ムロツヨシさんの役も、彼の得意ジャンルですよね。
──ちょっと気持ち悪い系ですね。
吉田 そう(笑)。その中で、濱田岳さんは中間をとっているというのかな、彼はバランスをとることにものすごく長けてる俳優なんです。例えばムロさんが面白い芝居をしたら、微妙なツッコミをちょこちょこ入れることができる。台本に書いてない、「ちょ・・」とかそういうひと言を繋ぐのが天才的に巧い。濱田さんが森田さんやムロさんの芝居を受けてくれる分、ふたりはのびのびやり放題にできたと思います。
──監督は脚本も書いていますが、俳優のアドリブを許す方ですか。
吉田 アドリブを許します。許すというか、しやすい環境にします。好きな役者さんに出演していただいているというのもありますから、その人がやりたいように演じてくれたほうが嬉しいです。それに、みんな勘がいいから、僕の書いた脚本を理解した上でプラスアルファしてくれているんですよ。
——自然なんですね。
吉田 あと、僕の現場はいつも和気藹々としているんですよ。役者が自由にやっていいかなと思えるリラックスした空気を作っているので、アドリブもしやすいと思います。監督がこわいと、台本を一語一句変えたら怒られそうな空気になるじゃないですか(笑)。僕は逆で、役者が出してくるものを見たいんですよね。それは役者に限ったことじゃなくて、美術部だって撮影部だって、ちょっとこういうの面白くないですか? という提案をどんどんしてくれることを望みます。
──「ヒメアノ〜ル」にもそういうリラックスの中で生まれてきたアイデアはありましたか。
吉田 濱田岳さんが、森田との対決で使う小道具の動きですかね。
──伏線というか、あ、それ使うんだ! ってやつですね。
吉田 それを使うことはあらかじめ台本に書いてあったんですが、部屋が暗くて、よく見えないなあと試行錯誤していたところ、岳君が絶妙なアクションではっきり見えるようにしてくれたんですよ。
──とても鮮烈でした。
吉田 そこを観た人からすごく褒められて、あれはおれの演出じゃないけどね・・・とか思いながら、「ありがとうございます」と言っておきました(笑)。
──小道具も良かったですよね。
吉田 あれを使ってクビを締めるというアクションをいつかやりたいとネタ帳に書いておいたものなんです。
──ネタ帳を書いている。
吉田 ネタ帳にだいたいアホみたいなことしか書いてないですけどね。
──いつも書いているんですか。
吉田 笑いとかバイオレンスとか扇情的なシーンとかジャンル分けしています。脚本が1回、書き上がったらそのネタ帳を見て、入れられるものをピックアップしていきます。
──いつから作っているんですか。
吉田 覚えてないですねえ、いつからだろう?
──映画を撮り始めた頃から?
吉田 それくらいでしょうけれど、今はパソコンで書いて保存して管理しやすくなってからは記憶しているんですが、昔は手帳に書いていて、手帳って1年ごとに終わってしまうので、見返すことのないものもあるんですよね。
──手帳に昔書いたことってみつからなくなることありますよね。
吉田 でもそうやって忘れちゃうことには大したことがないと思うようにしています。今は、帰りの電車で見た面白かったことなどをケータイにメモって、後でパソコンに送信してアーカイブしてあります。
──私が興味深かったのは、森田に執拗に追われる女の子役の佐津川愛美さんが、彼に酷い目にあう場面で黒いストッキングを履いていたことです。ああいうシーンってたいてい生足を出すのに、出さないんだ!って。
吉田 ああ、あれは、江頭2:50みたいな格好にしたかったんです。
──そこ、おもしろ狙いですか!
吉田 (笑)なんか・・・その・・・僕が女だったとして、一番恥ずかしい格好を考えたらああなったんです。
それもネタ帳に前から書いていたんです。
──監督はドSみたいなことをお聞きしたことがあるんですが、そうなんですか。
吉田 そうなんですよ(笑)。
──生足出しちゃいけない縛りがあったとかじゃなくて?
吉田 生足のほうが楽というか、黒いストッキング1枚にしようとしたがために、脱がす前の衣裳選びは大変でした。黒ストッキング縛りになっちゃって。この服可愛いけれど黒ストッキングに合わないんだよなあとか、合う服にすると今っぽくないなあとか(笑)。
——まさかの・・・そういうことでしたか。女の人が男の人から次々酷い目に合うっていうのは映画によくありますが、そこまで? っていうのがこの映画にはあって──。 

いったい「そこまで」とは何なのかは、後編で!
気持ち悪さとコメディが入りまじった森田剛のあのシーン「ヒメアノ〜ル」
Keisuke Yoshida
1975年5月5日生まれ。埼玉県出身。東京ビジュアルアーツ在学中から自主映画を制作、塚本晋也監督の作品で照明を担当した後、2006年、自主制作した「なま夏」でゆうばり国際ファンタスティック映画祭・ファンタスティック・オフシアター・コンペティション部門でグランプリ受賞。08年、自ら小説も手がけた「純喫茶磯辺」を映画化、注目される。主な作品に「机のなかみ」「さんかく」「ばしゃ馬さんとビッグマウス」「麦子さんと」「銀の匙Silver Spoon」がある。

[作品紹介]
ヒメアノ〜ル
原作 古谷実
脚本、監督 吉田恵輔
出演 森田剛 佐津川愛美 ムロツヨシ 濱田岳

5月28日(土)TOHOシネマズ 新宿ほか全国公開
©2016「ヒメアノ〜ル」製作委員会
ビルの清掃会社で働いている岡田(濱田岳)は、同僚の安藤(ムロツヨシ)から恋の懸け橋を頼まれる。
想い人・ユカ(佐津川愛美)はある男に執拗に追いかけられていた。その男・森田(森田剛)は、岡田の高校時代の同級生。当時、森田が高校で虐めに遭っていたことを知る岡田は不穏なものを感じる。その予感どおり、森田はサイコキラー化し殺人を重ねていた・・・。

(木俣冬)