1993年にJリーグが産声をあげて以来、日本サッカーは着実にその力を蓄えてきた。ここ数十年の間、世界トップクラスのクラブで主役を張る日本人スターの数は増え続けている。
今回は『GMS』から、「日本サッカー界が生んだ歴代最高の10名」を紹介する。
10位:長友佑都
日本代表の「継続性」を象徴する偉大なるシンボルの一人だ。小柄な体躯ながらも尽きることのないエネルギーを武器に、欧州で輝かしいキャリアを築き上げた。
特筆すべきはインテルでの7年間で、セリエAにおいて最も名の知られた日本人選手となった。インテルやガラタサライで国内タイトルを獲得し、異なるリーグや戦術文化への適応能力も証明。代表での息の長さは驚異的で、2010年から2026年まで5大会連続でワールドカップに出場するという、フィールドプレーヤーとしては稀有な偉業を成し遂げた。
スピード、アグレッシブさ、そしてメンタルの強さを兼ね備え、10年以上にわたって日本のサイドに世界クラスの信頼感をもたらした。
9位:中村俊輔
日本がこれまでに生んだ中で、最もテクニックに長けた選手の一人だ。優雅なプレイスタイルと魔法のような左足を持つ攻撃的MFは、セルティックでカルト的なヒーローとなった。
そのフリーキック、ビジョン、創造性は、クラブをスコットランドリーグ3連覇へと導いた。チャンピオンズリーグのマンチェスター・ユナイテッド戦で決めたゴールは、今なお欧州の舞台における日本人選手の最も有名な場面の一つとして語り継がれている。
代表でも98キャップ24ゴールという立派な成績を残した。絶頂期の彼は単なるセットプレーのスペシャリストではなく、リズムを操り、スペースを見つけ、一瞬のクラスで試合を決めることができるプレーメイカーだった。
8位:遠藤保仁
欧州での知名度は他のスター選手に譲るかもしれないが、日本サッカーにおける彼の重要性は計り知れない。そのエレガントなMFはキャリアの大部分をガンバ大阪に捧げ、Jリーグの象徴的な選手となった。
ボールを持てば冷静沈着、インテリジェンスに溢れるポゼッションと正確なパス。遠藤は長年、クラブと代表の「心臓」として君臨した。ガンバではアジア・チャンピオンズリーグを制し、2009年にはアジア年間最優秀選手にも選出。
代表152キャップは今も歴代最多記録だ。遠藤の偉大さはその「静かなる威厳」にあり、難しいプレーをいとも簡単にやってのけるところにあった。
7位:岡崎慎司
決して派手なタイプではなかったが、献身的な労働率、知性、そして犠牲心によってこれほど大きな影響を与えた選手は稀だ。日本代表では119試合50ゴールという数字を残し、歴代屈指の点取り屋となった。
クラブレベルでの最大の功績はレスター・シティでのもので、2015-16シーズンの「奇跡のプレミアリーグ制覇」において不可欠な役割を担った。
彼は単なるストライカーではなかった。最初のディフェンダーであり、コネクターであり、絶え間ないプレスで他者のためにスペースを作り出す存在だった。彼のキャリアは、偉大さが必ずしも華やかさだけではないことを教えてくれる。
6位:三浦知良
「キング・カズ」として知られる彼は、もはや一人のフットボーラー以上の存在だ。日本サッカー史における「生ける記念碑」と言える。
Jリーグが世界から注目される前からブラジルへと渡り、プロとしての礎を築いて、サッカーブームの顔として帰国。
イタリア、クロアチア、オーストラリアでのプレー経験も持つが、彼のレガシーは、その「息の長さ」と「影響力」に集約される。50代後半になっても現役を続けるカズは、純粋な情熱の体現者だ。これほど長くゲームを愛し続けた選手は、世界を見渡しても他にいない。
5位:釜本邦茂
日本サッカーの創成期に属する選手だが、その記録を無視することは不可能だ。代表76試合で75ゴールという数字を叩き出し、日本史上最高のスコアラーとして広く認められている。
ハイライトは1968年のメキシコ五輪だ。日本を銅メダルに導き、自身も大会得点王に輝いた。それはJリーグが誕生する遥か前、日本がワールドカップの常連になる前、そして日本人選手が欧州にいるのが当たり前になる前の出来事だ。
釜本は日本に生まれた真に偉大なFWであり、そのスタッツは現代の目で見ても驚異的である。日本サッカー史のランキングにおいて、彼をトップ付近に置かないわけにはいかない。
4位:本田圭佑
現代の日本サッカー界において、最もカリスマ性があり、勝負強かった選手の一人だ。金髪に、強烈な左足、そして絶対的な自信。大舞台のために生まれたような選手だった。
2010年ワールドカップ、デンマーク戦で見せた衝撃的なフリーキックで世界にその名を轟かせた。その後、CSKAモスクワやACミランでプレーし、2011年アジアカップ制覇の際にも大会MVPに輝く活躍を見せた。
ワールドカップ3大会でゴールを挙げたのは、日本人選手として稀有な記録だ。常に成功していたわけではないが、大胆で恐れを知らなかった。パーソナリティ、影響力、そして勝負所でのパフォーマンスにおいて、本田は真のアイコンである。
3位:長谷部誠
日本が生んだ「最高のリーダー」かもしれない。ボランチ、あるいは後にセンターバックとして、戦術的知性、規律、そしてプレッシャー下での冷静さを兼ね備えていた。
浦和レッズを去った後、ドイツで傑出したキャリアを構築。ヴォルフスブルクでブンデスリーガを制し、アイントラハト・フランクフルトではレジェンドとなった。そして2022年のフランクフルトでのヨーロッパリーグ優勝は、その素晴らしい経歴に欧州のメジャータイトルをも加えることになった。
代表では114キャップを数え、キャプテンとして2011年アジアカップを掲げた。派手なプレーを見せるタイプではないが、誰よりも「信頼」される選手だった。
2位:香川真司
ボルシア・ドルトムントの絶頂期に見せた香川のパフォーマンスは、日本人選手が欧州で到達した最高到達点の一つだ。ユルゲン・クロップのもと、彼はまさに電光石火だった。
ライン間を素早く駆け抜け、卓越したテクニックでトランジションを破壊した。その動きと創造性はドルトムントのブンデスリーガ連覇を支え、バイエルン・ミュンヘンを凌駕したあの有名な時代を築いた。その後マンチェスター・ユナイテッドへ移籍し、2012-13シーズンのプレミアリーグ優勝メンバーにもなった。
代表でも97キャップ31ゴールを記録。最盛期の香川は単なる「成功した輸出選手」ではなく、欧州で最もエキサイティングな攻撃的MFの一人だった。
1位:中田英寿
(C)Getty Images
海外でプレーする日本人選手にとって、中田英寿は今なお「基準点」であり続けている。日本人選手が欧州に定住するのが一般的になるずっと前、彼はセリエAに乗り込み、自分がトップレベルに相応しいことを証明した。
インテリジェンス、スタイル、そして技術的卓越性。ペルージャでスターとなり、ローマでは2000-01シーズンのスクデット獲得に不可欠な役割を果たした。ユヴェントス戦でベンチから登場し、ゴールを決め、同点弾をお膳立てしたあの伝説的なパフォーマンスは、彼のキャリアを決定づける瞬間となった。
代表でも3度のワールドカップに出場し、重要な時代を牽引した。29歳という若さでの引退が、彼の神秘性をより高めている。
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※選出基準は、各選手の実績に基づきながら筆者またはメディアの主観的判断も含んでおります。
筆者:石井彰(編集部)
画像提供:Getty Images

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