W杯の歴史上「全くの期待外れだったダークホース」最悪の7チーム

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現在行われているワールドカップ2026。上位に入るのではないかと言われていたトルコは、あっさりと大会から去ることになった。

ケナン・ユルドゥズやアルダ・ギュレルなど世界的な若手を擁しながら、その期待値とは裏腹に力を発揮できなかった。



各国のソーシャルメディアで投稿されていた予想もひっそりと削除されることになり、その期待値と実際のパフォーマンスのギャップが驚きをもたらした。



今回は『Planet Football』から「ワールドカップで最も期待を裏切ったダークホースたち」から、近年のチームに絞ってご紹介する。



1998年:ナイジェリア



ナイジェリアはグループステージで敗退したわけではない。そのため、W杯の失敗例として挙げられることは少ないかもしれないが、期待値という点では話が別になる。



1994年大会で世界を熱狂させ、その2年後のアトランタ五輪で金メダルを獲得した「スーパー・イーグルス」。ジェイ=ジェイ・オコチャ、サンデー・オリセー、ヌワンコ・カヌといった卓越した技術を持つ世代を擁し、既存の強豪国を真に脅かすことができるアフリカ初のチームだと目されていた。グループステージ屈指の名勝負となったスペイン戦を3-2で制し、首位で通過したまでは良かった。



しかし、そこからすべてが崩壊する。グループステージ最終節でパラグアイに敗れ、決勝トーナメント1回戦ではデンマークに1-4という屈辱的なスコア。ブラジルとの準々決勝という夢のカードは消え去り、ナイジェリアがW杯の歴史を塗り替えるという予感も霧散した。



2026年:トルコ



2026年W杯において、トルコは誰もが「ダークホース」に挙げたくなるようなメンバーを揃えていた。アルダ・ギュレルとケナン・ユルディズはスター性、想像力、そして新世代の台頭を感じさせる存在だった。2年前のEURO2024でのベスト8進出は、チームが危険な集団へと変貌を遂げたことを示唆していた。



だが、蓋を開けてみれば、それは痛々しいほどに見慣れた結末だった。オーストラリアとパラグアイに連敗し、どちらの試合も無得点。ポゼッションもテリトリーもシュート数も圧倒しながら、ゴールをこじ開ける「鋭さ」が決定的に欠けていた。



かつては情熱で戦っていたトルコに優雅さが加わったが、それに結果が伴わない。24年ぶりに戻ってきたW杯の舞台が本格的に始まる前に、彼らは静かに姿を消すこととなった。



2022年:デンマーク



2022年カタールW杯で、デンマークほど「通好みのダークホース」として注目されたチームはなかっただろう。クリスティアン・エリクセンの心停止と奇跡の復活を経て、EURO2020でベスト4まで上り詰めた彼らの物語は強烈な印象を与えた。組織化されて円熟味を増した戦術は、カタールでも誰にとっても厄介な相手になると思われていた。



しかし、実際に繰り広げられたのは奇妙なほど活気のない戦いだった。初戦のチュニジア戦をスコアレスドローで終えたことで勢いを削がれ、フランスに惜敗。後がなくなった最終戦でも、オーストラリアに0-1で敗れた。



大会を通じてわずか1ゴール。人々が想像したエネルギッシュで自信に満ちた姿はそこになかった。

今思えば、EUROでの快進撃は実力だけでなく、感情的な昂りや組み合わせの妙に支えられていたのかもしれない。



2002年:カメルーン



2002年当時のカメルーンには、世界を驚かせると信じるに足る理由が揃っていた。アフリカ王者であり、五輪金メダリストでもあった。



さらにサミュエル・エトーという大陸屈指の若き才能が台頭し、欧州のトップリーグで活躍するスター選手を数多く抱えていた。「不屈のライオン」の異名は重みを持ち、組み合わせを見ても決勝トーナメント進出は現実的な目標だった。



しかし、最後までその炎が燃え上がることはなかった。アイルランドとの初戦を1-1で引き分けたことは致命的ではなかったものの、続くサウジアラビア戦は苦戦。ドイツが8ゴールを奪った相手にわずか1-0の辛勝だった。そして運命のドイツ戦では、規律を欠き、苛立ちを募らせて0-2と敗北。アフリカサッカーの次なるステップを踏むはずだったが、「才能の無駄遣い」に終わったW杯となった。



2006年:チェコ



2006年ドイツW杯に臨んだチェコは、紙の上では依然として恐ろしい「黄金世代」を擁していた。パヴェル・ネドヴェド、トマーシュ・ロシツキー、ヤン・コレル、カレル・ポボルスキー、ペトル・チェフ。経験、優雅さ、そしてスター性を兼ね備え、EURO1996で準優勝、EURO2004でベスト4に入った彼らにとって、これが最後の集大成になるという期待感があった。



初戦のアメリカ戦は、その期待を裏付けた。

コレルが高さが圧倒し、ロシツキーが輝きを放って3-0の快勝。しかし、それがピークだった。



負傷者に泣かされ、ガーナには0-2で完敗。最終戦ではイタリアに引導を渡された。グループステージ敗退とともに彼らの一つの時代が静かに幕を閉じた。これが、美しく才能に溢れたチームのエンドロールであった。



2002年:ポルトガル



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(C)Getty Images



2002年大会において、ポルトガルは最も魅力的な優勝候補の一角だった。それまでW杯の常連ではなかったが、EURO2000で見せた「黄金世代」の輝きは本物だったからだ。バロンドール級のスターであるルイス・フィーゴを中心に、ルイ・コスタ、ジョアン・ピント、フェルナンド・コウトといった技巧派が揃っていた。



しかし、衝撃はすぐに訪れた。アメリカとの初戦では開始38分で3失点を喫するという悪夢。2-3で敗れた後、ポーランドを4-0で粉砕して立て直したかに見えたが、共催国の韓国を相手に自滅した。ジョアン・ピントとベトが退場処分を受け、0-1で敗戦。



彼らの才能は疑いようもなかったが、冷静さを欠いていた。後にW杯の常連国となるポルトガルにとって、2002年は今なお「最大の失策」の一つとして語り継がれている。



1994年:コロンビア



W杯の「ダークホース」にまつわる物語の中で、1994年のコロンビアほど悲劇的なものはない。予選でのパフォーマンスは圧巻で、ブエノスアイレスでアルゼンチンを5-0で粉砕した結果を受け、一部では優勝候補とさえ目されていた。美しいライオンヘアーのカルロス・バルデラマが率いる才能豊かな集団はスタイルと個性に溢れていたが、チームを取り巻くプレッシャーは尋常ではなかった。



大会期間中、選手たちは脅迫や外部からの干渉に晒され、不安定な情勢にある国家を背負う重圧に苦しんでいたという。ピッチ上では初戦でルーマニアに屈し、続くアメリカ戦では1-2という衝撃的な敗戦。この試合でアンドレス・エスコバルが痛恨のオウンゴールを献上した。



その数週間後、そのエスコバルはメデジンのナイトクラブの外で射殺された。コロンビアの1994年は単なる失敗に留まらず、W杯の歴史上最も大きな悲劇として刻まれている。



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※選出基準は、各選手の実績に基づきながら筆者またはメディアの主観的判断も含んでおります。



筆者:石井彰(編集部)
画像提供:Getty Images

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