今から2500年以上前、中国の青銅器に、ある貴族の女性が自らの権利を守るために起こした「訴訟」の記録が残されていた。

舞台となったのは、現在の中国山西省臨汾市翼城県大河口村周辺。

2007年前後、この地域では墓荒らしが相次いでいた。公安当局と文化財部門が盗掘事件の捜査や盗品の回収を進める中で、大規模な西周時代の墓地が発見された。

2009年から11年にかけて、山西省考古研究所が本格的な発掘調査を行い、大量の青銅器や玉器、漆器などが出土した。これまで歴史書にほとんど記録が残っていなかった「覇国」という西周時代の諸侯国の存在が、次第に明らかになった。その中でも特に注目を集めたのが、M2002号墓から出土した2点の青銅器、「覇姫盉(はきか)」と「覇姫盤(はきばん)」だ。

「盉」は酒を入れるための器、「盤」は水を入れるための器で、西周時代の貴族の日常生活で使われていたとされる。しかし、この2点が貴重なのは、精巧な造形や鋳造技術だけではない。器の表面の銘文に、2500年以上前に実際に起きた一つの争いが記録されていたのだ。

登場するのは、「覇姫」と呼ばれる貴族の女性だ。銘文によると、覇姫は「気」という名の貴族に対し、穆公の命令に従って、もともと「気」の元にいた使用人や御者、臣下、妾などを自分の元へ移すよう求めた。ところが、「気」はその命令に従わなかった。

そこで覇姫が取った行動は、驚くべきものだった。

「気」を穆公の元に訴え出たのだ。

穆公がこの問題に介入すると、「気」は人々の前で誓約するよう求められた。今後は命令に従い、再び違反した場合には、500回のむち打ちや500鋝の罰金などの処罰を受けること、さらに違反を重ねれば一族から追放される可能性もあるとされた。

2500年前、女性が「訴訟」を起こした?青銅器に刻まれていた西周時代の女性の戦い
「覇姫盉」

最終的に、覇姫側の主張が認められる形で、この争いは決着した。そして、覇姫はその後、穆公の命令と「気」が立てた誓いを青銅器に刻んだ。まるで、後世に残すための「証拠」のように。

2500年前、女性が「訴訟」を起こした?青銅器に刻まれていた西周時代の女性の戦い
「覇姫盉」

「覇姫盤」の銘文は約153字に及び、一連の出来事を比較的詳しく記録している。一方、「覇姫盉」には52字が刻まれ、誓約の内容の一部が残されている。

2500年前、女性が「訴訟」を起こした?青銅器に刻まれていた西周時代の女性の戦い
「覇姫盤」

中国国家博物館の研究によると、これらの銘文からは、西周時代の司法手続きの一端もうかがえるという。裁判を担う人物が要求や処罰を示し、当事者がその内容を改めて確認して誓い、最後にその誓約を記録として残す――。つまり、青銅器に刻まれていたのは、単なる個人的な争いの記録ではなかった。2500年以上前の社会で、どのように紛争を処理し、当事者に誓約させていたのかを伝える、貴重な「司法記録」だったのだ。

2500年前、女性が「訴訟」を起こした?青銅器に刻まれていた西周時代の女性の戦い
「覇姫盤」

現在、「覇姫盤」は山西博物院、「覇姫盉」は臨汾市博物館に収蔵されている。そこには、自らの要求を通すため、権力者に訴え出た一人の女性の姿も刻まれている。覇姫が残した青銅器の銘文は、今もなお、遠い西周時代に生きた女性の「戦い」を私たちに伝えている。(翻訳・編集/小林輝也)

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