中国史上唯一の女帝として知られる武則天(624~705年)。その生涯は現在でも多くの映画やドラマの題材となっている。
この金簡が見つかったのは1982年5月21日。河南省登封市の農民が嵩山の峻極峰で薬草を採っていた際、岩の隙間から黄色い金属片を見つけた。当初は金メッキされた包装紙か何かだと思った。しかし、手に取ると意外に重かったため、今度は銅片ではないかと考えたという。家に持ち帰って洗ってみると、表面に文字が刻まれていることが分かった。自分では読むことができなかったため、村の識者に見てもらったところ、金でできた貴重な品だと判明した。
その後、金簡の話は村中に広まり、買い取りを申し出る人も現れた。しかし、この農民は売却せず、最終的に地元政府へ届け出た。専門家の鑑定によると、金簡は長さ36.2センチ、幅8センチ、重さ223.5グラム。
金簡の文章は現代の言葉に置き換えれば、「大周の皇帝である武則天が、神々にお願いがあります。どうか私の罪を取り除き、長寿と平安をお与えください」といった内容だ。つまり、この金簡は単なる黄金製の記念品ではない。武則天が晩年に神々へ託した「祈りの手紙」と見ることができる。
武則天は、中国史上でも類を見ない権力を手にした人物だった。唐の高宗・李治(628~683年)の皇后となり、やがて自ら皇帝を名乗り、690年に国号を「周」として武周を築いた。
晩年の武則天は、仏教だけでなく道教や不老長生の思想にも関心を示したとされる。金簡に刻まれた「除罪」や長寿を願う言葉は、そんな晩年の彼女の心情を知る上で貴重な手掛かりとなっている。
この金簡は武則天本人と直接結び付く、現存する唯一の可動文化財とされている。唐代の歴史だけでなく、武則天の思想や書法、当時の宗教文化、さらには「投簡」という祈願の風習を研究する上でも重要な資料だ。
さらに、金簡には武則天が使用した独特の文字も刻まれている。
現在、「武則天金簡」は河南博物院で大切に保存されている。絶大な権力を握り、中国史上唯一の女帝となった武則天も、晩年には自らの老いや死を意識し、神々に救いを求めていた。「武則天金簡」は、そのことを静かに物語っている。(翻訳・編集/小林輝也)











