ワールドカップ各国のカタチ――現代戦術と代表チームの葛藤 
VOL.1:ブラジル

 世界のサッカーは、ポジショナルプレーの普及によるビルドアップの進歩と、それに伴うハイプレスの普及で、全員守備が必須の時代に突入しようとしている。しかし、ワールドカップを戦う代表チームは、それぞれ特別な国民的スターを抱えているために、全員守備に舵を切れない事情がある。

 ひとりのスターを残りのフィールドプレーヤーで支える「1+9」か、それともスターを入れない「10」か。強豪国それぞれの現状を探る。

【「ブラジル」をやめたブラジル】

 グループCの初戦、ブラジル対モロッコを見て驚いた人もいただろう。

ワールドカップでブラジルが強く見えない..."らしさ"をやめ...の画像はこちら >>
 ブラジルが強くない。少なくとも強くは見えない。前半はモロッコのペースで、21分にイスマエル・サイバリのゴールで先制点を許す。約10分後にヴィニシウス・ジュニオールの個人技で1-1としたが、その後もブラジルらしいプレーはついぞ見られないまま引き分けた。

 ビルドアップがおぼつかない。4バックはそのまま漫然と横に並び、DF間で横パスを繰り返す。今どき、サイドバック(SB)の位置がこれほど低いチームも珍しい。ボランチはたびたびボールを奪われ、前進のルートは見つからないまま。

 コンビネーションも冴えず、攻撃はヴィニシウスのドリブルに依存。アタッカーの交換や配置替えをしたものの、さしたる効果は見られなかった。

 W杯でこれほど悲惨なブラジルは初めて見た気がする。

 ただ、新しいブラジルをまだ見慣れていないだけなのかもしれない。かつて世界で別格だったブラジルと比べてしまうから酷いと感じてしまうのであって、今大会のブラジルはもう「ブラジル」をやめているのだから。

 CBF(ブラジル協会)は「世界基準の再構築」を掲げ、初の外国籍監督としてイタリア人の名将カルロ・アンチェロッティを招聘した。

 驚いた。そこまで追い込まれていたのかと。これまでブラジルは「世界基準」など気にしたことなどなかったからだ。ブラジル基準をクリアしていれば十分世界の強豪だった。

【ブラジルらしいブラジル】

「プランを廃し、監督の指示など必要としない選手とともにあることが重要だ」

 ブラジル代表の最多勝利監督だったマリオ・ザガロの言葉だ。作戦不要。指示など要らない。そういう選手を集めることが最重要。ザガロが言葉どおりの監督だったとは思わないが、歴代ブラジル代表はおよそこういうチームだった。

 1970年メキシコW杯、イタリアには「リベラかマッツォーラか?」という議論があった。1974年大会での地元・西ドイツには「ネッツァーかオベラートか?」という議論があった。

 かつてイビチャ・オシム氏(元日本代表監督)は「エクストラキッカーはチームにひとりかふたり」と話していた。上記の、ジャンニ・リベラかサンドロ・マッツォーラか、あるいはギュンター・ネッツァーかヴォルフガング・オベラートかは、チームの頭脳となるプレーメーカーをどちらにするかという議論だった。

 しかし、イタリアが悩んでいた1970年大会、ブラジルはペレ、トスタン、リベリーノの「10番」タイプを3人起用している。さらに後方の頭脳としてジェルソン、韋駄天ウイングのジャイルジーニョ。「エクストラキッカー」は5人もいた。欧州とは編成の基準が違っていたのだ。

 1982年スペインW杯のジーコ、ソクラテス、ファルカン、トニーニョ・セレーゾも同様。ちなみに1970年と1982年は最もブラジルらしいブラジルだった。

 欧州の編成基準は「特殊技能者+水を運ぶ人」。オシム氏はよく「水を運ぶ人」の重要性を説いていたが、水を運ぶのは例えばレンガを積んで家を造る職人のためである。

特殊技能者ばかりでは作業が立ち行かないというわけだ。

 ブラジルは特殊技能者を惜しげもなく並べる。頭脳は多ければ多いほどいい。なぜなら監督の指示はないからだ。もちろん指示はゼロではないが、どうプレーすべきか知っている名人が揃えば、実質的に指示は不要なのだ。

 かつてのブラジルは急がなかった。スペースがある間に攻め込むべきという欧州のプラン(ダイレクトプレー)など見向きもしない。引きつければスペースは作れると知っていたからだ。相手を引きつけて、束にして置き去りにする。その感覚を共有できる選手は、多ければ多いほどいい。むしろひとりやふたりではどうにもならない。

 しかし、現代サッカーのエクストラキッカーはまさにひとりになった。

ふたりでは成立しにくい。なぜなら最低9人のフィールドプレーヤーが重い守備のタスクを担う必要があるからだ。そうしなければ守れないくらい、相手のビルドアップ能力が進化している。

【クラッキを複数揃えることが困難に】

 ただ、ブラジルが「ブラジル」でなくなったのはまた別の理由からだ。

 指示不要の根拠だった「どうプレーすべきか」という基盤がなくなってしまった。最後に優勝した2002年日韓W杯には、ロナウド、リバウド、ロナウジーニョの3人がいた。クラッキ(名手)×3はまだ成立可能だった。しかし2006年ドイツW杯はロナウド、ロナウジーニョ、カカーで成立していない。4年間で、それでは勝てない流れに変わっていた。

 それ以降は、クラッキを複数揃えること自体が困難になった。「どうプレーすべきか」を身につけていたストリートサッカーは消滅し、クラブは欧州への選手輸出に注力。代表クラスの大半が若くして欧州クラブへ売却され、欧州化した選手を集めた代表チームも欧州化した。

 かつての「ブラジル」を再現しようにも、もはやそのためのタレントがいない。

だから新たな基準を「再構築」しなければならなくなった。

 新たな指針は、言わばかつてのイタリア方式である。守備を固め、ヴィニシウスの個人技によるカウンターを狙う。ヴィニシウスを疲弊させてはいけないので守備負担は軽くしている。典型的な「1+9」の構造だ。

 4-4-2で守備ブロックを作る際、ヴィニシウスはイゴール・チアゴと最前列の「2」に入る。本来は左サイドハーフのはずなのだが、モロッコの攻撃的右SBアクラフ・ハキミを追って自陣深くまで下がってしまうと、ヴィニシウスによるカウンターができない。攻め残りさせる必要があり、左サイドの守備はルーカス・パケタやラフィーニャが肩代わりしていた。

 途中からはヴィニシウスを左サイドに残した。ハキミを放置するリスクと、ハキミのいないサイドにヴィニシウスを攻め残りさせるメリットを天秤にかけたのだろう。こういうケースも想定してなのかSBはほぼ守備専業だ。カフーとロベルト・カルロス、ダニエウ・アウベスとマルセロのような伝統の攻撃的SBを起用していない。

【エクストラキッカーとしてのヴィニシウス】

 守備優先の編成もあってビルドアップもままならなかった。非常に旧式。かつての「ブラジル」どころか「世界基準」にも達していない。

 それでもヴィニシウスはほぼ何もないところから同点弾を叩き出した。ヴィニシウス、アンチェロッティ監督、そしてブラジルは最低限の狙いは出せた。チームとして全然なっていないにもかかわらず、強敵モロッコに引き分けられたのは「1」の威力だ。

 ヴィニシウスが国民的スターだから外せない、というより、今のブラジルには「1」が絶対に必要だからだ。旧式だろうが何だろうが、百戦錬磨のアンチェロッティ監督がこれに賭けている。

 だからかつてのイタリアのように、見た目ほど弱くないのか、それともやはり見た目どおりなのか。その答えはまもなく出るだろう。

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