地球温暖化の危機は、もはや将来の仮定ではなく現在進行形の現実となっている。2015年のパリ協定は、産業革命前と比べた平均気温上昇を1.5度に抑えるという目標を掲げたが、各国の排出削減の進捗はこの目標に追いついていない。


IPCC第6次評価報告書によれば、現在の政策水準のままでは今世紀中に1.5度を超える可能性が高いとされている。こうした状況の中で、温室効果ガスの排出削減や適応策だけでは「間に合わない」という認識が、専門家や政策当局の間で共有され始めている。

その結果、かつては禁じ手と見なされてきた「ジオエンジニアリング(気候工学)」が、研究対象にとどまらず、政策と投資の検討対象として浮上してきた。気候システムに直接介入するという発想は、いまや机上の議論ではない。

ジオエンジニアリングは、大きく2つに分類される。大気や海洋から二酸化炭素を取り除く「炭素除去(CDR)」と、地球に到達する太陽エネルギーを減らすことで気温上昇を抑える「太陽放射改変(SRM)」である。IPCCはこれらを「高い不確実性とリスクを伴うが、無視できない選択肢」と位置づけている。

国家主導の実験──「間に合わない」側の焦り

この分野で最も踏み込んだ動きを見せている国の1つがイギリスだ。イギリス政府は2023年に設立した先進研究発明庁(ARIA)を通じ、気候工学に対する大規模な研究投資を開始した。ARIAはアメリカのDARPA(国防高等研究計画局)をモデルとする「高リスク・高リターン型」の研究機関である。

2025年、ARIAは約5,680万(約121億円)ポンドを投じる「Exploring Climate Cooling Programme(気候冷却探索プログラム)」を発表し、21件の研究プロジェクトを採択した。そのうち2,450万ポンド(約52億円)が小規模な野外実験に割り当てられている

対象となる研究には、冬季に海水を噴霧して北極圏の海氷を厚くする試みや、雲の反射率を高める海洋クラウド・ブライトニング、成層圏でのSRMに関する基礎検証などが含まれる。
イギリス政府は、これらが排出削減の代替ではなく、あくまで科学的知見を得るための研究だと説明している。

しかし、国際環境法の専門家や市民団体からは、「野外実験は予測不能な影響をもたらす」として強い反発も出ている

それでもイギリスが研究を進める背景には、温室効果ガス排出削減の遅れと、不可逆的な気候変化への切迫感がある。国家がこの領域に踏み込んだ事実自体が、従来の気候政策の限界を示している。

スタートアップが動かす商業化の現場──「研究」から「契約」へ

一方、民間セクターでは、より明確に「スケール」と「契約」を見据えた動きが始まっている。特に注目されているのが、海洋が人為起源の二酸化炭素の約25~30%を吸収しているという事実を活用する炭素除去技術だ。

Planetary Technologies(カナダ)

Planetary Technologiesは、海水にアルカリ性物質を加えることで二酸化炭素を重炭酸イオンとして安定的に固定する「海洋アルカリ化(OAE)」を開発している。同社は既存の沿岸インフラを利用することで、コストと実装のハードルを下げる戦略を取る。

2023年には、GoogleやStripeなどが参加する炭素除去購買枠組み「Frontier」を通じ、2026~2030年に11.5万トン以上の二酸化炭素除去を対象とする総額3,130万ドルのオフテイク契約がまとめられた。この契約は、OAEが「実験」から「供給」段階に移行しつつあることを象徴している。

Stardust Solutions(米・イスラエル)

太陽光の一部を反射して地球を冷やす「SRM(太陽放射改変)」分野では、Stardust Solutionsが約6,000万ドル規模の資金調達を行い、成層圏エアロゾルによる冷却技術の開発を進めていると報じられている

ただし、技術の詳細は非公開で、「公共財である気候への介入が企業の知的財として管理される」ことへの懸念も指摘されている

科学者が恐れるもの──「技術」より先に崩れるもの

科学者たちが最も警戒しているのは、ジオエンジニアリングが排出削減の努力を弱めるモラルハザードを生む可能性だ。国連環境計画(UNEP)が公表した「排出ギャップ報告書2023」によれば、2030年の排出量は1.5度目標と整合する水準を約2倍上回る

例えば、前述のSRMには、地域ごとの降水量変化や実施停止時のターミネーション・ショックといった深刻なリスクもある。これらはIPCC第6次評価報告書でも明確に指摘されている


一方で、ケンブリッジ大学の研究者ショーン・フィッツジェラルドは、「研究しないこと自体が将来の意思決定をより危険にする」と述べ、知見の蓄積の重要性を強調している。

それでも議論せざるを得ない理由──気候より先に試されるもの

それでもジオエンジニアリングを避けて通れない理由は、社会全体がすでに現行の気候対策を不十分だと認識している点にある。アメリカのシンクタンク、Pew Research Centerの国際調査では、調査対象国の大多数で過半数が自国の対応を不十分だと評価したという。

IPCCは、気温上昇を1.5℃付近に抑えるには急速な排出削減に加え、炭素除去の併用が不可欠だと明記している。国家主導の研究や民間セクターによる契約は、ジオエンジニアリングがすでに「誰かがやるかどうか」の段階を超え、「誰が、どの条件で管理するのか」という問題に移行したことを示している。

ジオエンジニアリングは、地球を冷やす前に、人類の意思決定能力を試す技術である。温室効果ガスの排出削減を進めながら、この選択肢をどう扱うのか。その答えは、気候の未来だけでなく、私たち自身の統治の成熟度を映し出すことになるだろう。

文:岡 徳之(Livit
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