◎1990年6月6日 東京ドーム
近 鉄 0 0 0 1 0 1 2 1 0 = 5
日本ハム 3 0 0 2 0 0 0 3 X = 8
HR(近鉄)ブライアント15号
(日本ハム)森1号 ウィンタース9号 ブリューワ3号 田中5号
「え! あんな所に当てたの!?」……誰もが仰天するアンビリーバブルな一発が飛び出したのは、1990年、開場3年目を迎えた東京ドームでのゲームだった。
1988年にオープンした東京ドーム。
東京ドームの天井は、王貞治選手の現役時代の打球を参考に「打球がまず当たらない高さ」で設計された。だが、何事も想定外の出来事は起こるものだ。東京ドームでは、打球が天井に当たった場合に備えて球場独自のローカルルールが設定されている。
フェア地域の天井に当たった場合は、ボールインプレイ(そのままプレー続行)。したがって、天井に当たって落ちてきたフライを野手が直接捕球したら「アウト」である。また打球がフェア地域の天井のスキ間、懸垂物の中に入って落ちてこない場合はボールデッドとなり、二塁打となる。これは松井秀喜(当時巨人)、大谷翔平(当時日本ハム、侍ジャパンの試合)、岡本和真(当時巨人)らが実際に記録している。
ところで、オープン当時の東京ドームはこれとは別に、もう1つ“特別ルール”があった。現在は撤去されたのでこのルールもなくなってしまったが、当初は中央最深部の天井に大型のスピーカーが吊ってあった。このスピーカーに打球が直撃した場合は、通常の球場であれば場外ホームランになることは間違いないので“認定ホームラン”とする、というものだ。
ブライアントは、もともとロサンゼルス・ドジャースの選手だった。実力がありながら出番に恵まれず、出場機会を求めて1988年に来日。ドジャースと交流の深い中日が手を差し伸べた。だが、当時の1軍外国人枠は「2」。中日は主砲のゲーリー・レーシッチと、抑えのエース・郭源治がチームに欠かせない存在だったため、ブライアントは2軍に留め置かれることに。試合に出るために来日したのに、ゲーリーか郭、どちらかがファームに落ちない限り1軍戦には出られない。その鬱憤を晴らすかのように、2軍戦で打ちまくったブライアント。
その打棒に目をつけたのが、シーズン中に主砲のリチャード・デービスが大麻不法所持で逮捕され、打線の核を欠いて困っていた近鉄だった。近鉄はさっそく中日と交渉。ブライアントを金銭トレードで譲り受けることに成功した。
ブライアントは1988年6月末に支配下登録されると、すぐに試合に出場。74試合しか出場していないにもかかわらず、34本塁打を放って周囲を驚かせた。この年、ブライアントは伝説の最終戦ダブルヘッダー「10.19」にも出場しホームランを放っている。翌1989年は、前年優勝をさらわれた西武とのダブルヘッダーで4本のホームランを放ち、9年ぶりのリーグ優勝の立役者となった。
来日3年目の1990年。ブライアントはまた新たな“伝説”を作る。6月6日の日本ハム対近鉄戦。4回、先頭打者のブライアントは、日本ハム・角盈男が投じた外角低目のスライダーをとらえると、打球は高々と上がり、外野方向へ伸びていくはずが……「ガキーン!」という音と共に、巨大スピーカーの右端下部を直撃。打球はそのままセンターと二塁の中間地点に落下した。周囲も、打ったブライアント自身も唖然とする一発だった。
すぐに審判団が集まって協議。
なお、打たれた角投手は、試合前「あんな所(スピーカー)に当てられたら引退するよ」とみんなの前で言ってしまったため、試合後、チームメイトに「引退するんじゃないの?」とからかわれたという。以後「軽口を叩くのはやめよう」と心に誓ったそうだ。
<チャッピー加藤>

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