「2018 FIFAワールドカップ(W杯) ロシア大会」をベスト16で終えた西野ジャパンも帰国し、チームは解散に向けて動いています。そのなかで、2010年南アフリカ大会から長く日本代表のキャプテンを務めた長谷部誠の代表引退宣言が、各方面から惜別の思いを集めています。
●長谷部の評価はサッカー選手としてだけではない
長谷部は多くを備えた名選手ですが、実はドイツではそれ以上の評価も受けています。たとえば現所属のフランクフルトでは、現フロント陣の一角であるスポーツディレクターのブルーノ・ヒュブナー氏からは、引退後のフロント入りを望む声が上がっています。また、長谷部在籍時にブンデスリーガ優勝を達成したボルフスブルクも、同じくフロント陣として獲得することを狙っているとも報じられています。
サッカー球団におけるフロントとは、企業における幹部であり、クラブ経営者のひとりです。引退後は優秀な経営者のヘッドハンティングのように、「フロント長谷部」の争奪戦が起こりそうです。
●社会人2、3年目相当で幹部候補として期待される
さらにすごいのは、古巣のボルフスブルク時代の長谷部はまだ20代半ばだったことです。日本企業で考えると入社2、3年目から幹部候補として期待されていたことになります。総営業収入は億ユーロ単位の名門チーム、日本でいえば大企業に相当する経済規模であり、そこで若い頃から高い評価を得てきたというのは異例のことといって良いでしょう。
経営には、競技としてのサッカーとは違う能力が必要です。サッカー選手として評価されるだけでは、長谷部のようにはなりません。私たちはサッカーでは長谷部のマネは絶対にできませんが、経営となると話は別です。弱冠20代にして幹部候補と目された長谷部は、特に私たちのような浅学・若輩な層にとっては参考になることでしょう。
●成功する人は「頭がいい」より「メンタリティがいい」
長谷部は浦和レッズから入団の誘いがあるまでは、青山学院大学への進学を予定していたといわれています。少なくとも、一定レベルの知的パフォーマンスは備えていそうです。ただ、長谷部が評価される本当の理由はここではないと思われます。
心理学者でキャリア・コンサルティング指導者でもある私には、ロシアW杯で物議を醸したポーランド戦での長谷部の役割が象徴しているように思えます。結論からいうと、組織で評価され成功する心理学的な秘訣は、「頭がいいより、メンタリティがいい」です。長谷部はそれに該当します。
●協調性と自己志向性
長谷部のメンタリティは信頼を獲得し、それを組織力に昇華する力を備えています。心理学的に表現すると「協調性と自己志向性を兼ね備える」といい表せます。協調性とは人を許すことも気遣うこともできて、組織の目標に協力できる力です。日本の企業でも強調されるものですが、これだけでは単に流されやすい人になってしまいます。流されやすいだけの人は往々にして無責任です。
そこで大事なことが自己志向性です。自己志向性は「自分はこれを成し遂げるのだ」という強い目的意識と自覚、責任感のことです。ただ、これだけに秀でた人は「俺が、俺が」に陥りがちで、往々にして唯我独尊に陥ります。実力はあっても上長には反発し、組織では孤立する。長谷部とはずいぶんイメージが違いますね。
●長谷部に学ぶ兼ね備えにくいメンタリティを両立させる秘訣
実は自己志向性に秀でる人は協調性を持ちにくいのですが、長谷部は協調性と自己志向性を兼ね備える稀な30代だといえます。その秘訣を私なりに解釈すると、「成し遂げよう」とする目的意識を組織や仲間の目標を起点に設定しているからです。
長谷部はあるインタビューで「真面目にすれば信頼される」という信念を披露しています。ここでいう「真面目に」とは、組織や仲間の目標に全力でコミットすることだと思われます。サッカーでは監督も選手も「自分のスタイル」を持っているものです。仮に、有力者があなたの目標やビジョンに興味を持ち、理解する姿勢を示し、さらにあなたのスタイルに協力してくれたら、信頼したくなりませんか? 長谷部はこれを監督だけでなく、ほかの有力選手に対しても丁寧に繰り返してきたのだと思われます。
そして、監督やほかの選手のビジョン通りに事が運ぶことに責任を持つことができるのです。うまくいったときは監督やほかの選手の力、うまくいかないときは自分の責任。このような人物は、誰からも好かれることでしょう。
また、ポーランド戦では長谷部が出場してから日本は次善のプランになかった「時間の消費」という策に出ました。選手は自分のプレーをアピールしたいものですし、出場していれば勝ちたいものです。そのなかで即興であのようなチームプレイができたのも、「彼の言うことは間違いない」と信頼されている長谷部がいたからできたことでしょう。長谷部自身もサッカー選手としてのエゴは一切捨てて、チームに尽くしていました。
もちろん、チームの雰囲気が良かったこともありますし、別の観点からは批判される試合運びでもありました。ただ、長谷部でなければあのような意思統一は難しかったと考えられます。
●長谷部流はCOOまで、CEOに向けてあとひとつ欲しいもの
ただし、長谷部流のメンタリティは最高執行責任者(COO)までは超一流といえますが、最高経営責任者(CEO)にはあとひとつ足りないものがあります。それは長谷部流の信頼の集め方とトレードオフでもありますが、みんなを巻き込める成功へのビジョンやロマンを自分から発信することです。現状では本田圭佑のほうがこの点では優れています。
とはいえ、優秀なCEOのもとでCOOを勤めるなかで、ビジョンやロマンのつくり方は学べることでしょう。まずは自分が成長したい、学びたいと思える組織のなかでCOOを任されることを目指して、キャプテン長谷部のメンタリティに学びましょう。
●まとめ
次の日本代表キャプテン候補でもある日本の守備の要・吉田麻也は涙ながらに「長谷部誠には絶対になれない」と唯一無二の存在であったことを訴え、ファンからも「涙が出た」「最高のキャプテン(だった)」との声が上がっています。34歳とW杯に臨む選手としては年長な長谷部誠は、ゲーム中のパスミスが指摘されることもあり、限界説も囁かれていました。しかし、その責任感と監督、チームメイトからの信頼はチームの精神的な要として不可欠なものでした。選手としてはいつか終わりが来るわけですが、長谷部はまた別のかたちで、私たちに勇気を与えてくれると思います。これからも応援しつつ、学びたいものですね。
(文=杉山崇/神奈川大学心理相談センター所長、人間科学部教授、臨床心理士)
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