Text by 吉田薫
自分こそが世界の「神」だと信じている——そんな0歳の赤ちゃん・アメリの眼差しから、生と死、そして戦争までを描いたフランスのアニメーション映画『アメリと雨の物語』が、3月20日より日本公開をむかえる。アカデミー賞やゴールデングローブ賞など、主要な国際賞にノミネートされている話題作だ。
ベルギーの作家アメリー・ノートンによる自伝的小説を原作に、フランスのアニメーション監督マイリス・ヴァラードとリアン=チョー・ハンが7年の歳月をかけて映画化。1960年代の日本を舞台に、0歳から3歳のアメリが「自分は世界の一部に過ぎない」と気づいていく姿を、パステルカラーあふれる繊細な映像美で綴っている。物語のコアとなるのは、戦争を生き抜いた家政婦・ニシオさんとの温かな交流だ。
今回は、日本のアニメに影響を受けて育ったという監督2人にインタビューを実施。「愛情と敬意を込めて作った」という本作について話を聞いた。
ー本作は1960年代の日本が舞台です。制作の際、リサーチはしましたか? 日本を描くなかで興味深かった点などがあればお聞きしたいです。
マイリス・ヴァラード(以下、ヴァラード):かなり綿密にリサーチしました。色使いやヴィンテージ家具のリサーチはとても面白く、やりがいがありました。アメリたちが住んでいたのは日本の伝統的な家屋ですが、同時にベルギー人駐在員の家でもあるので、当時そこにあり得た家具を調べました。
細々とした生活雑貨は、幼く家のなかが世界のすべてであるようなアメリにとって、非常に近く重要な存在です。たとえば劇中で、アメリは掃除機のチューブをソウルメイトのように感じています。
ヴァラード:また、風景についてもリサーチして描きました。舞台は関西の自然が豊かな地域なので、植物なども丁寧に調べました。最初、桜が登場するシーンで桜の実を描いていたのですが、この地域の桜には実がないとわかり修正したんです。それくらい細部にもこだわっています。
リアン=チョー・ハン(以下、ハン):共同脚本家であり美術監督の(エディン・)ノエルが、日本を描くうえで非常に大きな仕事をしてくれました。彼はパートナーが日本人で、日本に何度も訪れています。どんな小さなオブジェや生き物も、ディテールをよく調べてデザインしてくれました。
たとえば、あの地域に生息している珍しいトカゲの資料を見つけてきてくれたりね。この映画を日本で初めて上映したのが東京国際映画祭だったのですが、見てくださった日本の方が「自分の家にいるようだ」とおっしゃってくれました。それがとても嬉しかったです。
シナリオ面では、人を亡くした悲しみを悲劇的にではなく、映像的に美しく表現できるイベントをインターネットで探したところ、お盆の灯籠流しを見つけることができました。
—物語の要素として、死や戦争が描かれていますよね。特にニシオさんがご飯の仕度をしながらアメリに戦争体験について話すシーンが印象的でした。本作では死や戦争をどのように描こうとしましたか?
ヴァラード:この映画は大人も子どもも見ると考えて制作しました。子どもがどこまで理解できるかについてはいろんな意見がありますが、私としては大人が思っている以上に悲しみや喪失を理解できると考えています。
だからこそ、ニシオさんが台所で戦争を語るシーンは、原作で綴られていた戦争の暴力性をどこまで表出させるか、アニメとしてどこまでファンタジックに描くか、そのバランスを見つけることが目標でした。「夕飯の仕度をしながら話す」というアイデアも、そのバランスをとることに役立ったと感じています。
またビジュアルだけでなく、音もとても工夫しました。音によってニシオさんのストーリーにより没入できるようにしたかったんです。
ハン:たしかに、このシーンでは、ニシオさんの語りのバックサウンドとして音楽を流すのか、戦争の音を効果音として使うのか、映像に合わせて野菜が鍋に落ちる音を入れるのか、かなり迷いましたね。でも、最終的には控えめな演出にしようと決めました。
それは、戦争を経験した日本の方々を尊重したい、ドラマチックにしすぎることはしたくないと考えたからです。
このシーンは子どもと大人、両方に届けるために、戦争を直接的に描くのではなく観客の感覚に訴えかけることを重視した場面です。アニメーションだからこそ、この難しいバランスを保ちながらメッセージを持つことが可能になったと思っています。
—いまお話しいただいたように、本作には通底して「別れ」や「死」というテーマを感じられます。こうした感情を、アニメーションだからこそどう表現できると考えていますか?
ヴァラード:この作品は、全編にわたり、子どもの目を通してみた世界——色が爆発するようなカラフルな世界を表現するために、シンプルで淡いパステルカラーを使用しています。またキャラクターはやや単純化され、瞳を大きく描いています。
重いテーマを扱うにあたって、こうした鮮やかで目を楽しませるようなグラフィックはとても大事です。
ハンと私はアニメの世界で16年ほど一緒に仕事をしていますが、小さな子どもにも大人にも人生の難しい場面をきちんと見せたいと思ってきました。隠さず、タブーなしで見せたい。そのために、グラフィックでテーマとのコントラストをつくることは大事なアプローチだと思います。
ハン:私たちは日本のアニメを観て育ったんです。日本のアニメには重いテーマの作品もありますよね。
少し話がズレるかもしれませんが、私とマイリスは本作を映画化するにあたり、いくつか大胆に変更している箇所があります。その一つはラストの描き方で、原作では「3年後、何も起こらなくなった」という言葉で締めくくられているんです。まるで著者にとって人生が3歳で終わってしまったような書き方で、少し悲観的なんです。
でも本作で私たちが伝えたかったのは、「物事には終わりがある、それでも受け入れて前に進むこと」への希望です。アメリが「自分は世界の中心ではなく、その一部なのだ」と理解していくことや、ニシオさんが経験した戦争や人生の困難も含め、それでも人生は生きるに値するということ。その温かな光のようなメッセージを、未来の世代にも大人にも届けたいと思いました。
自分の殻に閉じこもらず、世界へと開いていくこと。前に進むのは怖い、でもそれだけじゃないんだよ、と。子どもたちがこのメッセージへ共感してくれたら、世界で起きている困難な紛争を解決する力になると信じています。だからこそ、アニメーションにする際、原作からあえて離れることで、この大切なメッセージをいまの時代に届けたいと考えました。
—最後に、これから作品をご覧になる方へメッセージをお願いします。
ヴァラード:このプロジェクトが始まって、もう7年が経ちました。この映画化は本当に大きなチャレンジでしたが、心を込めて、私たちのすべての技術を注いで、家族のようなチームで作りあげました。
子どもの世界を見る眼差しや、異なる文化のあいだの結びつきを大切にしながら作ってきました。私たちは日本も、日本の文化も大好きです。日本の皆さんに映画を見て、それを感じ取り、楽しんでいただけたら嬉しいです。
ハン:この作品は、日本のアニメを見て育ち、そのなかで人格を形成していった制作チームによって作られています。これは日本に対する愛の告白でもあります。私たちがこの作品を作りながら感じた感情を、見てくださる皆さんにも感じ、感動していただけたら嬉しいです。
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