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 7月18日のことでした。羽生結弦のマネジメント会社からの一報に、スポーツマスコミは騒然となりました。

そこには羽生が7月19日午後5時から記者会見を開くこと、そして「決意表明の場」であることが記されていたからです。

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 羽生は2月の北京五輪を終えてから、自身の進退について明言する機会がありませんでした。いったいどんな会見になるのか。人々の興味が注がれました。

 そして日付けも変わって19日の午前3時。日刊スポーツがこのようなスクープ記事を配信したのです。


 「羽生結弦引退 伝説残しプロ転向、アイスショー創設の夢も 19日会見で決意表明」

 当日の朝刊は一面トップです。スポーツ紙のデスクが、その背景をこう解説します。

 「午前3時に配信したのは、ライバル紙の輪転機が止まり、もう追いかけられない時間だから。日刊さんが自信を持って放ったスクープと言えるでしょう。午前3時配信の独自ダネとなれば、翌朝の通勤時間帯のヤフートピックスにも採用され、爆発的なPVを稼げる。羽生クラスの進退を『1紙抜き』するなんて、今後20年、社内で自慢できる栄冠でしょうからね」

 しかし--。

このスクープは世間で強く非難を受けることになります。

 ネットニュースの編集者は指摘します。

 「せっかく羽生が会見で表明すると宣言しているのに、なぜ彼の肉声を待たずに報じてしまうのか--という声がSNS上に飛び交う事態となったのです。羽生を愛する人々の間ではかなり強い言葉で、この報道を批判する声も上がりました」

 この状況はスポーツマスコミ界の上層部に衝撃をもたらしたと、前述のデスクは言います。

 「我々はいかに情報をライバル紙より先に出すかが正義と信じて、ここまでやってきた。数時間後に正式発表されることでも、それを事前に報じられる記者が『デキる記者』とされて出世し、原稿が上手い記者よりも社内評価は高かった。

しかし今回の騒動で、いったい何が最適解なのが分からなくなったというのが、正直あるんです」

 そして、こう続けるのです。

 「今回は日刊スポーツの『1紙抜き』になったわけですが、正直な話、ライバル紙には羽生サイドと強固な信頼関係で結ばれた社も複数ある。これらの社が翌日の会見の内容を把握できなかったとは考えにくい。むしろ、羽生サイドへの敬意から、自らの肉声で伝えたいという『想い』を酌み取って、敢えて『ネタバレ』を書かなかったという考え方もある。いずれにせよ、スクープを何でも書けば全てOKという時代から変わりつつあるというのが、浮き彫りになった一件と言えるのは間違いないです」

 書けば勝利、書かなきゃ敗北--。これが昭和、平成におけるスポーツメディアの大原則だったとすれば、令和の世の中は「対読者」的に、さらなる戦略が必要になるかもしれません。

今回の件をどう捉えるか。スポーツマスコミも新しい時代に即した検証が求められそうです。

[文/構成:ココカラネクスト編集部]