試合前最後の会見の後、インタビューに応じたルディ・ヘルナンデス氏(C)Daisuke Sugiura

ベテラン指導者がじっくりと語った井上戦

 いよいよ決戦直前――。4階級制覇王者で、現在は世界スーパーバンタム級の4団体統一王座を保持する“モンスター”井上尚弥(大橋)が、こちらも3階級制覇王者の“ビッグバン”こと中谷潤人の挑戦を受けるタイトルマッチが5月2日、東京ドームで実現する。間近に迫った一戦はボクシングの範疇を超えた話題を呼ぶことだろう。

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 やはり「井上優位」という見方が一般的だが、「中谷にもチャンスあり」と見る声も根強い。それでは28歳と今がピークの中谷は、無敵の快進撃を続けてきた井上のどこに付け入る隙を見出そうとしているのか。まだ10代だった頃から“ビッグバン”を指導し、二人三脚で長い道のりを歩んできたルディ・ヘルナンデス・トレーナーに答えを求めた。

 4月30日、東京都内で行われた最終会見後に実施した単独インタビューで、62歳のベテラン指導者にじっくりと語ってもらった。

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――“日本史上最大”と呼ばれる一戦の直前ですが、今の気持ちは?やはり興奮はあるのでしょうか?

ルディ・ヘルナンデス(以下、RH):今は普段と変わらない感じだ。まだ実感が湧いていない。明日、計量に向けて準備を始めたら、そこで現実味が出てくるだろう。計量の時になれば、いよいよ正式に“その時”が来たと感じるはずだ。

――あなたは「イノウエがピークのうちにジュントと戦わせたい」とずっと話してきました。依然として井上が支配的な強さを保っている今、対戦が実現することへの思いは?

RH:もちろんうれしい。イノウエは今もトップにいるし、世界最高のボクサーだと思っている。パウンド・フォー・パウンド(PFP)でも1位だと思う。

日本のボクシング界にとっても幸運なことに、世界トップ10に入る2人が東京ドームで戦うんだ。素晴らしい試合になることを願っているし、もちろん勝ちたい。我々はイノウエのいる場所に行きたいが、そのためにはベストを倒さなければならない。5月2日に最高のパフォーマンスをして、この試合に勝つ必要がある。

――中谷が井上に明白な形で勝った時には、PFP1位に相応しいと思いますか?

RH:日本では間違いなく「世界一」と見なされるだろう。世界一の選手を倒すわけだから。もちろん、オレクサンデル・ウシク(ウクライナ/ヘビー級3団体統一王者)やテレンス・クロフォード(米国/元世界5階級制覇王者)を軽視するわけじゃない。ただ彼らとの違いは、ジュントやイノウエは年に3、4試合しているのに対して、彼らは2、3年に1回程度しか戦っていない点だ。そこは大きな違いだと思う。

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前戦ではセバスチャン・ヘルナンデスに打ち込まれ、苦戦を強いられた中谷。その戦いぶりもあって井上戦に向けた下馬評は高くはない(C)Getty Images

中谷の「左」が鍵と見る声をヘルナンデス氏はどう捉えているのか

――井上が過去に左フックでダウンを喫していることから、中谷の左が鍵と見る声も多いですが、その点についてどう思いますか?

RH:1発のパンチだけを見ているわけじゃない。動きや打ち方を見ている。右でも左でも当たる時は当たるし、結局は倒されても立ち上がって勝つこともある。

それがボクシングだ。だから、過去にダウンしているから有利になるという考えはしない。歴史を見ても、偉大な選手は皆一度は倒され、それでも勝ってきた。ラリー・ホームズ(米国/元世界ヘビー級王者)も、アレクシス・アルゲリョ(ニカラグア/世界3階級制覇王者)もそうだ。だからそれを有利とは見ていない。

――左を生かすため、中谷の右ジャブの使い方が重要という見方についてはどうでしょう?

RH:それは聞こえはいい。“ジャブを使う”ってな。でも、それが通用しなかったらどうする? タイムを取って作戦を練り直すのか? (試合中に)そんなことはできない。実際はお互いにやり合う中で状況が変わっていくものだ。

――ラスベガスのオッズで中谷が大差のアンダードッグとされていることについて驚きはありましたか?

RH:4対1くらいだと聞いているし、それは理解できる。多くの人が前戦のパフォーマンスでジュントを判断している。ただ、(前戦で対戦した)セバスチャン・ヘルナンデス(メキシコ)は非常にいい選手で、もともとスーパーバンタムのナチュラルな体格を持っていて、将来的にはライト級か、ジュニアウェルター級まで行くような選手だ。

 ジュントも、そしてイノウエも、もともとは108ポンド(ライトフライ級)出身で、小さいところから上がってきた。ボクシングではサイズは重要だ。イノウエも、ジュントがあの厳しい試合を乗り越えたことは分かっているはずだ。もし、イノウエがヘルナンデス戦と同じだと思っているなら、それは完全な勘違いだ。

――それでは前戦の苦戦の中で得た収穫とは?

RH:ジュントはプレッシャーの中でも崩れないということを示した。どれだけ厳しくても最後まで戦い抜くことも示してくれた。

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中谷とまさに二人三脚で歩んできたヘルナンデス氏は井上との試合に向けた揺るぎない自信も語った(C)Lemino/SECOND CAREER/NAOKI FUKUDA

「選手はロボットじゃないし、完全にコントロールできるわけでもない」

――序盤の戦い方が注目されていますが、話せる限りでプランは?

RH:ゴングが鳴ればお互いに分かるだろう。もちろん、ジャブを出して様子を見るが、選手はロボットじゃないし、こちらが完全にコントロールできるわけでもない。最終的には本人が感じて判断するものだ。我々はジュントが最高の自分でいられるよう準備してきた。それが通用するかどうかだ。

――あなたはボクシング界で多くを成し遂げてきましたが、この試合はあなたにとっても特別なのでしょうか?

RH:素晴らしい試合であることは間違いない。

ただ、自分にとっては4回戦でも12回戦でも同じだ。どの試合もその瞬間において最も重要だと思っている。アマチュアの子どもでも、プロの試合でも同じだ。この試合が特別な規模であることは分かっているが、自分にとっては“勝つこと”がすべてで、それはどの試合でも変わらない。

――では中谷にとってこの試合の意味とは?

RH:1位と2位が戦う試合だ。歴史が示しているように、誰も永遠に1位ではいられない。5月2日に勝てば我々が1位になるかもしれないが、いずれはその座から落ちる日が来る。それはイノウエも同じだ。

 その日が土曜日であることを願っている。ただ、イノウエが偉大なファイターであることは間違いないし、非常に厳しい試合になるのだろう。とにかくファンがもう一度見たいと思うような素晴らしい戦いになってほしい。

[取材・構成:杉浦大介]

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