山中慎介インタビュー 後編

井上拓真vs井岡一翔

(前編:山中慎介は那須川天心のTKO勝ちに「成長を感じた」 井上拓真に敗戦後、新たな環境で手に入れた"強み">>)

 日本ボクシング史上最大の興行が目前に迫ってきた。5月2日、東京ドーム。

チケットは早々に完売し、5万5000人の観衆が詰めかける。1990年のマイク・タイソンvsジェームス・ダグラス戦(5万1600人)、2024年の井上尚弥vsルイス・ネリ戦(4万3000人)を超え、国内ボクシング興行の動員記録を塗り替える歴史的な一夜となる。

 メインイベントの井上尚弥(大橋)vs中谷潤人(M.T)に次いで注目度が高い一戦は、WBC世界バンタム級タイトルマッチ12回戦、王者・井上拓真(大橋)と挑戦者・井岡一翔(志成)の対戦だろう。昨年11月に那須川天心(帝拳)を退けて再びベルトを巻いた王者と、日本人初の5階級制覇に挑むレジェンド。元WBC世界バンタム級王者・山中慎介氏に、両者の力量、相性、展開予想を聞いた。

【ボクシング】山中慎介が語る、井上拓真が"鉄壁"の井岡一翔を...の画像はこちら >>

【拓真と井岡の"フレームの差"】

――拓真選手と井岡選手の試合、山中さんの見立てをお願いします。

「本当に予想が難しいんですけど、ちょっと拓真が有利かなとは思っています。井岡のボクシング技術はものすごく高いですが、適性がバンタム級ではないかなと」

―― 一方の拓真選手はバンタム級を主戦場にしてきた選手ですね。

「一時期はスーパーバンタム級でもやっていた経験もあります。そこも含めて、やっぱりバンタム級なら拓真有利、という見方はできますよね」

――井岡選手の37歳という年齢はいかがでしょうか?

「(2025年5月11日に行なわれたフェルナンド・)マルティネスとの2戦目は判定負けでしたが(0-3)、いい試合でした。その後、バンタム級に上げたあとの昨年大晦日の試合(マイケル・オルドスゴイティ戦)は4ラウンドKO勝ちでしたけど、相手のレベルが見えにくかったところもあります。いずれにせよ、年齢的にここからパフォーマンスが劇的に上がることは考えにくいですね」

――オルドスゴイティ戦は、井岡選手のバンタム級への適応を判断するには不十分?

「そうですね。まだ適性があるかどうかわからない部分があります。

昇級前のスーパーフライ級で連敗したマルティネスは、パワーはあるけれど、そんなに大きい選手ではありませんでした。一方で拓真は、決して身長は高いほうではないですけど、井岡と比べれば体格も身長もひと回り大きい。やはり、"フレームの差"がありますよね」

――マルティネス選手との2試合は、どちらかというと技術というよりパワーと手数で押された試合でしょうか?

「はい、パワーの差で押しきられた感じがしました。ただ、あれをそのまま拓真がやるかというと、また別の話だと思いますね。タイプが違いますから。マルティネス戦のどの部分を参考にするかにもよりますけど、拓真には拓真なりの崩し方があるはずです」

【井岡の"超一流"な部分】

――ただ、井岡選手のファイトスタイルは、あまり加齢による影響を受けないようにも感じます。

「そうなんですよ。スピードや瞬発力で勝負しているタイプではないですから。ガードのよさとタイミングで戦う選手なので、衰えがそれほど見えてこない。そこは強みですよね」

――井岡選手は一発のパンチ力で圧倒するタイプでもありませんが、2020年12月31日には"スピードスター"の田中恒成選手もKOで倒しています。

「あの試合が一番わかりやすいですね。KOに至るまでの詰め方がさすがだなと。ボクシングの組み立てが超一流ですし、教科書のようなボクシングですよ。

詰め将棋じゃないですけど、相手を弱らせていって、ストップやダウンに持っていくタイプ。ディフェンスも含めてすべてが高いレベルにあります。井岡選手がダメージでフラフラになる場面も、記憶にないですし」

――KO負けは一度もなく、ここ数年はダウンもしていませんね(2010年4月のヘリ・アモル戦、2016年12月のスタンプ・キャットニワット戦でダウン経験あり)。

「鉄壁のガードで相手に攻めさせておいて、瞬間的に打ち込む。そのカウンターが本当にうまい。一発で倒すというより、ボディをしっかり効かせて削っていく戦い方ですね。決して力まず、ストンと出したパンチで相手を倒してしまう感じです」

――拓真選手も技術が高いですが、どのような試合展開になると予想されますか?

「ポイントとしては、いかに拓真が自分から積極的にいけるか、というところでしょうね。井岡に付き合って見合っていると、技術でうまくやられる可能性がある。出入りで優位に立っているうちは拓真ペースですけど、井岡の土俵に乗ってしまうと厳しくなるでしょう」

【王者の拓真が打破しなければいけない展開とは?】

――拓真選手は、プレッシャーのかかった天心戦で勝った自信も大きいのでは?

「そこも含めてどう戦うのか本当に楽しみです。今回も井岡戦に向けて拓真のモチベーションは相当高いと思います。天心戦は、プレッシャーも含めて過去イチだったんじゃないかと思いますが、井岡戦もそれに引けを取らないくらい気合が入っているでしょうね。

 天心戦でも、2ラウンドまでは劣勢でしたが、3ラウンド以降はプレスをかけて主導権を奪いました。

同じように井岡戦でも、自分からいけるかがポイントになると思います」

――両者ともに一発で倒すタイプではありませんから、長丁場になる可能性も高いでしょうか?

「可能性は大いにありますね。先ほど年齢の話をしましたが、年齢は井岡が上でも、試合の後半でペースが落ちてくるイメージが湧かないんですよ。むしろ前半は様子見で、後半から削って差をつけていく。それが井岡のスタイルですから、拓真がそうさせないように、前半から自分のペースで試合を進められるか。そこがカギですよね」

――確かに井岡選手は、試合の中盤以降に勝利を決める印象があります。

「相手側からすると本当に嫌な戦い方だと思いますよ。コツコツ上下に当てていって、中盤以降に相手をメンタルごと追い込むことができるタイプですから。気がついたらポイントを持っていかれている。そういう展開をいかに打破できるかですね」

――拓真選手は前回の天心戦に続いて、立て続けに"名前"のある選手を相手にしますね。

「そうですね。拓真は昔から、けっこうタフな試合をこなしてきています。バンタム級、スーパーバンタム級でノルディーヌ・ウバーリ、栗原慶太、和氣慎吾、リボリオ・ソリス、ジェルウィン・アンカハス、石田匠、堤聖也......名だたる選手を相手にしてきていますからね」

――バンタム級、スーパーバンタム級での、日本人選手の層の厚さも再認識できますね。

「これだけ集まっていると、どうしてもタフなカードが多くなりますよね。今後も、まだまだ実力が高い日本人選手が出てくるでしょうし、"バム(ジェシー・ロドリゲス。23戦23勝16KOの現WBA・WBC・WBO世界スーパーフライ級統一王者)"が階級を上げてくることも噂されています。増田陸(帝拳)も先日、(ノニト・)ドネア相手にいい勝ち方をしていますし、大橋ジムの坂井優太、WBOアジア・パシフィック王座を獲った伊藤千飛(真正)ら、誰がどのタイミングでバンタム級のトップ戦線に上がってくるのか。まさに群雄割拠ですし、今後も楽しみですね」

【プロフィール】

■山中慎介(やまなか・しんすけ)

1982年滋賀県生まれ。元WBC世界バンタム級チャンピオンの辰吉丈一郎氏が巻いていたベルトに憧れ、南京都高校(現・京都廣学館高校)でボクシングを始める。専修大学卒業後、2006年プロデビュー。2010年第65代日本バンタム級、2011年第29代WBC世界バンタム級の王座を獲得。「神の左」と称されるフィニッシュブローの左ストレートを武器に、日本歴代2位の12度の防衛を果たし、2018年に引退。現在、ボクシング解説者、アスリートタレントとして各種メディアで活躍。プロ戦績:31戦27勝(19KO)2敗2分。

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