山中慎介インタビュー 前編

那須川天心について

 2026年4月11日、東京・両国国技館。那須川天心(帝拳)が元世界2階級制覇王者フアン・フランシスコ・エストラーダを9回終了TKOで破り、WBC世界バンタム級王座挑戦権を獲得した。

エストラーダは左ボディをもらい続け、試合翌日には左肋骨2本の骨折が判明。格闘技人生で公式戦初黒星となった、昨年11月の井上拓真戦からわずか5カ月、天心の何が変わったのか。この試合の解説を務めた元WBC世界バンタム級王者・山中慎介氏に聞いた。

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【天心に感じた成長】

――天心選手の復帰戦を、解説席からどうご覧になりましたか?

「天心の動きが本当によかったですね。前評判としては、どちらが勝つのか予想は割れていました。天心のほうが『厳しい』という見立ても多かったですが、ふたを開けてみれば見事なTKO勝ち。試合にかける思いが伝わってくるような戦いでしたね」

――プロ初黒星を喫してから5カ月、何が変わったと感じましたか?

「やっぱり気持ちの部分が大きく違ったのかなと思います。自分から仕掛ける、前に出る姿勢の大切さを学んだのでしょうし、成長を感じた試合でした」

――実績、ネームバリューのあるエストラーダ選手に勝つか、2連敗となるか。まさに天国と地獄の一戦だったと思います。

「連敗ということになると、今後のキャリアにも響いたでしょうし、この試合が"ラストラーダ"という感じになっていたかもしれませんね(笑)」

――ラストラーダ(笑)。確かに、トップ戦線での試合が最後になっていた可能性もありますね。

「冗談はさておき(笑)、プレッシャーは相当だったと思います。試合前から、いろいろな周りの意見に対して天心も対応していましたし、いつもよりピリついていた印象がありました。

そういったところが試合に影響しなかったらいいな、と思っていたくらいです。ただ、練習ではかなり厳しく自分を追い込んでいましたね」

【トレーナーが変わったことの影響】

――トレーナーが変わりましたが、その影響もあるでしょうか?

「技術面以上に、メンタルの部分が大きかったように見えます。新トレーナーの葛西裕一さんは、キックボクサー時代に天心のボクシング指導をしていましたから、昔から天心をよく知っている方です。

 エストラーダ戦に向けて、天心も悩む時間が多かったと思います。陣営は相手の対策も含め、前回の反省を生かしつつ、いろんなことを試しながら練習していたんでしょう。試合では、インターバル中もかなり厳しく声をかけていましたね。いい意味でテンションを上げていくのがうまいな、と思いました」

――陣営を変えて1戦目で結果を出すことは、難しいこともあるのではないでしょうか。

「普通はうまくいかないものですけどね。2戦目、3戦目と重ねていくうちにフィットしていくケースが多い。そこは、天心のすごさでもあると思います。自分に足りない部分を、次の試合でアジャストしてくる能力を証明しましたね」

――葛西トレーナーは公開練習のミット打ちで、「ハイガード」「プレス」と繰り返していました。

「おそらくは、"自分から前に出る"という意識を植えつける意図が大きかったでしょうね。天心はもともと器用なので、待って、打って、外してという戦い方が主体でした。

それが、エストラーダ戦では逆で、自分から先にいくことを徹底していました」

――試合後、帝拳ジムの浜田剛史代表は「課題だった接近戦で、リスクを負って打ち勝った」と語っていました。

「そうですね。試合前に接近戦の練習もたくさんやっていたんでしょう。ただ、近距離で打ち合うといっても、体を寄せ合うようなファイトではなく、絶妙な距離をしっかり保っていました。そこで、相手のパンチに反応しながらきちんと打っていた。あの距離感が素晴らしかったですね。

 ひと口に接近戦といっても、ほんのわずかな距離の違いでまったく別物になります。自分にとってベストな距離を保ったまま戦えるようになったことは、天心の強みになりましたね」

【勝負を決めたボディーアッパー】

――天心選手のフットワークについてはいかがでしたか?

「足もかなり動いていましたよね。ベタ足で前に出るわけではなく、足を使いながら攻撃のリズムにつなげていく。距離を取るだけの足ではなく、攻めにつなげる足、リズムをつくる足、パンチの勢いを伝える足。あの足のよさがあるからこその新スタイルなんですよ」

――試合で印象的だったのは左ボディでした。ロング、ショート、ともによく当てていましたね。

「左のボディアッパーがすごく効果的でしたよね。

"ストレート・アッパー"というか、独特の角度がありました。6ラウンドにはバッティングがありましたが、あのラウンドで入った左ボディで(肋骨が)折れたのかもしれません。あの後からエストラーダは、下のパンチに対して過剰に反応していましたから」

――これまでの天心選手は、左のロングボディストレートは得意な印象でしたが、ボディアッパーはあまり見られなかった印象です。

「エストラーダには当たる、という感覚で打っていたんでしょう。タイミングもよかった。エストラーダもボディをもらいすぎて、下を意識せざるを得なくなりました。そうなると天心は、上が当てやすくなる。エストラーダは中盤以降、上下に散らされて、いっぱいいっぱいでしたね」

――エストラーダの状態についてはどう見ていましたか?

「彼の全盛期は、フライ級・スーパーフライ級時代だったと思うんですよ。ローマン・ゴンサレスたちと戦っていた"四強"時代ですね。あれも、力のあるフライ級の選手たちが、一緒に階級を上げて戦っていたようなイメージです。

 エストラーダにとってバンタム級は、体のフレームが小さい印象ですね。近年は、試合のペースも年に一度くらいでしたし。

コンディション、年齢、体格......そのあたりを含め、天心にとっては絶対に勝たなければいけない試合でした」

【採点にも惑わされず攻め続けた】

――4ラウンド終了時の公開採点では、ジャッジ1者が39-37で天心選手、2者が38-38でイーブンでした。攻めているような印象でも差がないという点で、拓真戦がよぎった方も多かったのではないかと思います。

「3、4ラウンドあたりでエストラーダがちょっと出てきたな、という時間帯はあったんですよ。あの瞬間、天心も拓真戦を思い出したと思うんですよね。それでも崩れなかった。想定内のこととして、しっかりエストラーダの前進を止めて、ラウンド後半には打ち返す場面も作っていました。公開採点の影響も受けず勝ちに向かえたのは、かなり大きいです」

――9ラウンド開始時点で、エストラーダ陣営が棄権を申し出ました。あのまま続いていても天心選手の勝利は濃厚だったでしょうか。

「そうですね。あれだけリズムに乗ってくるとスタミナの消耗も少ないので。終始、天心のペースでしたが、それでも葛西さんは『まだまだ前にいけ』と言い続けていた。試合後、天心が『エストラーダより葛西さんのほうが怖かった』と話していましたけど、昔から知っているからこそ、"ケツの叩き方"を心得ているということでしょうね」

――敗北を知って環境を変える柔軟さも、天心選手の魅力でしょうか。

「本人の意欲、行動力ですね。今までの環境を変えることへの怖さは絶対にある。それでも、一歩前に踏み出せた。本当にポジティブで、すごいことですよ」

(後編:山中慎介が語る、井上拓真が"鉄壁"の井岡一翔を崩すためのポイント 那須川天心戦のように「自分から積極的にいけるか」>>)

【プロフィール】

■山中慎介(やまなか・しんすけ)

1982年滋賀県生まれ。元WBC世界バンタム級チャンピオンの辰吉丈一郎氏が巻いていたベルトに憧れ、南京都高校(現・京都廣学館高校)でボクシングを始める。専修大学卒業後、2006年プロデビュー。2010年第65代日本バンタム級、2011年第29代WBC世界バンタム級の王座を獲得。「神の左」と称されるフィニッシュブローの左ストレートを武器に、日本歴代2位の12度の防衛を果たし、2018年に引退。現在、ボクシング解説者、アスリートタレントとして各種メディアで活躍。プロ戦績:31戦27勝(19KO)2敗2分。

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