男子テニスで、アジア男子最高の世界ランキング4位に上り詰め、2014年全米では準優勝に輝いた錦織圭(36)=ユニクロ=が、今季限りでの引退を決めた。1日、本人がSNSで発表した。

右肘、左股関節など3度の手術や多くのけがを乗り越え、満身創痍(そうい)でも現役を続行してきた錦織の真意を、長年取材してきた記者が探る。

 この数年、錦織が必ず口にしてきた言葉がある。

「この与えられた才能を、けがなどで終わらせるのはもったいない」。

 文字だけを読めば、「不遜」と誤解を生むかもしれない。しかし、真の意味は違うところにある。

 ひと言も英語がしゃべれず、内気で、ひょろっとした錦織少年が、たゆまぬ努力で、世界に羽ばたいたことは紛れもない事実だ。しかし、個人競技で、最も競技人口が多いと言われるテニス。世界のトップに行くためには、努力だけではいかんともしがたい。

 長年、錦織のマネジャーを務めているIMGのオリビエ・ファン・リンドンク氏は、錦織を初めて見たときのことを、今でも覚えている。「黄金の右手を持っている」。球をどのようにでも扱える才能のことだ。「これだけは教えても教えられない」

 その才能に、錦織は偶然にも選ばれたのだ。

だから、錦織が「この与えられた才能を」という時は、謙遜でもあるだろう。「こんな自分が、その才能を授かってしまった」とも言えるのだ。だから、簡単に、けがなどで捨てられないとなる。

 5歳から始めたテニスだが、「けがで出られなかった時間も長いので、実働はもっと短い」という負けん気の強さもある。昨年末の単独インタビューでは、「けがで辞めるのは、一番アスリートがしたくない最悪のシチュエーション」と話していた。

 ずっとあこがれで模範としてきた4大大会20度の優勝を誇るロジャー・フェデラー(スイス)。その彼が、41歳で膝のけがで引退するとき、錦織は「そんな彼を見たくなかった」とショックを受けていた。それだけ、けがでの引退を嫌っていたのだ。

 しかし、限界はある。直近2大会のツアー下部大会は、1回戦は十分に戦えるが、2回戦で失速した。努力と才能でけがに立ち向かい、戦い続けた今、もうやれることはやったと思えたのではないだろうか。(テニス担当・吉松忠弘)

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