意外なことに、モスクワからクリミアのシンフェローポリ空港までは複数の航空会社がたくさんの便を飛ばしており、インターネットであっさり予約が取れた。いつも海外の宿泊予約に使っているExpediaはクリミア半島内のホテルをいっさい扱っていなかったが、別の予約サイトにはたくさんの宿泊施設が出てきて、セバストポリ市内のいちばん立派そうなホテルもかんたんに予約できた。
こうして1泊2日でクリミアを旅してきたのだが、ここで最初に断っておかなければならないのは、ウクライナはクリミアを自国領と主張しており、国際社会もロシアへの併合を認めていないことだ。そのような場所をなにも知らない外国人が「観光」することを不快に思うひともいるだろうが、「なにも知らない」からこそ自分の目で見たいということをご理解願えればと思う。
クリミアはインフラ整備を進めていたセバストポリへの旅で最初に驚いたのは、モスクワの空港でクリミア行きの便が満席だったことだ。その理由は小学生の集団で、どうやらこれから夏休みのキャンプに行くらしい。でも、「係争地」で子どものキャンプ?
次に驚いたのは、シンフェローポリ空港がものすごく立派だったことだ。あとで調べてみると到着したのは今年4月18日に運用を開始したばかりのニューターミナルで、確かに新建材の匂いがした。かなり古めかしい旧ターミナルからは1キロほど離れているらしい。
宿泊予定のホテルから2日ほど前にメールが来ていて、空港からの送迎はどうするか訊かれた。いつもは公共交通機関を使うか空港タクシーを利用するのだが、どんな様子かわからないので頼むことにした。その料金が4000ルーブル(約7500円)で、これはロシアの物価としてはかなり高い。
しかし迎えの車に乗ってみると、これが法外な料金というわけではないことがわかった。ちゃんと調べていなかったのだが、クリミア半島の中央に位置するシンフェローポリ空港から黒海に面したセバストポリは距離にして100キロ以上あり、そのうえすべて一般道なので順調に走っても2時間半くらいかかるのだ。しかも空港への道路はもともとは1車線だったらしく、拡幅工事をあちこちでやっていてそのたびに渋滞する。
さらに驚いたのは、ロシア国内でネットにつなぐために購入した国際SIMが使えないことだ。それだけでなく、スマートフォンの電波すら入らない。最初は田舎で電波がこないのかと思ったが運転手はふつうにスマホでしゃべっている。
これだけでもじゅうぶん不思議だったが、ほんとうの驚きはこのあとにやってきた。
「係争地」クリミアは経済制裁(sanction)の対象でクレジットカードもATMも使えなかったホテルは思ったよりもずっと立派で、レセプションの女性はしっかりした英語を話した。その彼女は、ルームキーを用意すると、「タクシー代の4000ルーブルと宿泊費を合わせて9000ルーブルになります」といった(宿泊費は朝食付きで1泊約9000円)。そこでVISAのクレジットカードを出したのだが、「そのカードは使えません。キャッシュのみです」といわれたのだ。
新興国で「カード不可」なのはよくあるが、いまのロシアはどちらかというとキャッスレス社会で、地下鉄の切符から自販機までカードが使える。すっかりそれに慣れていたので面食らったが、仕方がないので財布から現金を出して払った。
レセプションの隣に旅行会社があり、カウンターに中年の女性が座っていた。チェックインの手続き終わると、翌日のツアーについて彼女に相談することにした。モスクワに戻る飛行機が午後5時発なので、それまで観光地を回りたいと思っていたのだ。
旅行会社の女性は、英語ガイドといっしょに専用車でいくつか名所を訪ね、そのあと空港に行くというプランを立ててくれた。それでお願いすることにしたのだが、財布にある現金では足りない。そこで「近くにあるATMからルーブルをおろしてくる」というと、彼女は困った顔をして、「そのカードは使えません」という。私が怪訝な顔をすると、「サンクシションだから」と説明された。
ここにいたってようやく、容易ならざる事態に陥っていることが理解できた。
国際的に「係争地」とされているクリミアは経済制裁(sanction)の対象になっていて、国際SIMから携帯のローミング、VISAやMasterのようなクレジットカード、PlusやCirrusなどのATM連携サービスまで、あらゆる「国際的」なサービスが使えないようになっているのだ。
外貨を両替してもらうことは可能だが、こんなことになるとは想像もしていなかったので、手元にあるのは日本円と人民元(上海トランジットのため)だけだ。
10年ほど前にロシアを訪れたときは、なにがあるかわらないからと米ドルのキャッシュを用意していた。それをまったく使う機会がなかったので、すっかり油断していたのだ。
それでもわざわざクリミアまで来たのだから、なにもせずにホテルに1泊して帰るのはあまりに馬鹿馬鹿しい。そこで財布の中の現金をすべてカウンターに並べ、今夜の食事代など1000ルーブル(約1700円)を除いて、「これでなんとかしてくれ」と頼んでみた。彼女はあれこれ計算していたが、その予算内で朝からのツアーと空港への送迎がなんとかできるという。――あとから考えると、かわいそうに思ったらしく、最初の「正規価格」から3割以上もまけてくれたようだ。
その後、ホテルのスタッフやガイドの話でわかったのだが、ロシア国内の通信会社を使えば携帯での通話もネットもふつうにできるし、ロシアの銀行が発行したカードならATMからの現金引き出しもクレジット決済も可能だという。そのためロシア人の旅行者は、クリミアに来てもなんの不便も感じない。経済制裁によってヒドい目にあうのは、私のような「何も知らない」外国人旅行者だけなのだ。
クリミアはワインの名産地としても知られていて、とりわけスパークリングと白ワインが有名だという。港沿いにはお洒落なレストランが並び、観光客が楽しそうに食事しているが、お金がないのではどうしようもない。
子どもたちのキャンプ地としても好まれている
翌朝、ホテルにやってきたのはナターシャという60代の女性だった。サンクトペテルブルクの生まれだが、父親がソ連海軍の軍人で、6歳のときに家族でセバストポリに赴任したという。父親はたちまちこの街を気に入り永住の地に選んだので、それから60年ちかくずっとセバストポリに暮らしているという。父親は海軍の高官だったようで、キューバでカストロの軍事顧問をしていたこともあるという。
ナターシャは軍人一家で、亡くなった夫も息子の一人も海軍だという。だがこれは珍しいことではなく、ソ連時代のセバストポリは黒海艦隊の基地のある閉鎖都市で、軍関係者以外は立ち入ることができなかった。
冷戦終焉後、おそらくは夫が亡くなってからだろうが、セバストポリに観光客がやってくるようになると、ナターシャは得意の英語を活かしてガイドの仕事をするようになった。だが2014年にロシアがクリミアを併合して以来、外国人旅行者はほとんど訪れなくなり、英語を話すのは1年ぶりだという。初対面にもかかわらず個人的なことをいろいろ教えてくれたのは、気さくな性格だからだろうが、英語で会話できる機会がめったにないという理由もあるようだ。
以下はそんなナターシャの説明から、私が理解したことだ。
地図を見ればわかるように、セバストポリは深い入り江のある天然の良港で、1820年代にロシア海軍の拠点として要塞化された。
セバストポリの近くには、古代ギリシアにまで歴史を遡るケルソネソスの遺跡がある。この古い港はビザンツ帝国の時代も黒海交易の要衝で、(ロシア人の祖先される)ルーシのキエフ大公国ウラジミール一世(聖ウラジミール)がキリスト教を国教と定めた際に洗礼を受けた場所でもある。ロシア帝国はビザンツ帝国の後継者で正教の守護者を任じていたから、ここはロシアの宗教的聖地でもあるのだ。
セバストポリはクリミア戦争と独ソ戦の激戦地で、この戦いで生命を落とした将軍・将兵の慰霊碑が至る所にある。そこでは軍人と思しきロシア人観光客が子ども連れで記念写真を撮り、軍人の新郎新婦が結婚式の記念撮影をしている。子どもたちの夏休みのキャンプ地にクリミアが好まれるのも、こうした理由があるからだろう。
ウクライナ時代は生活インフラが劣化し、生活水準がどんどん悪化していった
セバストポリで話をしたのは数人だが、2014年にロシアに併合された事実に触れることはあっても、(当たり前だが)その背景をたんなる外国人旅行者に語ることはない。だがナターシャは、もうすこし突っ込んだ話をしてくれた。ちなみに私の会話の相手はみなロシア人で、ウクライナ時代の国勢調査(2001年)を見ても約40万人のセバストポリの人口の7割超がロシア人だ。併合後はロシア国内からの移住者が増え、ロシア人の比率はもっと高くなっているという。
ナターシャによると、ウクライナ時代のいちばんの不満は、生活水準がどんどん悪化していったことだという。道路や電気・ガス・水道などの生活インフラはすべてソ連時代のままで、それが放置され劣化してくのだ。それに比べて同じ黒海沿岸のソチはリゾート地として大きく発展し、冬季オリンピックを開催するまでになった。
[参考記事]
●ロシア有数のリゾート地ソチが臨む黒海という存在
ロシアに併合されてからはクリミア全体に大規模なインフラ投資が行なわれ、年々暮らしやすくなっているとナターシャはいう。自宅ちかくの道路は舗装し直され、電気もガスも一日じゅう使えるようになった。
これはあくまでもロシア人(それも軍人一家)の女性の視点だが、いちがいに偏向しているとはいえない。実際に近代的な空港がつくられ、道路の拡幅工事もあちこちで行なわれている。ロシア内陸部からの移住者が増えているのは、大規模なインフラ投資によって仕事が生まれているからだ。
ソ連解体後にクリミアがウクライナに帰属することについては、黒海艦隊の扱いがロシアとのあいだで問題になった。最終的に黒海艦隊の所有権をウクライナがロシアに譲る代わりに、港湾施設の利用料を受け取ることで解決したが、「ウクライナ民族の国民国家」として独立したウクライナ政府にとって、ロシアの艦隊が駐留しロシア人住民が大半を占めるクリミアへの配慮が後回しになったということはあるだろう。
これについては、アメリカの歴史家(ジョージタウン大学助教授)で『黒海の歴史』(明石書店)を著したチャールズ・キングが以下のように指摘している。原書の刊行は2004年で、クリミアのロシアへの併合への10年前だ。
「ウクライナでは、クリミア半島をめぐる問題が常に中央政府を悩ませてきた。主にロシア語を話す住民やロシア海軍の大きな存在感、失業に苦しんで不満をためこんだクリミア・タタール人は、新たなウクライナ国家建設においてしばしば障害になっている」
クリミア半島の問題は「ロシアの愛国主義」で語られることが多く、実際にそのような面があることは間違いないが、その一方で「このままでは二級市民扱いされて生活が苦しくなるばかりだ」という経済的不満が高まっていたことも確かなようだ。
そしていま、セバストポリの街は「愛国的」なロシア人の観光客が押し寄せることで急速に往時の賑わいを取りもどしている。
外務省の判断クリミア全体が「レベル3:渡航は止めてください。(渡航中止勧告)」セバストポリの数奇な歴史についてはあらためて書きたいが、ガイドのナターシャは「クリミアには素晴らしい観光名所がたくさんあるから、外国人旅行者にもたくさん来てほしい。経済制裁で迷惑をかけるのが申し訳ないけど」といっていた。
だがこの地域への旅行を安易に勧めることができないのは、外務省の海外安全ホームページでクリミア全域が「レベル3:渡航は止めてください。(渡航中止勧告)」に指定されているからだ。これは「その国・地域への渡航は,どのような目的であれ止めてください。(場合によっては,現地に滞在している日本人の方々に対して退避の可能性や準備を促すメッセージを含むことがあります。)」とされている。
クリミアでなにひとつ危険を感じたことはないが(夏休みでそこらじゅう観光客ばかりなのだ)、もちろん私の個人的な体験だけで安全かどうかを判断できるわけはない。だが次のような事実は述べてもいいだろう。
帰りの空港でも、たくさんの子どもたちの集団を見かけた。小学生から高校生くらいまでで、クリミア各地での夏季キャンプに参加してきたのだ。これを見ても、ロシアの多くの親たちが、子どもだけで数日間の(もしくはそれ以上長い)キャンプに安心して送り出せると思っていることは間違いないだろう。
渡航はあくまでも自己責任だが、もし行くのならその際はじゅうぶんなルーブルの現金と、できれば米ドル、ユーロの現金を忘れないように。「外国人が現金を持たずにクリミアに来たらどうなるの?」とナターシャに訊いたら、しばらく考えてから、肩をすくめて「どうしようもない」といわれた。
なお、外務省の海外安全ホームページの勧告を尊重しなくてもいいといっているわけではないことは繰り返し強調しておきたい。
橘 玲(たちばな あきら)
作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)、『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)、『橘玲の中国私論』の改訂文庫本(新潮文庫)など。最新刊は、『朝日ぎらい よりよい世界のためのリベラル進化論』(朝日新書) 。
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