『エール』第21週「夢のつづきに」 101回〈11月2日(月) 放送 作:清水友佳子、演出:橋爪紳一朗、小林直穀〉

『エール』静かな時代の転調を登場人物の男女の関係性で見せた意欲的な週のはじまり
イラスト/おうか

「季節の変わり目は風邪ひきやすい」

久志(山崎育三郎)の歌う「栄冠は君に輝く」で『エール』戦争編が美しくまとまって、いよいよあと一ヶ月。裕一(窪田正孝)、久志の問題が解決したから、20週は、音(二階堂ふみ)のターン。戦争がはじまる前からずっと抱えている彼女の課題。
声楽家になる夢を叶えるチャンスがやって来た。帝都劇場で上演されるオペラ『ラ・ボエーム』のミミ役のオーディションを受けることに。

【前話レビュー】未来をつくろう――久志(山崎育三郎)の歌う「栄冠は君に輝く」がすべての人達をひとつに

冒頭、音がやっている発声練習・犬が舌を出して呼吸する仕草のマネは、先週、『あさイチ』で山崎育三郎が近江アナと華丸大吉に教えていたものと同じ。『あさイチ』も観た視聴者としては嬉しかった。

『エール』と『あさイチ』は制作しているスタッフが違うから、これは番組を越えた遊び心だが、最近の『エール』は前フリをしっかりしている。今回の、音のターンへの移行も、100回で音は、久志の歌の才能を裕一が信頼していることを「羨ましかった」と言っている。

そして、101回では、喫茶バンブーで語り合いながら、裕一の歌で音が歌うことが夫婦の夢だったのにと、裕一が「悔しいなあ〜」と冗談めかす。ちゃんとふたりの夢を覚えているところが素敵だし、音も裕一も、「羨ましい」とか「悔しい」とかお互いのことを意識して軽く嫉妬しているところも微笑ましい。

さらに前フリは続く。

オーディションの二次審査を控えた音に、保(野間口徹)が「季節の変わり目は風邪ひきやすいから」とはちみつ生姜湯を出す。その後、裕一がくしゃみをして、風邪を引いて熱を出してしまうという流れに。脚本づくりの基本に倣った丁寧さを感じる。


久志、藤丸、婚約喫茶バンブーに藤丸(井上希美)と久志がやって来る。藤丸が先で久志があと。この時代はまだ、女性が三歩下がって男性に付き従うというほうが一般的だろうが、久志なら西洋の文化を取り入れてレディーファーストでおかしくない。

そして、婚約指輪を披露。これも、12週の特別編「古本屋の恋」のとき、子供久志が西洋の婚約指輪の話をしていることを思い出す。久志は婚約指輪に人一倍、意識がありそうだ。

長年、支えた人の仕事が軌道に乗ってようやく身を固める決心をしてもらえた藤丸。久志の放蕩な女性関係も精算されたことだろう。晴れやかな笑顔がまぶしい。

朝ドラ後半戦になると、登場人物がどんどん結婚していく。残るは鉄男(中村蒼)と、原節子を理想としている浩二(佐久本宝)か。華(古川琴音)の野球少年・渉(伊藤あさひ)への恋のゆくえも気になるところ。


『エール』静かな時代の転調を登場人物の男女の関係性で見せた意欲的な週のはじまり
写真提供/NHK

家事する俳優

恋もしながら、家事の手伝いもちゃんとする華。音がレッスンから帰ってくると、華は鍋の焦げを削ぎ落としている。鍋の焦げ落とし、これはナイスアイデア。というのは、本来、ホームドラマに欠かせないのは家事なのだが、昨今の若い俳優は家事しながらセリフを言うことが難しいようで、どうしても手が止まってしまい、空気の停滞感が出がちなのだ。

その点、80年代の『おしん』の田中裕子は家事しながらしゃべるのも自然だった。鍋を力いっぱい磨くという動きであれば、できない人はいない。生活感も出るし、所作に慣れる必要もない。脚本指定か演出かわからないが、いいアイデアをみつけたものだ。

そのあと、吟(松井玲奈)の家に行って、音に頼られていない不満を漏らすときは、愛知県のお菓子・鬼まんじゅうを作りながら。並んで、せっせと具材を丸めていくふたりの絵もなかなか麗しかったし、戦災孤児のケン(浅川大治)がすっかり子供のように生活しているのもわかる描写は吟の家庭がうまくいっていることがわかった。

悩ましい戦争編が終わって平和が戻ってきたこと。同時に、家事描写の意味はなんといっても、音が家事とやりたいことの両立を目指していることの現れである。

なつかしの、千鶴子さん

そして二次審査。審査員として、音楽学校の同級生・夏目千鶴子(小南満佑子)がいた。
その昔『椿姫』のオーディションで、音に敗れたあと、海外に音楽留学していたが戻ってきて、歌手として活躍している。

審査する側が同級生でやりづらかったんじゃないかと気にする音だが、どっちかといえば、『椿姫』のときは双浦環(柴咲コウ)が特別審査員でいて……と毎回審査員に知り合いがいる運の強さが目立つ。

千鶴子さんの話をしているとき、裕一が音の肩をマッサージしている。『エール』で肩もみシーンというと、76回で、戦争で亡くなった弘哉が裕一の肩を揉むシーン。そのとき、仕事と子育てを両立している母親の肩を揉んでいるというセリフがあった。この回、華はまだ弘哉くんのことを覚えているというセリフもあるうえ、音が家事と子育て両立を目指すというセリフもあり、いやがおうにも、弘哉の母親を思い出す。彼女みたいな人もいるのだから音がそれを目指そうと考えることは自然な流れである。

そんなふうにがんばっている音を、裕一がねぎらう。音楽をやっている者同士が身体のメンテナンスをしているプロの動作でもあって、音と裕一が単なる夫婦を越えたパートナーであることも感じさせる。藤丸と久志の歩く順番とともに、こちらも従来の男女のイメージと逆になっている。吟と智彦はすでに96回で、それまでの男尊女卑のスタイルに変化が訪れていた。

戦争が終わり、どん底という、ゼロ地点から人々が再び歩き始めたとき、男性と女性の歩き方も変わる。
「長崎の鐘」の「なぐさめ〜」の転調のように、静かな時代の転調を登場人物の関係性で見せる、意欲的な週のはじまりだった。
(木俣冬)

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『エール』静かな時代の転調を登場人物の男女の関係性で見せた意欲的な週のはじまり
イラスト/おうか

番組情報

連続テレビ小説「エール」 

【放送予定】
2020年3月30日(月)~11月28日(土)

<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り

<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)

<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送

<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送

原作・原案:林宏司
脚本・作:清水友佳子 嶋田うれ葉 吉田照幸
演出:吉田照幸ほか
音楽:瀬川英二
主演: 窪田正孝 二階堂ふみ
語り: 津田健次郎
主題歌:GReeeeN「星影のエール」
制作統括:土屋勝裕 尾崎裕和
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