『姉ちゃんの恋人』は言葉にできない人間の弱さや脆さをセリフにしようと格闘している
イラスト/ゆいざえもん

※本文にはネタバレを含みます

桃子には真人を全力で守ってほしい『姉ちゃんの恋人』5話

『姉ちゃんの恋人』(カンテレ・フジ系 毎週火曜よる9時〜)第5話を見て、そうか、このドラマは真人(林遣都)も主役だったのだと気づいた。

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タイトルも“姉ちゃんの恋人”であり、姉ちゃん・桃子(有村架純)の好きな真人が、罪を背負い、幸福になることを諦めてしまったあと、どう生きるか……それを描く物語であり、姉ちゃんこと桃子がそこにどう手を差し伸べるか……。

林遣都の映画デビュー作『バッテリー』(07年)を思い出させる、真人のキレのいい投球シーンもあった。


第5話は、Wバーベキュー・デートの続きからはじまった。高田(藤木直人)日南子(小池栄子)のちょっぴりイタイ会話。「バーベ Q」と舌先を「Q」のように口から斜めに出しておどける高田に、大きな声で「衛生兵」を呼ぶ日南子。「こちら1名、いま、心を射抜かれました!」と演劇みたいに大げさな身振り口ぶりで表現するしかないほどのウキウキした気分になっている高田と日南子に対して、真人はいたってシンプルな反応。でもその「楽しかったなあ」「忘れないだろうなあ、今日のこと」という特別でない言葉が、彼のしみじみ楽しかった気持ちが水の波紋が広がるように伝わってくる。

自由に楽しさを謳歌できないし表現することも抑制している真人がいるから、桃子や日南子や高田や、みゆき(奈緒)、和輝(高橋海人)、優輝(日向亘)、朝輝(南出凌嘉)、ホームセンターの人達が、みんなみんな、自分だけの喜びの表現を駆使しまくっていることが際立つ。


幸薄そうに見えてリア充の沙織(紺野まひる)が、日南子とBARで飲みながら自分の幸福について滔々(とうとう)と語り、桃子の弟たちは、姉ちゃんが好きになった人を見に、ホームセンターの配送所に忍び込み、真人のフォークリフトの操縦に魅入られ、すっかり彼を好きになってしまう。

好きな人がいる幸福がそこにある。

「好きになった人に好きになってもらって、一緒に暮らしている(ことが幸せ)」
「何かに属しているから幸せなわけじゃない」
「恋するとその人のオタクになるんだよねえ」

沙織は酔にまかせて名言を連発する。

日南子は高田の愛用のブランドを買いまくり、桃子はみゆきに恋の相談をしながら「(真人の乗る)フォークリフトになりたいよ」と言い、真人の好きなブランドの服を買って弟たちに見せびらかす。通販のダンボールを開けるときの桃子の「いい音、物欲の音」というセリフが良かった。

川上と貴子の葛藤

いつものコンビニで桃子の恋バナをの聞く役・みゆきは、恋人を前提とした仲良しからはじめようと和輝から言われている。でも、真人の気持ちがわからないと悩む桃子にまだその話を言えない。


恋に悩んだときの気持ちには「濁点がいっぱいだ」と分かち合う桃子とみゆき。「恋におびえるびびりシスターズ」とみゆきは恋に気弱な自分たちを笑い飛ばす。

脈がありそうなのに、なぜか消極的な真人に、もしかして、独り相撲なのであろうかと桃子は「フラれるのやだなあ」と悩む。そのとき彼女の着ている大きめなニットの背中には、リアルな心臓(たぶん)が編み込まれている。

桃子がこれほどまでに、真人に惹かれるわけは、「私がそうしないと(付き合おうと手をさしのべないと)消えてしまいそうな気がしてさ」と言う。いわゆる、捨てられて雨に濡れている子犬を拾ってしまう気持ちである。


桃子が真人に惹かれる理由と、真人が桃子から距離をとろうとする理由は同じ。真人の事件である。あんなに人の好さそうな、桃子の叔父で、真人の保護司・川上(光石研)までが、真人のことを信じていて好意も感じているにもかかわらず、ふたりの交際を心から祝福できない気持ちを、貴子(和久井映見)に吐露する。

川上と貴子の、複雑な、どうしようもない、手元のボールを投げられずに、手のなかでこねくり回し、手汗が染みてしまうような、そんな場面は見どころがあった。

『姉ちゃんの恋人』には、簡単に言葉にできない、人間の弱さや脆さをなんとかセリフにしようとしている格闘が感じられる。日常の人間はそういうもので、テンプレートの表現ではない気持ちをどう言葉にしていいかいつも迷うし、がんばって導きだした言葉ははたから見て、イタかったりおかしかったり伝わらなかったりすることもあるけれど、それでも言葉にしてしまう。
それが、桃子や日南子。一方で、言葉にしない人もいる。それが真人。

『姉ちゃんの恋人』は言葉にできない人間の弱さや脆さをセリフにしようと格闘している
第6話は12月1日放送。画像は番組サイトより

自身の言葉と気持ちにがんじがらめになる真人

そんな真人が、ついに桃子に話をする。事件を、元の恋人の気持ちを慮(おもんぱか)って、一部、曖昧にしながら、自分の起こした話をする。それによって父母にどんな影響を与えたかも。

言えない言葉、伝わらない気持ちが、真人をがんじがらめにしていく。
ひとりでそれを全部抱え、墓場まで持って行くつもりのような真人を桃子は抱きしめる。そのとき桃子はネットで検索して、真人の起こした事件をすでに知ってしまっている。

沙織が、日南子に「(男性は)結婚してるしてないとかでそんな小競り合いしてないし、悔しいんだよね、私はそれが。女もそうなりたいよ。こう認め合うっていうかさ、幸せの形はひとつじゃないってことを。女もそうなれると思うんだよ。
なりたいんだよ」と熱く語っていた。

これは結婚の形に対しての話ではあるが、真人が塔に閉じ込められたヒロインで、桃子がそれを助けるヒーローという形があっていいと思う。

「ぎゅっとつかんでないと消えていなくなってしまうような気がするんだ」というセリフは男の子が儚い女の子に言うようなセリフだった。

野球では女性陣が活躍していた。男女の役割が一般的な描き方と違っていていい。

桃子よ、弟たちを全力で育てたように、真人を全力で守ってあげてくれ。

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Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami

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番組情報

カンテレ・フジ系『姉ちゃんの恋人』
毎週火曜よる9:00〜

公式サイト:https://www.ktv.jp/anekoi/