【梶原一騎×真樹日佐夫×大山倍達 「伝説のベストセラー」を創った漢たち】#1


 今年、生誕90年を迎えた大ヒットメーカーの漫画原作者・梶原一騎。その実弟で存在感を示した真樹日佐夫、そして「空手バカ一代」の主人公であり、極真空手を創設した大山倍達──3者は、作品を通じ、一言では言い尽くせない深い関係性を築いていた。

その愛と反目をノンフィクション作家の本橋信広氏が解き明かす。


  ◇  ◇  ◇


 1981年早春。


 赤坂某所、フリーランスの物書き稼業数カ月目の私は、池田草兵という手だれのルポライターに連れられて、豪勢なマンションの一室を訪れようとしていた。


 防音がしっかりしているために、都心の雑音が一切入ってこない。耳底の鼓動が大きくなる。分厚いドアが開き、スタッフが中に招き入れた。


 応接ソファに身を任せているのは、間違いなくあの人物だった。


 梶原一騎!


 劇画原作者として彼が書く作品は軒並みヒット、掲載誌は部数増となった。


 なかでも66年に少年マガジンで連載が開始された「巨人の星」(画・川崎のぼる)は、アニメ番組となり、どちらも社会現象となるほど大ヒットした。


 スポーツ根性もの、という新ジャンルを打ち立て“スポ根”漫画とも呼ばれた。


■梶原一騎にはもうひとつのペンネームが


 1年後、少年マガジンで連載が開始されたボクシング漫画「あしたのジョー」(画・ちばてつや)は、梶原一騎のもうひとつのペンネーム、高森朝雄名義だった。


 いまでも記憶に残っているのは、原作者高森朝雄の連載開始にあたっての抱負だった。


「巨人の星」の主人公星飛雄馬は優等生すぎる、といった原作者梶原一騎を挑発するかのような言葉を発していたのだ。


「あしたのジョー」の主人公矢吹丈はアンチ星飛雄馬として登場した。


 小学5年生だった私は、高森朝雄、大きく出たなあ、大丈夫か、と思った。


 当時、梶原一騎と高森朝雄が同一人物だということはあまり知られていなかった。


 少年マガジン誌上で同時期に梶原一騎名義の漫画が載ると、イメージが固定してしまうことをおそれ、編集部の要望で高森名義になったのだろう。


「あしたのジョー」はスポ根漫画とは異なる新感覚のスポーツ漫画として、歴史的名作になった。


 恐るべし、梶原一騎。


 毎週、歴史的国民漫画2作品の原作を同時に連載していたのである。


 月刊漫画誌「ぼくら」(講談社)では、68年、プロレス漫画「タイガーマスク」(画・辻なおき)を連載、主人公タイガーマスクは後に白いマットに本物が登場し、人間業とは思えない空中殺法を炸裂させ大人気を博す。


 71年、少年マガジン誌上でゴッドハンド大山倍達の半生を描いた「空手バカ一代」(画・つのだじろう/影丸譲也)を連載、極真空手は入門者であふれかえった。


 スポーツの世界だけではなく、73年、同誌で「愛と誠」(画・ながやす巧)という純愛漫画を連載、これも大ヒットとなる。


 梶原世代の私は、赤坂の事務所でカリスマ本人を目の前にした。


 夢ならさめるな!(一騎調)。


 すると偉大な劇画原作者は意外なモノを手にして、吠えた。(つづく)


(本橋信宏/作家)


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