いつものごとく炎上し、ネットの肥やしとなっている絵本がある。絵本作家のぶみ氏の新刊『Mr.ベイビーマン』(ヒカルランド)だ。
本作は、本編32ページに付属する「あとがき」で、6ページにわたり、ワクチンや感染症に関する誤った情報が掲載されていることで、物議を醸している。

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本編のあらすじは、およそ次のようなものだ。ネタバレは勘弁、という方はここで引き返していただきたい。

ママが必死に育てているのは、特殊能力を持つスーパーベイビー。ちょっとしたトラブルの後、ベイビーは「空の上からママを選んで生まれてきたんだ」とテレパシーでママに語りかける。理由は「世界一素晴らしいママだから!」「誰よりも頑張っているのを、僕は知っているよ!」。そしてふたりで感動の涙を流して、おわり。

――ネタバレもなにも、ストーリー的なものは特になかった。

根拠のない言説の羅列

「命のリスクに直結」大炎上の絵本作家が“より悪い方向”へ爆走中!一見美しい絵本が子どもを追い詰めるワケ
画像はイメージです(以下同)
問題の「あとがき」は、要約すると以下のような主張が堂々と語られていた。

~要約~
赤ちゃんは「Mr.ベイビーマン」のように強い存在だが、生後半年までに打つワクチンが弱点になる。子どもたちに胎内記憶(※これについては後述)を聞いているとき、少子化の理由を尋ねると、生まれてこない理由は「注射が嫌だから」との答えだった。

不妊で困ったママが月に向かって「注射はしないからどうか私のお腹に入ってください」と言うと、実際生まれた子が30人以上いる。

昨今、0歳の子が打つワクチンの量が増え、それと同時に発達障害や自閉症も増えた。
コミュニケーションがうまくできないから不登校にもなる。ところが、調べてみるとはしかにかかる子はほとんどいない(いてもごく少数)。そもそもワクチンには効果がなく、逆に免疫が下がってしまう。
~要約終わり~

より悪い方向へ爆走中!?

「命のリスクに直結」大炎上の絵本作家が“より悪い方向”へ爆走中!一見美しい絵本が子どもを追い詰めるワケ
Mr.ベイビーマン評
子どもの語り(胎内記憶)を利用して、反ワクチンの主張を絵本で展開するという倫理観のバグに、まずはのけぞる。謎の「スーパーベイビー設定」は、「いま、この世の中がワクチンでおかしなことになっているから、それを救う使命がある!」という意図があるように思えてならない。

赤ちゃんへの定期接種に忌避感がある人、胎内記憶界隈、そしてのぶみ氏の熱狂的なファン――。それ以外の一般的な層が何かのきっかけでこの本を読んだとして、「なるほど、じゃあワクチンを打たせるのをやめておこう」となるだろうか。いや、そうはならんだろ。

思えばこの著者は、「暴走族の総長で33回の逮捕歴がある」という虚偽の経歴にはじまり、「親が死んだら困るだろう?」と子どもを恐怖で脅す作品『ママがおばけになっちゃった!』(講談社)や、母親の自己犠牲を過剰に美化した歌詞『あたしおかあさんだから』など、これまでも強烈なインパクトを残してきた。

しかしここへ来てますます、健康被害や命のリスクに直結しかねない方向へと、爆走しているように見える。

実際、同書のAmazonの低評価レビューに目を向けると、並んでいるのは子どもの健康や命を心配する切実な声ばかりだ。ただ、このワクチンに関する医療デマの危険性については、おそらくすでに他の多くのメディアが検証記事を出していると思われる。

そこでここでは、医療デマ以外の視点――この本が孕む「もう一つの根深い問題」について触れておきたい。


のぶみの主張に登場する「胎内記憶」とは

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Mr.ベイビーマン評
もともと「胎内記憶」とは、胎児期の記憶のことだった。お腹の中で脳や聴覚が完成すると、胎児には外の音が聞こえるようになる。そのときに聴いた声や音が、生まれてからも記憶に残る――という類の話である。

現代の「胎教」も、こうした医学的事実をベースにしているものが多いだろう。それくらいの話であれば、胎児期からの「親子のコミュニケーション」として捉えることができる。

しかし、受け入れがたくなっていくのはここから。最近の胎内記憶では、「前世」や「魂として空の上の世界で過ごしていた」という、スピリチュアルな話がメインになっている。「お母さんを選んで生まれてきた」という話は、だいたいこの文脈で使われる。

美しさと裏腹の闇

本書でも、主人公「Mr.ベイビーマン」が空の上から母親の人生を見てきたとして、こう語りかける。

「だれよりもがんばってるの ばぶたんがいちばんしってるよぉー!!」
「ママをくるしませるためにうまれたんじゃないよ」
「ママは せかいいち すばらしい」

胎内記憶界隈では「子どもは皆ママを幸せにするために生まれてくる」という言説が標準設定だが、このフレーズは美しく感動的に見えながら、実態は子どもに親の心のケアを強いる「残酷な呪縛」になりかねないように思える。

そもそも胎内記憶の多くは、親による誘導尋問が生み出したものという疑惑もある。親の望むエピソードに合わせようとするうちに、子どものなかで「偽の記憶」が作られていくリスクもありそうだ。

大人の都合に振り回される子ども

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のぶみ氏は本編やあとがきで「6歳くらいまで、ママと赤ちゃんは一つ」と強調する。この点からは、親子間の境界線がもつれ、共依存を引き起こす原因になる可能性も頭をよぎる。

「胎内記憶がある特別な子」として、わが子をトロフィーのように扱い、イベントなどに連れ回す光景はこの界隈の典型例だが、そこにあるのは子どもの意思ではなく、大人の都合だけでは。


実際、スピリチュアル活動にいそしむ大人たちに囲まれて育ったある女性は、言葉のつたなかった幼少期に「この子の魂はこう言っている」と勝手に気持ちを代弁されつづけた過去をふり返り、「思ってもいないことを自分の気持ちとして話されて、本当に嫌だった」と語っていた。

子どもが空想(あるいは本当の記憶)を話し、それを親が家庭内でやさしく受け止める。そんなほほえましい「親子のコミュニケーション」で終われば何の問題もない話を、ビジネスやイベントとして「外部へ広める」からこそ、さまざまな弊害が発生する。

しかしこの手のビジネスには度々批判が噴出する一方で、熱狂的なファンが根強く存在するのも事実。「敵が多いほど、内部の結束がさらに固くなる」という、閉鎖的なコミュニティによく見られる特有の現象だと言えるだろう。

大人が求める「感動のシナリオ」を子どもに演じさせる環境は、子どもの主体性を奪い、親の愛を「条件付き」のものへと変質させる。子どもが発する都合のいい言葉を利用してスピリチュアルビジネスが成立している現状は、子どもの発達において極めて不健全な状況だと言える。

「ママを選んで生まれてきた」が孕む残酷さ

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Mr.ベイビーマン評
さらに深刻なのは、「親を選んで生まれてきた」という言説。このロジックには、裏を返せば家庭環境の悪さや逆境をすべて子どもの「自己責任」にしてしまう残酷さが含まれる。

それと同時に、「運命」という耳当たりのよい言葉で現実がマスキングされることで、子どもに必要な医療や福祉、行政のサポートへつながる機会を遠ざけるケースも少なくないだろう。

大人が不快感を覚える例も多い。たとえば療育の現場。外野から「障害のある子を育てられる強い人だから、あなたが親として選ばれた」といったスピリチュアルトークで美化されて、うんざりしていると話す親は多い。


「母親がのぶみに心酔」30代女性のケース

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Mr.ベイビーマン評
「親の風変わりな趣味」という範疇を超え、実際の親子関係を修復不可能なほど悪化させるケースも紹介しよう。

筆者のもとに、そのリアルな葛藤を寄せてくれたのは、30代の会社員・心美さん(仮名)だ。彼女の実母は、長年看護師として病院に勤務したのち、現在は福祉分野のNPOに再雇用されて働いている。

「母がのぶみ氏のファンだと知ったのは、帰省した際の実家のテレビでした。YouTubeの視聴履歴に表示されたサムネイルを見て、嫌な予感がしたんです」

家族の趣味嗜好がデバイス経由で漏れてしまう現代ならではの光景だが、その対象がのぶみ氏であったことが断絶のはじまりだった。

「その後、実際にのぶみ氏の動画を観ている母を目撃し、決定的になりました。一体どんな内容なのかと一緒に観賞すると、氏が『子どもたちが水にまつわる胎内記憶を話している。これから水害が起こる予言だ!』と煽っていました。

もし子どもに水の記憶があったとしても、それはお腹の中で羊水に浸かっていたからでは……。ドン引きしました」

しかし、母親は完全に心酔している様子だったという。

「看護師や教員の免許を持ち、それなりの高等教育を受けてきたはずの母が、なぜこんな根拠のない意味不明な言説を信じてしまうのか。母のこれまでのキャリアや取得してきた資格は何だったのかと、本当に恥ずかしく、正直失望してしまいました」

「もはや軽蔑に近い感情」

死を日常的に意識する医療従事者が、スピリチュアリティに救いを求めること自体は決してめずらしくない。しかし、のぶみ氏の手法は、子どもの無邪気な空想や語りを大人の都合でねじ曲げ、陰謀論や恐怖の煽りに利用している。そこには明らかな倫理観のバグが見て取れる。


「実は私が小さかったころ、母に『お水でぷかぷか浮いていた』と胎内記憶のような話をしていたらしいんです。その思い出も利用されたようで嫌でした。

母には反ワクチンの傾向もあり、かつて私はHPVワクチンの接種を『副反応が心配だから』と止められ、適切な時期を逃してしまいました。その上でさらに母がこうした反ワクチンや陰謀論に迎合していく姿を見て、失望と怒りを通り越し、もはや軽蔑に近い感情を抱くようになりました」

反感の言葉を口にしたため、母はのぶみ氏動画の視聴を隠すようになり、心美さんは心の距離が決定的になったという。

子どもを利用しているのは誰か

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Mr.ベイビーマン評
「子どもはママを幸せにするために、お空の上から選んで生まれてきた」――。

一見、育児に疲れた親の心を癒やす美しいファンタジーに見えるこの言葉は、ビジネスの道具として消費された瞬間、子どもに対する「精神的搾取」へと変質する。

子ども自身の純粋な空想や他愛のない語りが、大人の都合の良い話に歪められ、あげくの果てには陰謀論や災害の予言、さらには反医療的なプロパガンダにまで利用されている。

医療や教育の専門知識を持つ親でさえ、コミュニティの熱狂の中で思考を麻痺させられ、その結果、子どもは幼くして親の「心のケア」を強いる呪縛に囚われ、成人後も深い失望や親子関係の破綻という重い代償を払いつづけることになる。

サラッとカジュアルに書いてあるように見える『Mr.ベイビーマン』だが、周辺、背景にはこれだけの問題が詰まっている。気軽に人に勧めていい絵本ではないだろう。

<取材・文/山田ノジル>

【山田ノジル】
自然派、○○ヒーリング、マルチ商法、フェムケア、妊活、〇〇育児。だいたいそんな感じのキーワード周辺に漂う、科学的根拠のない謎物件をウォッチング中。
長年女性向けの美容健康情報を取材し、そこへ潜む「トンデモ」の存在を実感。愛とツッコミ精神を交え、斬り込んでいる。2018年、当連載をベースにした著書『呪われ女子に、なっていませんか?』(KKベストセラーズ)を発売。twitter:@YamadaNojiru
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