令和8年4月27日
国立大学法人福井大学

本研究成果のポイント

◆アレルギー性鼻炎マウスモデルにリゾホスファチジン酸(LPA)(注1)を投与すると、血管透過性(注2)の亢進と血管拡張が同時に抑えられることを発見した

◆LPAが血管内皮細胞(注3)のLPAR4(注4)に作用し、血管の異常化を抑制することで症状を改善することを見いだした

◆免疫応答ではなく血管異常をターゲットとする新しい治療アプローチの可能性が示された

 

概要

国立大学法人福井大学医学系部門血管統御学分野の木戸屋浩康教授、清水杏奈大学院生、耳鼻咽喉科・頭頸部外科学の藤枝重治教授らの研究グループは、アレルギー性鼻炎のマウスモデルを用いて、脂質分子であるリゾホスファチジン酸(LPA)の投与により鼻粘膜の血管の漏れや拡張が抑えられ症状が改善することを発見しました(図1)。また、LPA処置によるアレルギー性鼻炎の症状の改善作用が、血管機能の異常化の抑制によることを世界で初めて実証しました。
これまでのアレルギー性鼻炎治療は主に免疫反応を標的としてきましたが、本研究は血管の異常化に着目した新しい治療アプローチの可能性を示すものです。本研究成果は、令和8年4月に国際学術誌「Allergology International」に掲載されました。

 

〈研究の背景と経緯〉

 アレルギー性鼻炎は、くしゃみ、鼻水、鼻づまりを主症状とする疾患で、日本人の約40%が罹患しているといわれています。これまでの研究では、アレルギー性鼻炎の病態は主に免疫反応(IgE抗体産生、ヒスタミン放出、好酸球浸潤など)に焦点が当てられ、現在の治療も抗ヒスタミン薬や抗ロイコトリエン薬など、主に炎症性メディエーターを標的としたものが中心でした。

 一方で、アレルギー性鼻炎の症状発現には、血管の透過性亢進(血管から組織への血液成分の漏出)と血管拡張が重要な役割を果たしていることが知られていました。血管透過性の亢進は鼻粘膜の浮腫(むくみ)を引き起こし、血管拡張とともに鼻づまりの主要な原因となります。ところが、これらの血管異常に直接働きかける治療法はほとんど確立されていませんでした。

 リゾホスファチジン酸(LPA)は、細胞膜を構成するリン脂質の一種で、6種類のLPA受容体(LPAR1-6)を介して様々な生理作用を発揮します。近年の研究で、LPAR4という受容体が血管内皮細胞に多く発現し、血管のバリア機能を安定化させることが報告されていましたが、アレルギー性疾患における役割は不明でした。

 

〈研究の内容〉

 本研究では、ブタクサ花粉を用いたマウスのアレルギー性鼻炎モデルを用いてLPAの効果を詳細に解析しました。アレルギー性鼻炎を発症させたマウスにLPAを投与したところ、くしゃみの回数が顕著に減少し、鼻粘膜への好酸球浸潤も有意に抑制されました。さらに、エバンスブルー色素を用いた血管透過性の評価実験では、LPA投与により血管からの色素漏出が著しく低下し、血管透過性の亢進が抑制されることが明らかになりました。
免疫蛍光染色による血管の観察では、アレルギー反応により拡張する血管がLPA投与により正常な太さを維持していることも確認されました。その一方で、血清中のIgE抗体の量には変化がありませんでした。このことは、LPAが免疫反応そのものを抑制するのではなく、血管機能を直接改善することで症状を軽減していることを示唆しています。

 LPAの作用メカニズムをより詳しく理解するため、マウス血管内皮細胞を用いた培養実験を行いました。ヒスタミンは、アレルギー反応で放出される代表的な化学伝達物質ですが、血管内皮細胞に作用すると細胞間の接着を緩めて透過性を亢進させることが知られています。本研究では、ヒスタミンを添加する前にLPAで細胞を処理しておくと、細胞間の接着が維持されることを見出しました。この保護効果がLPAR4を介したものであることを確認するため、siRNAという技術を用いてLPAR4の発現を低下させる実験を行ったところ、LPAによる血管バリア保護効果が消失しました。この結果は、LPAR4が血管内皮細胞のバリア機能維持に必須の役割を果たしていることを実証するものです。

 分子レベルでの変化を理解するため、鼻粘膜から血管内皮細胞を抽出し、RNA-seq解析(注5)による網羅的な遺伝子発現解析を実施しました。フローサイトメトリーという手法で血管内皮細胞のマーカーであるCD31陽性かつ血球のマーカーであるCD45陰性の細胞を選別し、RNA配列解析を行った結果、LPA投与によりIL-4/IL-13シグナル伝達経路(注6)に関連する遺伝子群の発現が正常化されることが明らかになりました。IL-4とIL-13はアレルギー反応において中心的な役割を果たすサイトカインであり、これらのシグナル伝達経路の正常化は、組織レベルでの炎症反応の軽減につながると考えられます。また、血小板活性化に関連する遺伝子や細胞接着分子の発現も調節されており、LPAが血管内皮細胞において包括的な遺伝子発現制御を行うことで、血管機能の正常化と炎症の抑制を実現していることが示唆されました。


 

〈今後の展開〉

 本研究により、アレルギー性鼻炎の治療において「血管異常の正常化」という新しい治療戦略が示されました。現在の抗ヒスタミン薬や抗ロイコトリエン薬は主に炎症性メディエーターを標的としていますが、これらの薬剤では十分な効果が得られない難治性の症例も存在します。本研究で示されたLPA-LPAR4を介した血管安定化のアプローチは、既存治療とは異なるメカニズムで作用するため、新しい治療選択肢となる可能性があります。特に、血管透過性亢進と血管拡張の両方に同時に作用できる点が特徴的です。

今後の課題として、以下の点が挙げられます:

1) 臨床応用に向けた点鼻製剤の開発と最適な投与方法の確立

2) LPAR4選択的アゴニスト(受容体を活性化する薬剤)の開発

3) ヒトでの有効性と安全性の検証

 本研究は、血管生物学とアレルギー学を融合した新しいアプローチであり、アレルギー性疾患の病態理解と治療法開発に新たな視点を提供するものです。

 

〈参考図〉

図1:

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202604278185-O4-DZkX4TH8

アレルギー性鼻炎マウスの鼻粘膜血管において、未処理群では血管の拡張と内皮細胞間隙の増大により血管透過性が亢進します。一方で、LPA(リゾホスファチジン酸)投与により血管径および内皮細胞同士の結合が維持され、血管透過性は正常に保たれることが分かりました。

 

 

図2:

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202604278185-O5-4v9Xig26

アレルギー性鼻炎のマウスにLPAを投与したところ、炎症によって広がっていた鼻の血管が正常なサイズに縮小しました。(A)血管内皮細胞のマーカーであるエンドムチンを免疫染色した鼻腔内血管の顕微鏡画像(左:未処置群、右:LPA投与群)。赤く染まった部分が血管で、LPAの投与によって血管が細くなっていることが視覚的に確認できます。(B)血管の太さを数値で比較したグラフ。LPA投与群では統計的に有意な血管径の縮小効果が確認され、アレルギー性鼻炎の症状の改善につながる新しい治療法の可能性を示しています。


 

〈用語解説〉

(注1) リゾホスファチジン酸(LPA)

細胞膜を構成するリン脂質の一種。血小板や様々な細胞から産生され、6種類のLPA受容体(LPAR1-6)を介して多様な生理作用を発揮する生理活性脂質。血管新生、創傷治癒、神経発達など、多くの生命現象に関与している。

(注2) 血管透過性

血管壁を通して血液成分が組織へ移動する性質。通常は厳密に制御されているが、炎症やアレルギー反応により亢進すると、血漿タンパクや白血球が血管から組織に漏出し、浮腫(むくみ)や炎症の悪化を引き起こす。

(注3) 血管内皮細胞

血管の内側を覆う細胞。血液と組織の境界を形成し、物質の透過性を調節する重要な役割を持つ。細胞間の接着構造(VE-カドヘリンなど)により、バリア機能を維持している。

(注4) LPAR4受容体

LPA受容体のサブタイプの一つ。特に血管内皮細胞に多く発現しており、血管バリア機能の維持に重要な役割を果たす。

(注5) RNA-seq解析

細胞内の全てのRNA分子を網羅的に解析する手法。どの遺伝子がどの程度発現しているかを定量的に評価でき、細胞の状態や薬剤の効果を分子レベルで理解することができる。


(注6) IL-4/IL-13シグナル伝達

インターロイキン-4(IL-4)とインターロイキン-13(IL-13)という炎症性サイトカインによる細胞内情報伝達。アレルギー反応において中心的な役割を果たし、IgE産生促進、好酸球の活性化、粘液分泌亢進などを引き起こす。

 

〈論文タイトル〉

"Lysophosphatidic Acid Mitigates Vascular Permeability and Allergic Rhinitis in Mice"

(日本語タイトル:「リゾホスファチジン酸が血管透過性を抑制しアレルギー性鼻炎を改善する」)

 

〈著者〉

Anna Shimizu, Yumiko Hayashi, Naoi Hosoe, Kazuhiro Takara, Lamri Lynda, Ryozo Ishida, Yukinori Kato, Shigeharu Fujieda, and Hiroyasu Kidoya

 

清水 杏奈(福井大学 医学系部門医学領域 血管統御学/耳鼻咽喉科・頭頸部外科学 大学院生)

林 弓美子(福井大学 医学系部門医学領域 血管統御学 助教)

細江 尚唯(福井大学 医学系部門医学領域 血管統御学 大学院生)

高良 和宏(福井大学 医学系部門医学領域 血管統御学 助教)

ラムリ・リンダ(福井大学 医学系部門医学領域 血管統御学 助教)

石田 凌三(福井大学 医学系部門医学領域 血管統御学 学部生)

加藤 幸宣(福井大学 医学系部門医学領域 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学 助教)

藤枝 重治(福井大学 医学系部門医学領域 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学 教授)

木戸屋 浩康(福井大学 医学系部門医学領域 血管統御学 教授)

 

〈発表雑誌〉

雑誌名「Allergology International」(アレルゴロジー インターナショナル)

(2026年4月25日に掲載)

アブストラクトURL:

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1323893026000419

DOI番号:10.1016/j.alit.2026.03.005

 
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