高橋秀樹[放送作家]

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萩本欽一インタビュー・その⑦はこちら

 「僕のような浅草育ちの芸人にはね、『絶対やっちゃだめ』って叩き込まれることが二つある」

大将(萩本欽一)が言う。

 「一つは『コケる』。
一人でこけたりしたら、後で鼻血がでるほど先輩から殴られる」

大将は、鼻血がでるほど殴られる、という言葉を何度も繰り返した。

 「『コケる』とね、そんなこけ方する奴はどこにいるんだよって。笑いのためのコケてる、笑いにウソはいらないんだって。“一同コケる”なんてのは絶対に浅草ではない」
 「『コケる』と目立つよね、浅草の軽演劇はみんなのチームプレーで成り立ってる、だから、コケちゃいけないいんだ」
 「それからやっちゃいけないのは、人と同じことをやること」
 「当時の浅草にはね、佐山俊二さんて言う怖い先輩がいた。みんな佐山さんに『おはようございます』って挨拶する」
 「ところが、二人だけ、モゴモゴってなって、きちんと挨拶できない人がいた」
 「渥美清さんと、東八郎さん」
 「佐山さんが、二人に、ちゃんと挨拶しろって怒った」
 「そしたら、渥美さんはわざと口跡をはっきりさせてね」
 『オ・ハ・ヨ・ウ・ゴ・ザ・イ・マ・ス。ア・ツ・ミ・キ・ヨ・シ・デ・ス。

 「ってやった。最初は嫌味でやったんだろうね、でも、それが渥美さんの芸風になっちゃった。寅さん、すごく口跡がはっきりしてるでしょ」
 「それで、東さんは困った。人と、おんなじことはやっちゃいけないから、で、逆にした」
 『オハ@☂※&#◓♨⌘ス』
 「何を言ってるかわからないやつ。それも東さんの芸風になちゃったよね、東さんの与太郎」

貴重な芸風誕生の証言。僕はぐりぐりとノートのメモを線で囲う。


 「人と、おんなじことはやっちゃいけないってのは挨拶でもそのくらい厳しいんだから、舞台の上ではもっと厳しい」
 「僕(萩本欽一)はそれが染みついているから、人と、おんなじことはやんないんじゃなくて、やっちゃいけないと思ってる」

なるほど、と思ったが僕は、ふと、疑問がわいたので、聞いてみる。

 「渥美さんは寅さんで障子戸を使って見事なコケをやってましたけど」
 「それは、芝居のコケでしょ。ただ、『コケる』じゃないでしょ。流れの中のコケ、それはいいの。流れにはいっているから、見る人は、ああこういう人いるなって思う、ウソじゃないもの」
 「何度も言うけど、笑いではウソはだめなの。あり得ないことはだめ、ああ、そんなことする人が世の中に5人くらいいるかもしれない。
そこで止める」

僕は、大将が一人で演ったコントを思い出す。

喫茶店。大将の前にコーヒーが運ばれてくる。コーヒーにミルクを入れる大将。ミルクがコーヒーの中で、渦巻くように動くので、それを見て大将、目を回して倒れてしまう。渦巻くコーヒーの画をカメラが撮るわけではない。
大将がそれをすべて目と体で演じる。

 「大将、あれすごくおもしろかったけど、そんなやついるわけ無いって瞬間的に思ったけど、おもしろかったのは、こういうやつが世の中には5人くらいいるかもしれないって僕が思ったからなんですね」

と独り合点していると、大将は頷いている。

 「でも。こういう浅草の動きのコントって、大人用なんだよ、テレビはそれだけじゃダメ。子供も見てるんだから」
 「子供用って、どんなのですか」
 「聞いちゃダメ」

とは言われているが、ここは是非聞きたい。僕が身を乗り出したのが大将にわかっただろうか。
(つづく)

(その⑨につづく)

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