【増田俊也 口述クロニクル「茶の間を変えたコメディアン 欽ちゃんのぜ~んぶ話しちゃう!」】


 作家・増田俊也氏による連載、各界レジェンドの生涯を聞きながら一代記を紡ぐ口述クロニクル。待望の第2弾は、「視聴率100%男」として昭和のテレビ界を席巻したコメディアンの萩本欽一氏です。


  ◇  ◇  ◇


増田「制作費が高騰して、スポンサーの顔色をうかがってるうちに、テレビがつまらなくなってしまったと」


萩本「だから今見てごらん、たくさんの人(出演者)が出る。私の場合はもう本当に新人ばかり使ってました。新人3人以上、私と新人、以上!っていう感じでやった。今それないでしょ。あるレベル以上のタレントばかり大量に使ってる」


増田「確かに今のテレビっていうのは、タレントさんも含めて、ひな壇というんですか、すごく大人数が出てくるっていうのが多いですよね」


萩本「そう。言葉をセレクトして“間”(ま)をぜんぶ飛ばしちゃってる。有名なタレントをずらりと並べて延々話させて、番組時間の2倍の時間撮る。そして編集で“間”を削って、それをつなげる。そしたら間がないでしょ」


増田「バリ取り*──編集用語で活字の世界でもいいますけど、無駄な間の部分──そのバリを取ればいいというもんじゃないんですね」


※バリ取り(ばりとり):本来は金属・樹脂・木材などを加工した際に切断面や穴の縁に残るバリ(不要な突起やささくれ)を取り除く作業を指す。転じて映像編集や音声編集での無駄な部分を削っていく作業をいう。


萩本「そうそう」


増田「今のテレビというのはいろんな人をたくさん出して、みんなしゃべらせてバリを取って凝縮して番組ができちゃうと」


萩本「そうなんです。それがだめよ、もう」


増田「最近、YouTubeでコント55号を見直したんですよ。

いま見てみると面白いのは何かというと、やっぱり〝間〟が面白いんですよね」


萩本「そうですよ」


増田「萩本さんのアドリブに坂上二郎さんが『うっ』ってなって考えたり、逆に萩本さんが『ええっと、あのね』と考えたり、そうその“間”のときに見てる方も何を言おうかって考えちゃう。何て言うんだろうって」


萩本「そうです」


増田「その“間”が今ないですよね」


萩本「いわゆる間抜けですよ」


増田「高いタレントばかり使って2倍の時間撮影して、ぜんぶバリ取り、つまり間を削って番組作れば、しゃべる言葉が全部大砲みたいにどっかんどっかんになっていく」



「欽ドン! も最初は自分でお金を出した」

萩本「そうそう」


増田「それはやっぱりスポンサーさんがついて、お金が高く、高額をもらってるから、それに対する答えとしていっぱい人を集めて」


萩本「そうです」


増田「ある種、豪華に見せるというか、しっかりとしたものを作らないといけないっていう方に意識が行くっていう」


萩本「そう。僕の時代も、もちろんゲストとか、やっぱり有名人出ないとスポンサー誰もつかない。だけどそういう有名人が何人も出るとね、面白いものが作れないですよ。みんなそれぞれの意見があるし、その人たちの気分を考えなくちゃいけないから、番組どころじゃないですよ。ですから、そうじゃないんじゃないのっていうんで」


増田「その考えが『9階のハギモトさん!』にもつながってるわけですね」


萩本「そう。だから、スポンサーからお金をもらわないシステムで番組をやろうと思って。ですから、昔やったのと同じ。『欽ドン!』始めたときも最初は自分でお金出して、で、それからスポンサーがついたっていう。『欽どこ』もスポンサーがいないんで、自分で歩いて。電話して」


増田「僕たちみたいな一般のファンからすると、もう最初から大々的に打ち上げ花火があって、ワーッと始まったのかなと思ったら、よく聞いてみると、そうやって企画から始まって、自分ですごいお金出すというところから始まって、常田さんとかいろんな人がこう」


萩本「そうですね」


増田「手を貸してくれて育ってきたんですね」


萩本「ですから、例えば人間って、生まれてきてから育てるでしょ? テレビは本来、逆なの。お米と一緒で種から稲に育てて、実が生まれる。

育てて、生むの。でも、今のテレビは生まれてもいないものもスポンサーからお金を取る。それ、おかしい。育つ前にスポンサーがつくじゃないですか。まずスポンサーがありきっていう」


増田「それによる弊害があると」


萩本「そうだよ。やっぱり有名人に、ああしてほしい、こうしてほしいなんて、とてもじゃないけど、私ごときは言えないし、ディレクターも言わないし。だから何作りたいったって、うーん『何をやりたいですか?』って先に聞くのが変なのよ」


つづく =火・木曜公開)


▽はぎもと・きんいち 1941年、東京都生まれ。高校卒業後、浅草での修行を経て、66年にコント55号を結成。故・坂上二郎さんとのコンビで一世を風靡した。その後、タレント、司会者としてテレビ界を席巻し、80年代には週3本の冠番組の視聴率がすべて30%を超え、「視聴率100%男」の異名をとった。社会人野球「茨城ゴールデンゴールズ」の初代監督、2015年には73歳で駒澤大学仏教学部に入学するなど挑戦を続け、25年10月にスタートしたBS日テレ「9階のハギモトさん!」は今年4月からSEASON3に突入した。


▽ますだ・としなり 1965年、愛知県生まれ。

小説家。北海道大学中退。中日新聞社時代の2006年「シャトゥーン ヒグマの森」でこのミステリーがすごい!大賞優秀賞を受賞してデビュー。12年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅壮一賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞。3月に上梓した「警察官の心臓」(講談社)が発売中。現在、拓殖大学客員教授。


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