財務諸表の“見える化”を義務づけ

2024年から財務諸表を公表しなければならない

2022年6月に発表された政府の「骨太の方針」で、介護事業所の財務諸表の“見える化”が議題として明記されていました。

これを受けて、同年11月に社会保障審議会で議論され、反対意見などが出なかったことから2024年に実施される公算が高まりました。

財務諸表とは、事業所の資産状況を示す「貸借対照表」、収益・損失を示す「損益計算書」(社会福祉法人等では「事業活動計算書」)、お金の動きを記載する「キャッシュフロー計算書」(社会福祉法人等では「資金収支計算書」)などを指します。

財務諸表の“見える化”の目的は、介護事業者の経営実態をより正確に把握する点にあります。これまでも厚労省では3年に一度『介護事業経営実態調査』を行って経営実態の把握に努めてきました。

しかし、この調査はあくまで回答を得られた事業所だけに限られたサンプルデータです。直近に行われた『令和2年度介護事業経営実態調査』では、調査対象となる3万1,773施設のうち、有効回答が得られたのは1万4,376施設で、全体の45.2%でした。

介護事業所の経営状況が"見える化"することで何が変わる!?介...の画像はこちら >>
出典:『令和2年度介護事業経営実態調査結果の概要』(厚生労働省)を基に作成 2022年12月27日更新

こうしたデータは、政策を決定する際に非常に重要なデータになります。

介護報酬を介護職員の給与にどれだけ反映するかといった課題のほか、給付金や支援金などを本当に必要としている事業所に行き届くようにするためには、サンプルデータではなく、正確な数値の把握が望ましいからです。

介護サービス情報公表システムがつくられる

今回の見える化では、厚労省などが把握できるだけでなく、利用者も閲覧できる「介護サービス情報公表システム」の開発も視野に入れられています。

こうしたシステムは、すでに医療分野では導入されており、医療機関ごとに公表された財務諸表を閲覧できるようになっています。

経営状況が詳細にわかれば、お金の動きなどがわかりやすくなるため、どのサービスに力を入れているのかなどを把握しやすくなります。そのため、利用者が事業所を利用する際の参考にもなります。

また、「介護サービス情報公表システム」では、従業員一人当たりの賃金なども明記してはどうかという提案も上がっています。もし実現すれば、介護職を目指す求職者にとっても大きなメリットになります。

介護事業者の対応はどうなる?

決算が厳格化される

一方、"見える化"によって懸念されるのが介護事業者の事務負担です。財務諸表の提出を義務づけされると、税務署に提出する決算書だけではなく、国が指定している「会計の区分」に従った書類を提出する必要があります。

「会計の区分」とは国が定めた運営基準のひとつで、主に次の2点を守らなくてはなりません。

  • 経理を事業所ごとに区分する
  • 経理を居宅介護事業(ケアマネジメント)と、それ以外の事業とに区分する

同一法人で複数のサービスを提供している場合、法人として決算するのではなく、各サービスの拠点ごとに会計を分けることになります。

例えば、ある法人で居宅介護事業と訪問介護を提供している場合は、居宅介護事業での決算と訪問介護の決算をそれぞれつくらなくてはなりません。

仮に法人全体で決算していたとすると、居宅介護で赤字を計上していても、訪問介護が大幅な黒字だった場合は、赤字分が相殺されて純利益を上げていると計上されます。しかし、今回の見える化では、こうした決算の方法ができなくなるのです。

中小の介護事業所では対応していないケースも多い

実は、こうしたルールはこれまでも適用されていました。しかし、専門家によれば、実際には中小の介護事業者では対応していないケースも多く、今後新たに対応を求められる可能性があるといいます。

つまり、これまでルールを守っていなかった事業所は事務負担が増えるのです。

その際、「会計の区分」に沿った決算書をつくるので、会計事務所に支払う料金が多くなることも考えられます。

しかし、厚労省は立場上すでにルール化していたので、新たに事務負担が増えるとは考えていません。そのため、反対意見が出るわけもなく、見える化はほぼ既定路線だといえるでしょう。

背景に見え隠れする効率化と大規模化の狙い

財務省の指摘から議論が本格化した

今回、厚労省で議論が本格化した背景には、財務省による介護費用の“最適化”という狙いが見え隠れしています。

2022年4月の時点で、財務省は介護費用の抑制に向けて、介護事業の効率化が必須だと指摘し、事業所に対する介護報酬の支払いを適正化する必要性を訴えていました。

経営実態が不透明だと、介護報酬がどのような目的で使用されているのか細かい部分を把握するのが困難になります。

そこで財務省は、効率的な経営と透明性の高い大規模な事業所を増やすことの重要性を強調。厚労省も以前から介護事業所の大規模化を図っており、今回の見える化はこうした取り組みの一環だとも考えられます。

つまり、今回の見える化を契機に中小の介護経営の実態を把握して、より生産性の高い事業所に対して介護報酬を相対的に高めるのではないかとも考えられるのです。

都市部と地方部との稼働率なども考慮に入れるべき

大規模事業者は平均収支も高く、透明性の高い決算で経営実態も安定しています。

なぜなら、利用者が増えれば増えるほど介護報酬は大きくなるからです。しかも、介護報酬は国の基準を満たせば必ず既定の金額が事業者に支払われるため、非常に安定した事業でもあります。

例えば、通所介護事業所の場合、月別の利用者数がのべ600人を超えている事業者から平均収支率を上回ることが明らかになっています。

介護事業所の経営状況が"見える化"することで何が変わる!?介護事業所への負担は?
規模別の収支状況(通所介護)
出典:『令和2年度介護事業経営実態調査』(厚生労働省)を基に作成 2022年12月27日更新

こうした大規模な介護事業所は都市部に多く、地方部では中小が多い傾向があります。そのため、地方部における介護事業所は見える化と大規模化によって苦境に陥るかもしれません。

財務省は全体のデータをエビデンスとして提案していますが、仮に見える化されたデータで介護報酬などに影響を及ぼすのであれば、地域差を考慮するなどの慎重な議論が必要になります。