「SPARKLE」の 圧倒的なギターのカッティング
とても丁寧に作られたアルバムだ。それは誰もがはっきりと感じるところではなかろうか。本作『FOR YOU』には以下のような制作背景があるという。[1980年、シングル「RIDE ON TIME」がヒットし、その秋に出た同名のアルバムもソロ4年目にして初のナンバー・ワンとなり、(中略)ヒットが出たおかげでレコーディングを取り巻く環境も大きく変わり、1970年代には1枚のアルバム用に十数曲レコーディングさせてもらえるのがやっとだったのが、1981年にニュー・アルバムのためにレコーディングした曲は全部で27。
優れたアルバムというのはやはりオープニングから優れた楽曲が置かれているのもので、『FOR YOU』でのM1「SPARKLE」の存在感は異常なほどに(?)圧倒的だ。何と言ってもイントロから聴こえるギターのカッティングである。
今回改めて聴いてみて、個人的には“こんなテンポだったっけ?”と思ったし、意外とまったりしていると感じたところはある。単にこちらが勝手に脳内でテンポアップしていただけに過ぎないわけだが、どうしてそうなったのか、聴き進めていくうちにその理由が何となく掴めた。
竹内まりや提供曲を セルフカバーでリアレンジ
一方、M2「MUSIC BOOK」は丁寧は丁寧でも、M1とはタイプが異なる印象。M2にはストリングスがあしらわれているものの、ギター、ベース、ドラム、キーボードにホーンセクションと、楽器の構成はほぼ同じではある。それにもかかわらず…である。“そりゃあ、曲が違えば演奏も違うだろう!?”との突っ込みはごもっとも。M1に比べてM2は少しテンポも遅いし、歌のメロディーも全体に柔らかな感じではあるのでアンサンブルも変わるだろう。
M4「MORNING GLORY」は竹内まりやへの提供楽曲のセルフカバー。[自分でアレンジしたいという山下の意向に反し、L.A.でレコーディングされた。竹内のヴァージョンはいかにもAORという感じで、あまり自身の好みでなかったので、自分のイメージでアレンジして本作に収録された]ことも、ファンの間では有名なエピソードのようだ。聴き比べてみたら、確かにバックの演奏は随所随所で異なっている。明らかに違うのはイントロ。鍵盤のポップな響きに引っ張られるM4に対して、竹内まりや版は氏が言う通りAOR感があって、ほんのわずかにアーバンなのかもしれない。あと、M4はブラスの入れ方にメリハリが効いている印象もあって、溌剌というか、ポップさはM4のほうが強いように感じられる。メロディーはもちろんのこと、テンポもほぼ変わらないし、個人的にはどちらがいいとか悪いという判断はつかないけれど、他者が施した提供曲のアレンジが気に入らず自らのアルバムで改編したという行為そのものに、当時の山下達郎の確固たる自信を感じるところではある。その意味でもM4を収録したのだろう。気骨を感じる。
M6「FUTARI」は解説するのは野暮とも思えるバラードナンバー。M1ではアッパーで絶妙なグルーブを聴かせたリズム隊が6/8拍子のゆったりとしたテンポを刻んでいるところに、まさに職人芸を感じる。また、序盤からムーディに奏でられるピアノは絶品。サビで盛り上がっていく歌やコーラス、あるいはそこに追従していくストリングスとは別次元にあるかのように、終始、艶っぽいフレーズをフリーキーに弾く様子はとても魅力的だ。
歌詞もサウンドもロックな 「HEY REPORTER!」
M7「LOVELAND, ISLAND」からB面。B面のオープニングもやはり軽快で明るいほうがいいと思ったのかどうかは知らないけれど、M7はアッパーでダンサブルなナンバーとなっている。こういう陽気なリズムもまた、マルチタスク型(※たぶん使い方間違ってる)とも言える鉄壁のリズム隊の成せる業と言えるのかもしれない。陽気と言えば、歌に絡むサックスもまさに陽気さを体現しているようでとてもいい。タイトルの“ISLAND”に南国感もあるし、“山下達郎=夏”というイメージを決定づけた一曲という見方もできるだろうか。自分のような山下達郎弱者にもそのイメージは今も残っている。ただ、よくよく歌詞を見ると、夏は夏でも南国ではないことははっきりしている。
《OhLoveland/目くるめく夏の午後/誰もが木陰に逃げ込んでた/焼けつく石畳の彼方に/揺らめく逃げ水の中から》《Oh Loveland/頬に零れる汗が/乾いた道の上に落ちると/突然こんな砂漠の街が/南のオアシスに変わる》(M7「LOVELAND, ISLAND」)。
白昼夢とまではいかないけれど、舞台は都会のようだ。それでもリゾートっぽさを失わないのは流石と言うべきだろうか。
独特のファンキーさを湛えたM9「LOVE TALKIN' (Honey It's You)」もダンサブルなナンバーではある。ちょっとディスコっぽいというか、誤解を恐れずに言うのならば、ヒップホップ的でもあろうか。ループミュージックをバックに歌やギターが繰り広げられるようなタイプに近い印象がある(もしかするとすでにサンプリング元になっているのかもしれない)。間奏のギターのドライな響きもなかなか面白い。カッティングではないが、これは山下達郎本人の演奏だ。
M10「HEY REPORTER!」は本作は元より、数ある山下達郎楽曲の中でも異色と言えるナンバーではなかろうか。リズムはファンキーであって、そこで言えば、本作らしさはあると言えるものの、重いドラム、ディストーションのかかったノイジーなエレキギターが狂暴である。ハードロック寄りと言っても語弊はないかもしれない。さらに驚くのはその歌詞だ。
《ey, REPORTER!/おまえの出番さ/Hey, REPORTER!/マイクを片手に/押しかけろ/逃がすなよ/あわれなタレント共を/締めあげろ/追いかけろ/たとえ この世の果てまででも/Hey, REPORTER!》《心をこじ開けて/弱みにつけ込んで/脅して もち上げて/なんて 愉快な世の中》(M10「HEY REPORTER!」)。
忌野清志郎、あるいは桑田佳祐辺りが書いたと言ったら納得していたかもしれない辛辣な内容。山下達郎弱者にはかなり意外ではある。ファンならばよくご存じの通り、結婚前に芸能レポーターに追いかけられたところから着想を得たものだという。個人的には──これは数年前に「RIDE ON TIME」を改めて聴いた時にも感じたことだが、あまり表に出すことがない、山下達郎のロックスピリッツのようなものを垣間見れるようで、とてもいい。これはこれで、間違いなくアルバムになくてはならないものだったと思う。
アルバムのフィナーレを飾るのは、山下達郎を代表するバラードのひとつと言っていいM12「YOUR EYES」。ピアノから始まるサウンドは、氏自身の弾くエレキギターの他、アコギ、リズム隊、サックス、そしてストリングスで構成されているが、バラードにありがちな、ことさらに派手なアレンジが施されているわけではなく、ここでもまたバンドグルーブが強調されているように感じる。また、M12はM10「HEY REPORTER!」から曲調にしても何にしても真逆と言えるが、間に入っているM11「INTERLUDE B Part II」がとてもいい役割を果たしているのもポイント。ここまで触れてこなかったが、本作にはM3、M5、M8、M11に本人の多重録音による短いアカペラが、文字通りの“INTERLUDE=間奏曲”として配置されている。“曲”というよりもラジオ番組でのジングル的な感じだとも思う。M10からM12がそうであるように、楽曲をダイレクトにつなぐのではなく、緩衝材というと変だが、独特の間合いをもたせている。アルバム全体を通しての聴きやすさにひと役買っているのは間違いなかろう。
聴きやすいと言えば、最後に本作に収録タイムについて述べておきたい。この『FOR YOU』はA面が19分25秒、B面が19分45秒と、合計39分ジャスト。CDでは最長79分58秒が収録されていたということだから、その半分に満たない。日本でCDが初めて発売されたのが1982年で、レコードの売上を上回ったのが1986~1987年なので、1982年発売の『FOR YOU』がアナログ盤であったのは当然として(最初のCD化は1984年)、その収録時間のコンパクトさは注目に値するように思う。山下達郎作品にしても、のちに収録時間が1時間を超すことも珍しくなくなり、2022年の14th『SOFTLY』は通常盤CDで1時間4分12秒になった。それもまた時代の流れではあろうし、そのこと自体は全く問題ないけれど、個人的には今でも50分以下程度がアルバムとして聴きやすいと感じる。いや、今回聴いてそう改めてそう感じた。冒頭で引用したように、[1981年にニュー・アルバムのため]、すなわち『FOR YOU』用に27曲がレコーディングされたという。本作に収録されたのは(アカペラを除き)その1/3以下ということになる。まさに選りすぐりの8曲である。そのリッチさは作品にはっきりと宿っている。
TEXT:帆苅智之
アルバム『FOR YOU』
1982年発表作品
<収録曲>
1.SPARKLE
2.MUSIC BOOK
3.INTERLUDE A Part I
4.MORNING GLORY
5.INTERLUDE A Part II
6.FUTARI
7.LOVELAND, ISLAND
8.INTERLUDE B Part I – (0'16")
9.LOVE TALKIN' (Honey It's You)
10.HEY REPORTER!
11.INTERLUDE B Part II – (0'17")
12.YOUR EYES