是枝裕和監督が新作『箱の中の羊』で描くのは、“少し先の未来”を舞台にした、“夫婦”と“家族”の物語だ。子どもを亡くした夫婦が迎え入れたのは、亡き息子の姿をしたヒューマノイド。
止まっていた時間が再び動き出す中で、彼らは思いもよらない未来へと向き合っていく。

 主演は、俳優の綾瀬はるかとお笑いコンビ・千鳥の大悟。綾瀬は妻で、建築家の甲本音々(こうもと・おとね)。大悟は夫で、工務店の二代目社長、甲本健介(こうもと・けんすけ)。そして、二人の息子・甲本翔(こうもと・かける)と、その姿をしたヒューマノイドをくわ木里夢が演じる。

 今年の「第79回カンヌ国際映画祭」コンペティション部門で公式上映され、9分間のスタンディングオベーションに包まれた本作。主演の綾瀬と是枝監督に話を聞いた。

――綾瀬さんは、映画『海街diary』(2015年)以来の是枝監督作品への出演となりましたが、どんなことを感じながら撮影に向かわれていたのでしょうか。

【綾瀬】まず何より、是枝監督と久しぶりにご一緒できることが本当にうれしかったです。私が演じる音々(おとね)は、大切な存在を失った悲しみを抱えたまま、怒りや寂しさを引きずり、親との確執も抱えている人物だったので、「すごく難しい役だな」と感じていました。

 でも実際に現場に入ると、翔役の里夢くんがいて、大悟さんがいて、監督がいて……。是枝組の現場って、身構えて入るというより、自然とその空気の中に入っていける感覚があるんです。
現場もとても穏やかで、安心感がありました。だから、頭で細かく考え込むというより、その瞬間に目の前で起きていることをちゃんと感じることを大事にしていました。

――この作品の世界観をどのように受け止めていましたか?

【綾瀬】音々は、息子を失ったことで時間が止まってしまったような女性です。心を閉ざし、夫とも向き合えないままでいる。そんな中で、亡くなった息子の姿をしたヒューマノイドを迎え入れることが、夫婦にとって新しいきっかけになっていくんです。閉ざしていたものが少しずつ開いて、お互いと向き合えるようになっていく。きっかけは何であれ、人が前を向くタイミングって、本当はいろんなところにあるんじゃないかなと思いました。少し角度を変えるだけで前に進めたり、ほんの小さな出来事で変われたりすることもあるんだなって。

 一方で、“人間ではない存在”であるヒューマノイドを迎えることで、人間との違いを強く意識する瞬間も増えていきますし、新しい葛藤も生まれていきます。最初は、亡くなった息子の姿をしたヒューマノイドにどう接すればいいのか、私自身もまだ掴みきれていない感覚がありました。

 でも、撮影を重ねるうちに、里夢くんが本当にヒューマノイドのように見えてくる瞬間もあって……。「もし本当にこういう存在が現れたら、人は受け入れてしまうのかもしれない」と感じたんです。
人間とAIがこれからどう向き合っていくのか、そんな問いかけも含まれた作品になっていると思います。

――今回、綾瀬さんや大悟さんを演出する上で意識されたことは何だったのでしょうか。

【是枝】最初、この夫婦は“ヒューマノイドを受け入れる理由”も感情も全然違うんです。そこから物語が始まって、どう変わっていくのか。そのプロセスを、時間をかけて丁寧に撮っていこうと思っていました。俯瞰でその関係を見守るのが僕の仕事だったので、「この二人の感情の変化をどう撮れるか」をずっと考えていました。特に、ラストシーンの音々の表情が、観客にどう映るんだろう――そこを期待しながら撮影していました。

――綾瀬さんや大悟さんの、これまであまり見せてこなかった一面を引き出したい、という思いもあったんですか?

【是枝】大悟さんに関しては、映画初主演ということもあって、まだみんなが知らない部分をたくさん持っている方だと思っていましたし、実際、すごく意外性のある方でした。だからこそ、既存のイメージだけではない部分を、映画の中で見せられたら面白いんじゃないかと思っていました。

 一方で、綾瀬さんが演じる音々は、「妻」であり、「母」であり、「姉」であり、「娘」でもある。さらに「建築家」として仕事もしている。そういう多面的な人物として描きたいと思っていたんです。


 人って、相手との関係性によって感情の出方が変わるじゃないですか。夫に見せる顔と、母親に見せる顔では違う。その揺れや変化を、綾瀬さんがどう演じてくれるのか楽しみでした。

 特に、母親と衝突する場面と、夫とぶつかる場面ですね。綾瀬さん自身、これまであまり感情を強くぶつける芝居を前面に出してきた印象がなかったので、そこをどう丁寧に撮れるか、というのは意識していました。

【綾瀬】そうですね……。母親役の余貴美子さんと衝突するシーンは、かなり緊張感がありました。

 音々は、母親に対して、怒りだけではない、積もり積もったいろいろな感情が複雑に絡み合っていて、その複雑さが自然に出るように意識していました。

 しかも、余さん演じる母親は、音々が感情をぶつけても、どこかふわっと受け流すんですよね(笑)。聞いているのか、聞いていないのかわからない。絶妙な距離感を感じさせる。でも、それがすごくリアルで。


 一方で、ケンちゃん――大悟さんが演じた役は、最初はヒューマノイドに強い違和感を持っていて、そこから少しずつ心を開いていくんです。音々は逆で、最初は、ヒューマノイドの翔にすがるような気持ちもあって、受け入れているんです。ところが、一緒に暮らしていくうちに、“本物の翔”との違いを強く意識するようになっていく。ヒューマノイドの翔を通して、夫婦が真逆の方向へ変化していく。その対比がとても印象的でした。

――次はどんな作品をやってみたいですか?

【是枝】アクション映画。

【綾瀬】アクションですか(笑)。サスペンスとか、事件ものも面白そうですよね。一日の中の何気ない時間を淡々と描くような作品もいいなって思います。普通に生きている人たちの日常を描くような作品もやってみたいです。

【是枝】ラブストーリーもいいんじゃない?

【綾瀬】いいですね。“大人のラブストーリー”という響きに、すごく惹かれます。


――ありがとうございました。
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