核融合発電が実用化すると世界はどう変わるか。元日本原子力研究所研究員で作家の高嶋哲夫さんは「省エネと効率化で生き延びてきた日本の延長線上に、核融合と水素によって『エネルギーを提供する国」へと立場を転換する未来が見えてきている」という――。

※本稿は、高嶋哲夫『核融合発電で世界はこう変わる』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
■「エネルギーの地域格差」を解消後の世界
現在の社会構造は、エネルギーの支配構造と深く結びついています。石油や天然ガスといった化石燃料は、限られた地域に偏在しており、それを「持つ国」と「持たざる国」との間に大きな格差を生んできました。原子力発電に用いられるウランでさえも、採掘できる地域には限りがあります。
しかし、「夢のエネルギー技術」である核融合は、その構造を根本から覆(くつがえ)す力を持っています。燃料となる重水素は海水中に豊富に存在し、三重水素もリチウムから生成できるため、事実上すべての国がアクセス可能です。
いずれは世界中で適正価格で取引されるようになるでしょう。つまり「平等」につながるモノです。
さらに、核融合発電はCO2を出さず、放射性廃棄物も極めて少なく、原子力のような地政学的・安全保障上の問題も大きく軽減されます。
この「夢の技術」が実現するのは、遠い未来のはずでした。しかし、米国のスタートアップ企業CFS(コモンウェルス・フュージョン・システムズ)が、2030年代初頭に核融合発電による送電を開始する予定と発表し、一気に現実味を帯びてきたのです。
核融合によって「エネルギーにおける地域格差」が解消されたとしたら、世界はどう変わるのか。
本稿では、核融合が社会に実装され、僕たちの暮らしに不可欠なインフラとして普及した未来を想定し、そこから生じる可能性を考えます。
■20世紀以降、エネルギーは「支配の道具」へ
1.エネルギーが強力な「外交カード」ではなくなる

人類の歴史において、エネルギーは単なる資源ではありませんでした。
石炭、石油、天然ガス、そしてウランなどのエネルギーは、政治や経済、軍事と強く結びつき、国を動かす力そのものだったのです。
特に20世紀以降、エネルギーを多く産出できる国は、世界で大きな影響力を持つようになりました。石油や天然ガスを持つ国は強く、持たない国は依存せざるを得ない。エネルギーは「必要なもの」であると同時に、「支配の道具」でもありました。
たとえば、第一次世界大戦や第二次世界大戦では、石油の確保が戦争の行方を左右しました。日本が東南アジアへ進出した背景にも、石油を求める事情があり、アメリカによる対日石油禁輸は開戦の大きな引き金になりました。
冷戦時代には、ソ連が天然ガスの供給を通じて東欧諸国に影響力を持ち、21世紀に入ってからも、ロシアは天然ガスを交渉材料としてヨーロッパを牽制してきました。
2022年のロシアによるウクライナ侵攻の際も、ガス供給の停止が現実の「圧力」として使われました。
このように、エネルギーは長い間、「外交カード」の一つとして使われ、国家同士の力関係を決めてきたのです。エネルギーを持つ国に依存せざるを得ない構造が、世界の不安定さを生み続けてきました。

■エネルギーを奪い合わない世界へ
国が戦争を始めるとき、国民を納得させるための理由が必要になります。その中で最もわかりやすく、強力だったのが「資源の確保」でした。
「エネルギーが足りなければ国が立ちゆかなくなる」という理屈は、多くの人にとって説得力があったのです。
しかし、もし核融合が普及し、エネルギーが十分に行き渡るようになれば、この理由は成り立たなくなります。エネルギーが不足しない社会で、「資源のための戦争」を正当化することは難しくなります。戦争の大義そのものが弱まるのです。
さらに重要なのは、国家の自立性が高まることです。エネルギーは、食料や水、その他生活必需品、さらには通信など各種インフラと同様、国民や国家が存続するための基盤です。
それを他国に頼らずに確保できることは、国家が自分の判断で政策を決められる自由を持つということです。核融合は、各国に「エネルギーの主権」を取り戻させる技術だと言えます。
もちろん、核融合がすぐに世界中へ広がるわけではありません。技術的にも経済的にも課題は残っています。
しかし、2030年代以降に小型の商用炉が普及し始めれば、世界のエネルギー地図は確実に変わっていきます。
将来、エネルギー格差は「資源」ではなく「科学技術」の差によって生まれるかもしれません。その点で、日本のように技術力を積み上げてきた国にとって、核融合は有利に働くと考えられます。
核融合は、エネルギーの歴史だけでなく、国際関係そのものを書き換える力を持った技術なのです。
■世界に対して主導的立場に
2.日本が「エネルギー輸出国」になる
日本はこれまで、「資源小国」として国際社会の中で一定の制約を受けながら成長してきました。国内に石油や天然ガスがほとんどなく、エネルギーの多くを海外からの輸入に依存せざるを得なかったからです。
その一方で、日本はその弱点を補うように、省エネ技術や高効率な製造技術を磨き上げ、技術立国としての地位を築いてきました。
核融合が実用化され、日本がその分野で主導的な立場を確立できた場合、日本が担う役割は多くあると思います。一つは核融合炉自体を輸出する。
あるいは、重要パーツを輸出することです。この場合は、製品と共に技術者を派遣することもできるし、現地の人を育てることもできます。
また、核融合炉で作ったエネルギーを石油や天然ガスのように売ることも可能です。
この場合はエネルギーを貯蔵し、運ぶ形にしなければなりません。
現在の時点では、水素が適していると思います。いずれにしてもエネルギーに関して、「ひたすら買う立場」から世界に対して主導的立場になることができます。
■日本が強みを持つ、精密製造技術と材料開発力
日本がこの分野で有利だと考えられる理由の一つが、長年にわたって培ってきた原子力分野での経験です。
1970年代以降、日本は多数の商用原子力発電所を建設・運用してきました。その中で、原子炉製造技術、運転のノウハウ、放射線管理、冷却技術、材料の健全性評価、トラブル対応など、極めて高い運用ノウハウを蓄積してきました。
核融合と核分裂は別の技術ですが、トリチウムの取り扱いや中性子照射に耐える材料の開発など、共通する技術要素も少なくありません。これらの知見は、核融合炉を現実の装置として成立させるうえで重要な基盤になります。
さらに、日本が特に強みを持つのが、精密製造技術と材料開発力です。核融合炉では、超電導コイルに数十キロアンペアの電流を流し、ミリ秒単位で磁場を制御しながら、1億度を超えるプラズマを安定して閉じ込めなければなりません。そのため、部品の寸法や材料特性に極めて厳しい精度が求められます。
こうした分野は、日本の「精緻なモノづくり」が最も力を発揮する領域です。
たとえば京都フュージョニアリングは、ITER計画などの国際プロジェクトと連携しながら、トリチウム燃料サイクル、排熱利用技術、中性子遮蔽材料といった核融合炉の周辺技術を専門的に開発しています。
前述した通り、これらは特定の方式に依存せず、どのタイプの核融合炉にも不可欠な技術であり、すでに欧州や中東との連携も始まっています。
ここで重要なのは、日本が「理論研究」だけではなく、「商業化を見据えた実装技術」で存在感を示している点です。核融合が実験段階を越え、実際の産業になるとき、日本の役割は一気に大きくなる可能性があります。
■核融合×水素で生まれる「エネルギー輸出」
核融合炉が商用段階に入ると、日本は膨大な電力と、1000度を超える高温の熱を安定的に得ることができます。ここで注目すべきなのは、核融合が生み出す価値は「電気」だけではないという点です。
この高温の熱と電力を組み合わせることで、多様な副産物をつくることが可能になります。
その代表例が、水素の製造です。水素を用いて発電を行なったり、自動車の燃料にしたりすることができますが、現在主流となって生産されている水素は、天然ガスなどを原料とする「グレー水素」であり、製造過程で多量のCO2を排出します。
一方、太陽光、風力など再生可能エネルギーを使い、水を電気分解してつくった「グリーン水素」はクリーンですが、天候に左右されやすく、大規模・安定供給には課題があります。
核融合炉を使えば、高温の熱と大量の電力を安定的に利用できるため、高効率かつクリーンな水素製造が可能になります。しかも24時間安定して稼働できる点が大きな強みです。

この水素を液化し、専用タンカーで運ぶ方法はすでに現実のものになっています。たとえば川崎重工業は、世界初の液化水素運搬船を開発するなど、水素輸送技術で先行しています。
こうした水素輸出は、単なる外貨獲得手段にとどまりません。日本がアジアや中東、アフリカ、欧州に対してクリーンなエネルギーを提供することで、従来の「エネルギー依存を利用した外交」とは逆の、「エネルギー供給による信頼構築外交」が可能になります。
これは、日本が長年行なってきたODA(政府開発援助)を、エネルギーとインフラの分野で進化させた形とも言えるでしょう。
日本は石油危機を経験し、省エネと効率化で生き延びてきました。その延長線上に、核融合と水素によって「エネルギーを提供する国」へと立場を転換する未来が見えてきています。
これは、日本にとってまさに歴史的な構造転換だと言えます。

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高嶋 哲夫(たかしま・てつお)

作家

1949年岡山県生まれ。慶應義塾大学工学部卒業、同大学院修士課程修了。日本原子力研究所研究員となり、当時世界最高水準だった核融合実験装置JT–60の研究開発に携わる。79年、日本原子力学会技術賞受賞。だがカリフォルニア大学に留学した際に研究者としての限界を痛感し、やがて小説家に転身する。94年、「メルトダウン」で第1回小説現代推理新人賞、99年、『イントゥルーダー』で第16回サントリーミステリー大賞・読者賞をダブル受賞。著書に『M8 エムエイト』(集英社文庫)、『首都感染』(講談社文庫)、『官邸襲撃』(PHP文芸文庫)など多数。

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(作家 高嶋 哲夫)
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