JR東日本は、なぜ今、運賃値上げに踏み切ったのか。鉄道ジャーナリストの梅原淳さんは「批判の声も散見されるが、運賃改定は妥当だと考える。
それは首都圏を含む定期旅客輸送部門の収支を見るとよくわかる」という――。
■JR東の業績は絶好調なのに運賃値上げ
JR東日本は2026(令和8)年3月14日に運賃改定を実施した。
東京都心部の「山手線内」や、私鉄との競合エリアである「電車特定区間」の普通運賃や定期運賃、主要な営業路線である「幹線」区間の普通運賃や通勤定期運賃が値上げとなった。同時に割安な「山手線内」や「電車特定区間」は「幹線」に一本化されている。
平均値上げ率は普通運賃が7.8%、通勤定期運賃が12.0パーセント。山手線内や電車特定区間の通学定期運賃が4.9パーセントである。
なお、今回は幹線の通学定期運賃、そして国鉄時代に利用の少ない路線と認定された地方交通線の区間の普通運賃、通勤・通学定期運賃、さらには新幹線の特急料金などの各種料金は据え置きとなった。
JR東日本が運賃の改定を実施するのは消費税導入時や増税時などを除いて今回が初めてだ。前身の国鉄時代までさかのぼると、平均して4.8%引き上げられた1986(昭和61)年9月1日の運賃改定以来、39年6カ月ぶりの出来事となる。
JR東日本は2024(令和6)年度に鉄道事業で1兆9323億円の営業収益、1兆7261億円の営業費をそれぞれ計上し、2062億円の営業利益を挙げた。しかも、前年度となる2023(令和6)年度の損益計算書と比べると、営業収益は1兆8370億円で953億円の増、営業利益は1891億円で171億円の増と増収増益を達成している。
連結決算では利益はさらに増え、営業利益は前年度よりも316億円増の3768億円、親会社株主に帰属する当期純利益は同じく278億円増の2243億円を挙げた。
こうした状況での実施だけに、JR東日本の運賃改定に反対の意見は根強い。
■JR東で最も儲けているのは…
ただその一方で、筆者はJR東日本の運賃改定は妥当だと考える。
同社の発表した資料をもとに試算すると、首都圏を含む定期旅客輸送部門の収支があまり芳しくないと見られる。そのため、少なくとも同部門の見直しだけでも実施する必要があると考えられるからだ。
JR東日本が公表した「2025年3月期決算および2026年3月期経営戦略説明資料」の34ページに掲載された「旅客輸送量・鉄道運輸収入 実績」によると、2024年度に「定期券を利用した旅客」(以下定期旅客)から得られた鉄道運輸収入は4284億円、輸送人員に旅客1人当たりの平均乗車キロを乗じた旅客人キロは632億8400万旅客人キロであったという。1旅客人キロ当たりの鉄道運輸収入は14.23円となる。
同表には新幹線と在来線の定期旅客、それから定期券以外の乗車券を利用した旅客(以下定期外旅客)それぞれの数値が示してあった。さらに、在来線においては全体、関東圏、その他に分類されている。
それぞれについて1旅客人キロ当たりの鉄道運輸収入を求めた結果は図表1のとおりだ。
最高は「新幹線定期外旅客」の26.75円、最低は「在来線その他定期旅客」の6.00円となる。
なお、関東圏とは同社の首都圏本部、横浜支社、八王子支社、大宮支社、高崎支社、水戸支社、千葉支社の各管内の範囲でおおむね関東地方と考えてよい。
■定期利用客が赤字を生んでいる可能性
こうなると新幹線、在来線、定期旅客、定期外旅客別の収支も知りたくなる。
残念ながら、各部門の営業費をまとめた資料はJR東日本からは公表されていない。
だが一括となったものはあり、鉄道事業に関する営業費の詳細はJR東日本の「2025年3月期 決算短信」の24ページにある「4.個別財務諸表」の「(2)損益計算書」に記されている。
鉄道運輸収入という直接的な収益に対する損益を求めたいので、営業費に関しても直接経費を用いると都合がよい。ここでは運送営業費の1兆0795億円と一般管理費の2399億円との和の1兆3194億円を直接経費と見なした。
するとJR東日本全体では1旅客人キロ当たりの直接経費は10.61円だ。
大ざっぱな計算ながら、先ほど計算した1旅客人キロ当たりの鉄道運輸収入から直接経費の10.61円を引くことで、新幹線や在来線別、そしてそれぞれ定期旅客、定期外旅客別に直接的な損益が求められる。
こちらは図表2をご参照いただきたい。最高は新幹線定期外旅客の16.14円、最低は在来線その他のマイナス4.61円となる。何とマイナス、つまり赤字となっている部門は在来線関東圏の定期旅客も該当し、マイナス4.00円だ。
■赤字額2491億円(推計)という衝撃
いま試算した1旅客人キロ当たりの直接経費に実際の旅客人キロを乗じると想定される直接的な損益が求められる。その結果も表にまとめておいた。
JR東日本全体での直接的な損益は実際の数値が4494億円、試算した数値が図表では4499億円と5億円の差が生じているので、あくまでも参考値としてご覧いただきたい。

試算の結果、衝撃的な金額が求められた。
新幹線は定期旅客で49億円、定期外旅客で3376億円と合わせて3427億円の直接的な利益を計上したと見られるのに対し、在来線は全体で1072億円の直接的な利益にとどまる。定期外旅客で3552億円の直接的な利益を計上した反面、定期旅客で2481億円の直接的な損失を計上したからだ。
毎日、混雑する列車に乗って通勤、通学されている各位には誠に気の毒ながら、定期券を利用して通っている以上、あまり儲からない顧客である可能性も考えられる。
■なぜ定期旅客輸送部門が不採算になるのか
直接経費に関して補足すると、超高速で走行する新幹線とそうでない在来線とでは実際には異なると思われ、新幹線のほうがより高額なはずだ。しかし、同じ在来線の路線で定期旅客と定期外旅客とで直接経費が異なるとは考えづらい。
したがって、定期旅客についての1旅客人キロ当たりの鉄道運輸収入という確定値に生じた数値がもう少し改善されない限り、定期旅客輸送部門が不採算と見受けられる状況は変わらない。
JR東日本における在来線の定期旅客輸送部門の収支がなぜ芳しくないと考えられるのであろうか。それは、同社と同じエリアで鉄道事業を展開する大手私鉄や地下鉄と比べると通勤定期の割引率が大きいからだ。
国は大人が10キロ乗車したときの場合の普通運賃の総和と1カ月通勤定期の金額とを比較して割引率を示している。紙の切符の金額が基準だ。
JR東日本の場合、運賃改定前の山手線内、そして電車特定区間では10キロ乗車で普通運賃はともに180円、1カ月の通勤定期もともに5620円、幹線は普通運賃が200円、1カ月の通勤定期は5940円であった。

1カ月を30日と考え、1日に1往復、つまり2回乗ると普通運賃は山手線内、電車特定区間が1万800円、幹線が1万2000円。対して通勤定期は山手線内、電車特定区間が5620円、幹線が5940円であったから割引率は山手線内、電車特定区間が48.1パーセント、幹線が50.5パーセントとなる。
■東急は31.7%、JR東は50.5%
関東地方の大手私鉄の東急電鉄の場合、大人が10キロ乗車したときの普通運賃は230円で、このときの1カ月の通勤定期は9430円だ。割引率は31.7パーセントである。
地下鉄の東京メトロも見てみよう。大人が10キロ乗車したときの普通運賃は、鉄道駅バリアフリー料金の10円込みで210円だ。このときの1カ月の通勤定期の運賃は鉄道駅バリアフリー料金の370円込みで8170円となる。割引率は35.2パーセントだ。
実は今回の運賃改定後も通勤定期の割引率はほぼ変化がない。
山手線内、電車特定区間が統合された幹線では10キロ乗車したときの普通運賃が210円、1カ月の通勤定期が6240円であるので、割引率は50.5パーセントのままだ。
5割引前後という通勤定期の割引率は国鉄から引き継がれたもので、JR東日本に限らず他のJR旅客会社でも見られる。国鉄の鉄道事業は公共福祉の側面が強かったので、特に通勤定期の割引率は大きく設定されたのだ。

1970年代ごろまでは大手私鉄や地下鉄などの通勤定期の割引率も国鉄と同様であったのだが、新幹線という稼ぎ頭をもたないのでやがて経営が行き詰まってしまう。そこで、1980年代に入ると割引率の引き下げ、つまり値上げを実施していまに至る。
■値上げに対してJRの回答
以上を踏まえ、JR東日本に対して筆者は今回なぜ運賃改定を実施したのか質問し、次のとおり文書で回答を得た。
質問1
今回の運賃改定において、新幹線や在来線の特急料金の改定を行わなかった理由はなぜか。
JR東日本からの回答

新幹線特急料金を含むその他の料金は、対抗輸送機関との競争関係等を考慮し、改定は行っておりません。実際のご利用場面では、新幹線特急料金のほか乗車券(筆者注、幹線の運賃)もお買い求めいただくことから、新幹線ご利用のお客さまにもご負担いただいていることとなります。
質問2
今回の運賃改定に当たり、通勤定期運賃の改定のみにとどめず、収支が比較的良好と推察される普通運賃の改定を行った理由について教えてほしい。
JR東日本からの回答

運賃改定により、必要な資金を安定的に確保し、安全・サービスの維持向上、車両・設備の更新、バリアフリー設備の拡充や激甚化する災害への対策などを着実に進めることで、すべてのお客さまの日々を支え、これまで以上に安全で快適な輸送サービスの実現、サービス品質や利便性の向上を図っていくことから、定期運賃に限らず、すべての運賃を改定いたしました(家計負担を考慮し一部通学定期運賃は据え置き)。

以上がJR東日本からの回答である。
筆者は通勤定期運賃の「割引率の引き下げ」(値上げ)だけを実施すればよかったのではと思うのだが、今後さまざまな投資が必要となるなかですべての旅客からなるべく公平に負担してもらおうという同社の意向が感じられ、それはそれで評価したい。
■「不動産事業で資金が必要」はウソ
よくある誤解は、JR東日本が鉄道事業で営業利益が出ているのに運賃改定はけしからんというものである。
これは国が定めた運賃認可制度上、経営努力によって営業利益を増やさないと運賃を改定できる余地が生まれないからだ。

JR旅客会社の運賃と新幹線の特急料金、それから大手私鉄や地下鉄の運賃は国土交通大臣による認可制となっている。そして、運賃の改定額も総括原価方式と言って国が定めた収支計算方法に基づく範囲内でしか認められない。
加えて、運賃改定時に認められる営業費は支出額すべてではないのだ。直接経費はヤードスティック方式と言って国が決めた計算式によって求められた基準コストまでしかこれまた認めてもらえない。そのうえ、2023(令和5)年度の場合を例に取ると、営業費に占める基準コスト自体がJR旅客会社6社平均で39パーセントしかないのだ。
JR東日本の各線で2026(令和8)年1月に相次いで発生した設備のトラブルで、同社は設備に関する費用を抑えていたと批判を受けた。だが、運賃改定の場面では、国からするとJR東日本はむしろ経費削減への努力が足りないと見なされる。
国土交通省が発表した「JR旅客会社の基準単価・基準コスト等について」を見ると、2023年にJR東日本が国から認められた基準コストは6845億1800万円であった反面、実際の同社の経費は6928億2100万円であったからだ。
近年まで、災害で被害を受けた線路や設備の復旧費用を運賃改定の判断材料となるコストに算入してもらえなかった点も付け加えておきたい。
JR東日本の沿線では2000年代に入り、東日本大震災をはじめ大地震に見舞われ、同社も巨額の費用を負担して復旧に当たってきた。この費用は運賃の改定には全く考慮されていない。JR旅客会社の地方交通線が災害に遭って長期間運転見合わせとなると、復旧を断念して営業廃止となるケースが目立つのもいま挙げた理由も一因だ。
まとめると、今回JR東日本が実施した運賃改定によって得られる増収分は、同社が今後も鉄道事業を維持できる範囲内でしか認められていない。よくJR東日本は不動産事業で資金が必要なので運賃改定を実施したと、一部の識者まで発言していたが全くの誤りであることがわかるであろう。
■国が抱えた15兆円もの「長期債務」
ここまでの説明でJR東日本の運賃改定が妥当だとおわかりいただけたであろう。筆者はもう一つ理由を挙げておきたい。それは、同社が旧国鉄の長期債務を返済するためにも必要だというものである。
JRの発足後、国鉄が抱えた長期債務の返済に当たっていた日本国有鉄道清算事業団は1998(平成10)年に事実上破綻した。残された巨額(24兆98億円)の長期債務は国の一般会計に承継され、2023(令和5)年度末現在、15兆0715億円が残る。これが結果としてJR東日本への負担を大きくしている。
JR東日本だけが国鉄の長期債務を償還する義務はもちろんない。けれども、国の財布を預かる財務省の立場から見れば、同社単体の法人税等の納税額がコロナ禍前の2019(令和元)年度には536億円であったところ、コロナ禍の影響が残る2023(令和5)年度には4億円へと激減しているのが気にならないと言ったらうそになるだろう。
JR東日本には安定して利益を挙げてもらい、法人税といった国税の納税額を増やして国鉄の長期債務の償還に努めてもらわなくてはならない。そのためには運賃の改定が必須で、筆者のような大ざっぱな計算とはいえ、在来線の定期運賃の収支が芳しくないように見えるのは何としても解消してもらわなくては困るのだ。
付け加えると、JR東日本には2024年度末現在で3021億円の鉄道施設購入長期未払金が残っている。その一部は1991(平成3)年に東北新幹線上野―盛岡間と上越新幹線大宮―新潟間とを合わせて3兆1069億円で買い取った金額の残高だ。鉄道施設購入長期未払金とは、実質的には同社が償還すべき国鉄の長期債務であると言ってよい。
なお、毎年約45億円となる新幹線の購入代金の支払いは今後も2051(令和33)年まで続く。
仮にJR東日本の運賃改定に反対して安い運賃を享受していたら、同社は法人税の納税にも鉄道施設購入長期未払金の償還にもやがて行き詰まってしまう。そうなると15兆円もの国鉄の長期債務の償還に困難を来し、結果として国民に対する増税が避けられない状況に追い込まれるかもしれない。
JR東日本の運賃が値上げされずに少しばかり安い価格を維持していたとしても、結果として国民に重税が課せられるようでは、意味がないのだ。

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梅原 淳(うめはら・じゅん)

鉄道ジャーナリスト

三井銀行(現三井住友銀行)に入行後、雑誌編集の道に転じ、「鉄道ファン」編集部などで活躍。2000年からフリーに。

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(鉄道ジャーナリスト 梅原 淳)
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