企業の人事担当の中でいま、アメリカ発の「スキルベース組織」というしくみが注目されている。人材マネジメントに詳しいグローネクサス代表の小出翔さんは「日本型雇用の行き詰まりにブレイクスルーを起こすと期待される『新しい組織OS』だが、企業の成長そのものにも寄与するところが大きい」という――。
(第3回/全5回)
※本稿は、小出翔『誰もが成長し活躍する会社のしくみ』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■スキルベース組織は企業に何をもたらすか
多くの日本企業が長年採用してきた人材マネジメント手法では、いまや「新しい現実」に対応できなくなっています。
メンバーシップ型では曖昧すぎ、ジョブ型では硬直的すぎる。このジレンマを乗り越えるための第3の道、それが「スキルベース組織(Skills-based Organization)」です。
この新しいアプローチは、【企業の成長】と【個人の成長】という2つの面で、「4つのインパクト」を人材マネジメントにもたらします。本稿では「企業の成長」にもたらす2つのインパクトについて見ていきます。
■組織単位の企業運営は「もう限界」
さて、あなたの会社では、一度決めた組織構造や役割分担が、硬直化してしまっていないでしょうか。
「半期前に作成した職務記述書が、もはや現状と乖離(かいり)してしまっている」

「新しいプロジェクトを立ち上げたいが、部署間の壁があって必要な人材を集められない」

「隣の部署が何をやっているのかわからず、非効率な重複作業が発生している」
これらは、変化の激しい時代において、従来の「職務(ジョブ)」や「部署」を単位とした組織運営が限界を迎えていることを示唆しています。
■スキルは「ブロック」のように組み合わせ可能
スキルベース組織は、この硬直性を打破し、変化に強い柔軟な組織を作るための鍵となります。その核心は、組織運営の最小単位を「職務」から「スキル」へとシフトすることにあります。
これを理解するために、「玩具ブロック」を想像してみてください(図表1参照)。
従来のジョブ型組織は、すでに完成した「家」や「車」といったパッケージ(職務)を並べているようなものです。
家の形を変えたり、車の一部を改造したりするのは容易ではありません。
一方、スキルベース組織は、多種多様な形の「ブロック」(スキル)の集合体として組織を捉えます。1つひとつのブロックは、単体でも意味を持ちますが、組み合わせることで家にも、車にも、あるいはまったく新しい何かにも姿を変えることができます。
「スキル」は、「職務」よりも小さく、普遍的な単位です。たとえば、「データ分析」という職は、市場環境によってその内容は変化しますが、それを構成する「統計学の知識」「分析ツールの操作スキル」「仮説構築スキル」といったブロックは、ほかの職務でも活用できる、持ち運び可能な(ポータブルな)能力です。
■変化に応じた機動的なチーム編成
組織運営の単位を「スキル」にすることで、私たちは変化に応じて、必要なスキルを持った人材を柔軟に組み合わせ、機動的にチームを編成することができるようになります。
たとえば、ある企業でAIを活用した新しい顧客サービスを開発するというプロジェクトが立ち上がったとします。このプロジェクトには「AIアルゴリズム開発スキル」「UI/UXデザインスキル」「顧客インサイト分析スキル」「プロジェクトマネジメントスキル」など、多様なスキルが必要です。
従来の縦割り組織では、これらのスキルを持つ人材は別々の部署に分散しており、部署間の調整に時間がかかって、プロジェクトの立ち上げが遅れてしまうかもしれません。
しかし、スキルベース組織では、社内のスキルデータが可視化されているため、誰がどのようなスキルを持っているのかを瞬時に把握できます。そして、部署の壁を越えて必要なスキルを持った人材を素早く集め、プロジェクトチームを組成することができます。
プロジェクトが終了すればチームは解散し、メンバーはまた別のプロジェクトや役割にアサインされます。
まるで、状況に応じてフォーメーションを変えるサッカーチームのように、ダイナミックに人材を再配置することができます。
このような、状況に応じて柔軟にチームを編成し、迅速に価値を提供する組織運営の手法は、「アジャイル(俊敏な)」な組織運営と呼ばれます。スキルベース組織は、こうした組織運営を実現するために不可欠な基盤となります。
■組織の変化対応力とレジリエンスの獲得
変化が常態化するVUCAの時代において、企業が生き残るためには、予期せぬ変化や危機に対応できる「レジリエンス(回復力・しなやかさ)」が求められます。
スキルベース組織は、組織のレジリエンスを高めるうえでも大きな力を発揮します。
たとえば、新型コロナウイルス感染症のパンデミックのような危機が発生し、ある事業部門が縮小を余儀なくされた場合を考えてみましょう。そこで働く社員が持つスキルが可視化されていれば、そのスキルを必要としている他の成長分野へとスムーズに再配置することができます。
実際にある航空会社では、旅客需要が激減した際、客室乗務員が持つ高度な「接遇スキル」や「危機管理スキル」に着目し、自治体のコールセンター業務支援や企業向け研修講師といった新たな役割に配置転換することで、雇用を維持しつつ変化を乗り越えた事例があります。
「この職務がなくなったから、もう居場所がない」ではなく、「このスキルを活かせる新しい役割がある」という視点に立つことで、雇用の維持と、人的資本の有効活用を両立させることができます。
固定的な職務や部署に縛られるのではなく、スキルを軸として柔軟に役割を変化させていく。これこそが、変化の時代を生き抜くための、新しい組織のあり方です。
■企業としての競争力を最大化する
スキルベース組織の最も大きなインパクトは、経営戦略と人材マネジメントを完全に連動させ、会社としての競争力を最大化することです。

「経営戦略を実現するために、どのような人材がどれだけ必要なのか?」

「現状、社内にはどのようなスキルがどれだけあり、何が不足しているのか?」

「そのギャップを埋めるために、どのような育成、採用、配置を行うべきか?」
これらの問いに、あなたはデータに基づいて的確に答えることができるでしょうか。
多くの企業では、経営戦略と人材マネジメントが分断されてしまっています。経営陣が掲げる戦略はあるものの、それを実行するために必要な人材の要件が明確でなく、現場では「勘と経験」に基づいた属人的な配置が行われているのが実情ではないでしょうか。
スキルベース組織は、この「勘と経験」による人材マネジメントから脱却し、データに基づいた「戦略的人的資源管理」を実現するための基盤となります。
■人材ポートフォリオの可視化とギャップ分析
その第一歩は、社内の「人材ポートフォリオ」、すなわち、どのようなスキルを持った人材が、どこに、どれだけいるのかを正確に可視化することです。
スキルベース組織では、社員一人ひとりのスキルデータが一元的に管理されます(詳細は拙著『誰もが成長し活躍する組織のしくみ』参照)。これにより、組織全体のスキルの保有状況を、マクロな視点で俯瞰(ふかん)することができるようになります。
次に、経営戦略を実現するために「将来必要となるスキル(To-Be)」を定義します。
たとえば、「3年後までに、全社的なDXを推進し、データドリブンな意思決定を実現する」という戦略を掲げたとします。そのためには、「データサイエンススキル(レベル4)が15人」「AI活用スキル(レベル3)が20人」「変革マネジメントスキル(レベル4)が15人」必要である、といった具合に、具体的なスキルと量を定義するのです。
そして、「現状のスキル(As-Is)」と「将来必要なスキル(To-Be)」を比較することで、その「ギャップ」を定量的に把握することができます。
「データサイエンススキルのレベル4は、現状2人しかいない。
あと13人不足している」

「AI活用スキルは、レベル1の人材は多いが、レベル3以上が決定的に不足している」
このギャップ分析こそが、戦略的な人材マネジメントの出発点となります。どこに、どれだけの投資が必要なのかが明確になるため、限られたリソースを効果的に配分することができます。
■データに基づく戦略的な意思決定
スキルギャップが明確になれば、それを埋めるための具体的な打ち手を戦略的に計画し、実行することができます。主な選択肢は次の3つです。
Build(育成する)

社内の人材をリスキリングやアップスキリング(スキルの向上)によって育成する。
Buy(採用する)

必要なスキルを持った人材を外部から採用する。
Borrow(借りる)

外部の専門家(フリーランス、コンサルタントなど)やパートナー企業からスキルを一時的に借り受ける。

これまでは、この判断が場当たり的に行われがちでした。「人が足りないから採用しよう(Buy)」「流行っているから研修を導入しよう(Build)」といった具合です。しかし、スキルベースのアプローチでは、データに基づいて最適な選択を行うことができます。
とくに、昨今は「Build(育成)」の重要性が高まっています。
外部からの採用だけに頼るのは現実的ではありません。
スキルデータがあれば、「誰に、どのようなトレーニングを提供すべきか」を的確に判断できます。たとえば、「プログラミングの基礎スキル(レベル1)を持っている社員に対して、データサイエンススキル(レベル4)を習得させるための集中トレーニングを実施する」といった、個別最適化された育成計画を立てることができるのです。
■真の「適材適所」の実現
そして、最も重要なのが「配置」です。せっかく優秀なスキルを持っていても、それが活かせる場所に配置されていなければ意味がありません。
「適材適所」という言葉は古くから使われてきましたが、従来は上司の経験や勘に基づいて行われることが多く、必ずしも組織全体として最適であるとは限りませんでした。
スキルベース組織ならば、データに基づいて真の「適材適所」を実現することができます。
組織の戦略的優先順位に基づき、どのプロジェクトやポジションに、どのようなスキルが必要なのかを明確にする。そして、そのスキルを持つ最適な人材を、客観的なデータに基づいてマッチングさせる。
近年、こうしたマッチングを支援するテクノロジーとして、「タレントマーケットプレイス」が注目されています。これは、社内のポジションやプロジェクト(需要)と、社員のスキル(供給)を、AIなどを活用してマッチングさせるプラットフォームです。
社員が自ら手を挙げて挑戦する機会を提供することで、社内の人材流動性を高め、個人のキャリア自律と組織の最適配置を同時に実現するしくみです。
■「人的資本経営」の実現に繋がる手法
このようにスキルベース組織は、経営戦略と人材マネジメントを「スキル」という共通言語で繫ぎ合わせることで、人的資本を最大限に活用するためのしくみです。

これは、昨今多くの企業が取り組む「人的資本経営」の実践そのものでもあります。
「人材を管理すべきコストではなく、価値を生む資本(投資対象)と捉える」という人的資本経営の理念(What)に対し、スキルベース組織は具体的で再現性のある手段(How)を提供します。両者は以下のように、車の両輪として深く結びついています。
① 経営戦略と連動した人材ポートフォリオの構築
「スキルインベントリ」による現在地の可視化と、「ギャップ分析」による未来への投資判断(採用・育成)の最適化。
② 人材投資効率(ROI)の最大化
全方位的な研修ではなく、戦略上不足しているスキルへのピンポイントな投資(リスキリング)を行うことで、投資対効果を高める。
③ 従業員エンゲージメントと自律的キャリア
会社主導の一方的な異動ではなく、「タレントマーケットプレイス」を通じた手挙げ(公募)の文化により、社員の「やりたい(Will)」と「できる(Skill)」を解放する。

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小出 翔(こいで・しょう)

グローネクサス代表取締役

デロイト トーマツコンサルティングでの14年間のコンサルティング業務において、様々な業界の大手企業から官公庁、自治体まで、のべ120社(団体)500万人の人材マネジメントを支援してきた“人事戦略のプロ”。独立・起業後も、大手電力・製薬・素材業や金融業等にて人事・組織改革、新規事業創出、業務効率化の戦略策定から実行・伴走支援まで幅広く手掛ける。経済産業省・IPAへの、デジタルスキル標準策定の支援経験もあり、デジタル時代の人材・リスキリング分野に特に強みを持つ。

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(グローネクサス代表取締役 小出 翔)
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