長野県の佐久長聖高校などと並び、箱根駅伝で活躍する選手をたくさん育てている福島県の学法石川高校。スポーツライターの酒井政人さんは「スカウト活動を積極的にしているわけでないが、選手がぐんぐん伸びる背景には、松田和宏監督のマネジメントや練習法がある」という――。

■「学法石川」の選手がぐんぐん伸びるワケ
福島県の学法石川高は陸上の強豪校だ。昨年12月の全国高校駅伝は悲願の初優勝を成し遂げた。
松田和宏監督は2009年に同校に就任。相澤晃(東洋大→旭化成)、遠藤日向(住友電工)ら、のちに日本選手権を制したスピードランナーを育成して実績を積むと、16年目にして全国高校駅伝の舞台である京都・都大路で“日本一”に上りつめたことになる。
だが、これまでの過程には紆余曲折があったという。そのなかで部員80人を、たったひとりで指導している。これだけの大所帯をひとりで切り盛りするのは珍しい。松田監督は各選手にどんな“魔法”をかけているのか。
現在51歳の松田監督は、東海大山形高時代から全国トップクラスの選手で、中央大では箱根駅伝で花の2区を4年連続で務めた。3年時にチームは32年ぶり14回目の総合優勝を飾っている。
■箱根駅伝に大量の選手を送っている
実業団時代はマラソンで活躍。滋賀大院で学んだ後、2009年に学法石川高の教諭となり、陸上部の顧問に就任した。
そして大学や実業団のチームに次々と有力選手を送り出した。
箱根駅伝登録選手の出身校別では、学法石川高が2021年と2022年に最多11人。今年も9人がエントリーされた。この10年ほどは、佐久長聖高などと箱根駅伝選手を輩出する高校のトップ争いを繰り広げている。
その一方で全国高校駅伝の結果は“期待外れ”に終わることが少なくなかった。特に印象に残っているのが、2015年大会だ。相澤晃、阿部弘輝、田母神一喜、遠藤日向ら前年7位のメンバーが5人残り、トラックシーズンを席巻。初優勝を狙ったが、まさかの7位に終わっている。
翌年はエース遠藤が欠場した影響もあり42位に沈んだ。その後、5回の入賞を重ねるも、最高順位は3位(18年)。2024年に過去2番目タイの5位に入ると、2025年についに頂点に立った。
「(監督就任6年目の)2015年は、『優勝しようよ』と意気込んでいったんですけど、ダメでした。
そのため今回はあまりプレッシャーをかけないようにした部分もありました。そもそも私は優勝できると思っていなかったんです。選手たちには最終ミーティングでも『3番くらいかな』と言っていたくらいですから。選手をリラックスさせる意味合いもありましたが、あそこまで走ってくれるとは思っていませんでした」
■エースが選んだ勝負靴は非厚底
学法石川高はナイキがサポートをしている数少ない高校駅伝チームのひとつ。ただし、シューズ選びについては選手に任せている。
「私が現役の頃は今ほどシューズの選択肢がありませんでしたから、シューズに関しては今の選手の方が詳しいですし、よく考えています。ジョグ用モデルだけでも多くの選択肢があり、細かい感覚で選べるので恵まれていると思いますね。全国高校駅伝では大半の選手が『ヴェイパーフライ』という厚底シューズを履きました」
そのなかで全国高校駅伝1区を日本人最高記録の28分20秒で突っ走った増子陽太だけは非厚底シューズだった。『ストリークフライ 2』というモデルだ。フルレングスのカーボンファイバー製プレートが搭載されているが、ソールが薄いため、重量はヴェイパーフライ 4より約44g軽い約127g(27cm)しかない。ストリークフライ 2に関して、増子はこんな感触を持っている。
「スパイクから厚底への移行期間がなかったこともあり、できるだけスパイクに近いシューズを履きたいと思っていたんです。
ストリークフライ 2は軽くて、スパイクでロードを走っている感覚があり、自分にハマったシューズだったと思います」
そして増子だけでなく、3区の栗村凌も区間賞を獲得。ダブルエースが快走したことで、チームは一気に加速した。松田監督はレース展開をどう読み、選手にどんな声をかけたのか。
「他校は後半区間が強かったので、前半区間でリードを取る戦略でした。1区の増子と3区の栗村で飛び出して、折り返し地点で30秒のリードがあれば勝負できると思っていました。実際は折り返しで1分ほどのリードを作れました。それでも選手たちには、『守らずに積極的に走ろう』という指示を出したんです。それが良かったのかなと思いますね。みんな想像以上の走りをしてくれましたから」
その結果、学法石川高は後続に大差をつけて、2時間0分36秒で初優勝。佐久長聖高が保持していた高校最高記録(2時間1分00秒)を大きく塗り替えた。
■80人の選手をひとりで指導する
学法石川高は次々と魅力的な選手が育っている。スカウティングに関しては、「積極的に勧誘することはない」という一方で、入りたい選手を断ることもないようだ。

「基本的には、学法石川で陸上をやりたいという強い気持ちのある生徒を受け入れるようにしています。その気持ちがないとやはり3年間は続きませんから」
箱根駅伝で大活躍する選手が育ったこともあり、入部希望者が殺到。2025年度の部員は男女合わせて80人もいた。その選手たちを松田監督はひとりで指導している。
「長距離だけの部員(男女で65人)でいうと、おそらく日本一多いと思いますね。さまざまなレベルの選手がいるので、ポイント練習(インターバル、ペース走など、心肺機能や脚力を鍛えるための高強度トレーニング)はレベルごとに細かく分けています」
男子はA~Eくらいまで能力別にチーム分けをして、ポイント練習を行っているという。面白いのがどこのグループに属するかを選手自身に選ばせていることだ。
驚くことに入学時に女子のBチームで練習をしながら、3年時には全国高校駅伝4区(10位)を走り、その後、箱根駅伝(創価大)に3年連続で出場した吉田凌(現・JR東日本)のような選手もいる。
■女子と一緒に練習で成長できたワケ
大学で主将を務めた吉田はこう振り返る。
「僕は中学時代の3000mベストが9分57秒で(男子の中では遅い部類だったので)最初は女子と一緒に練習していました。そこからチームメイトと一緒に高い目標を持って取り組んできて、5000mは14分15秒84までタイムを短縮して、都大路という目標を達成できたのは良かったなと思います」
学法石川の女子も全国高校駅伝に13年連続出場中で決してレベルが低いわけではない。部員数が多いだけに、松田監督が一人ひとりにきめ細かい指導をするのは難しかったが、ポイント練習のグループを多くすることで、自分のレベルに合った練習が可能になったのだ。
吉田のような下位スタートの選手にとっては、グループが上がるたびに自信を深めていくことができるのだ。だからこそ、高卒後も大学や実業団であと伸びしたのだ。
今年の箱根駅伝で2区を日本人歴代3位の1時間5分47秒で快走した早大・山口智規(現・SGホールディングス)も松田監督の教え子だ。山口は学校のある福島県ではなく、千葉県銚子市出身。中学時代はクラブチームでの野球をメインにしており、本格的に陸上を始めたのは高校からだった。そこから5000mで高校歴代3位(当時)の13分35秒16をマークしている。
中学時代に活躍できなかった選手が急成長しているだけでなく、中学時代に速かった選手も伸びている。その代表格が3000mで8分11秒12の中学記録を保持する増子陽太だ。
学法石川高に進学後は5000mで高1歴代2位の13分54秒16、高2歴代最高の13分34秒60をマーク。3年時は5000mで高校歴代3位の13分27秒26を叩き出して、都大路1区を爆走した。
■目的意識を持った練習をさせる
なぜこのような選手育成が可能なのか。
「型にはめるのではなく、選手自身のやりたい練習や考え方を尊重した結果、うまく伸びていったと思います。
練習にプラスアルファする選手が多いですし、本校はフリーの練習も多いんです」
強豪校の場合、ハードな練習を全員でやるイメージが強いが、学法石川の場合は真逆だ。
「全員が同じようにやる練習は全体の50%くらいです。実業団に近い練習スタイルだと思いますね。増子のように実力のある選手は、チーム練習だけでは追い込めないので、自分で練習メニューを変えていました。またウチの練習コースは砂のサーフェスが多いんです。トラックやロードと異なり、砂は足をうまく地面に捉えないと反発を得られません。その結果、正しいフォームになったと思います」
フリーの練習が多いため、「目的意識を高く持っていないとやっていけません」と松田監督。この目的意識を持って取り組む習慣が身に付いた選手は、その後、大学や実業団でも伸びる好循環を生み出していることになる。シューズ選びもそうだが、指導者が細かく言わないところが選手たちの“自主性”を生んでいるのかもしれない。完全放任ではないものの、監督やコーチが徹底管理して「走らせる」方式を選択しない指導方法が今の選手にもフィットしていたのだろう。
また学法石川高は、「スピード系のトレーニングが多く、長い距離をそこまで走らない」のが特徴だ。スピードを生かすための土台作りを重要視している佐久長聖高とアプローチが少し異なるのも面白いところだろう。
全国高校駅伝で初優勝して、「地元の反響がすごかった」という松田監督。人口1万5000人ほどの小さな町は優勝パレードで大きく盛り上がった。
「地元の皆さんの期待に応えられるよう連覇を目標にしています。チャンスは十分にあると思うので、さらに強化していきたいですね。私は他のチームと違う練習で強くなっていきたいと思っていました。選手たちには、『昨年の優勝は忘れて、別のやり方で連覇しよう』と言っています。選手たちと相談しながら、新たなことに挑戦して、再び、日本一になりたいです」
学法石川高のトレーニング、育成法はまだまだ進化していきそうだ。

----------

酒井 政人(さかい・まさと)

スポーツライター

1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)

----------

(スポーツライター 酒井 政人)
編集部おすすめ