■テレビが報じない“ある論点”
国会で審議されている法案については、テレビの報道をみているだけでは本当に重要な論点をすっかり見過ごしてしまいます。
問題となっている法案、とくに高市首相のいうところの「国論を二分する」重要な法案については、国会議員でない私たちも、その条文を自分の目で確認しておかないと、気づいたらとんでもない法律がつくられてしまって、生活がおびやかされることにもなりかねません。
かくいう私も、今回ばかりは迂闊でした。
恥ずかしながら、現在国会で審議されている健康保険法改正案の法文をしっかり読んでいなかったことから、この国の根幹である国民皆保険制度を根本からくつがえしてしまう文言がこの法文のなかにひっそりと埋め込まれていたことに、すっかり気づかずにいたのです。
気づいたのは、4月15日の衆議院厚生労働委員会での辰巳孝太郎議員の質疑がきっかけでした。この質疑では、いわゆる「OTC類似薬」の保険適用を見直す法案が取り上げられていました。
この件については、私も昨年から問題意識は持っており、プレジデントオンラインでも11月以降、4本の記事を執筆しました。
記事では、OTC類似薬に自己負担を課す、すなわち保険適用の見直しが実施されると、これが「蟻の一穴」となり、ゆくゆくは日本が世界に誇る国民皆保険制度の根幹を破壊する「混合診療の全面解禁」につながりかねない、との懸念を訴えました。
ただ法文を読む前日までは「蟻の一穴にはなるだろうが、さすがにすぐには混合診療の全面解禁の議論にはならないだろう」と、少し油断していたのです。
■しれっと埋め込まれた“不可解な一文”
しかし、それはあまりにも危機感を欠いた認識でした。
辰巳議員は質疑で、法案を読めば、今回の改正で創設される「一部保険外療養」の対象にはOTC類似薬の薬剤費にかぎらず、そのほかの薬の薬剤費、さらに診察・治療・検査も含まれるのではないかと質したのです。
驚いた私はすぐさま衆議院のホームページから法案を検索、そこではじめて法文を読み青ざめました。
いわゆる「霞が関文学」で書かれた法文は、さらっと読むだけではそのなかに埋め込まれた「真意」を読み解くことがなかなか困難です。
私は過去に数年間、ある国会議員の質問主意書の作成に関与していたことがあるので、法律の条文や政府からの答弁書の読み解きには比較的慣れているほうではありますが、それでも今回の法文は難解でした。
しかしその特殊な文章のなかに、あきらかに不自然な語句が埋め込まれていることに気づいたのです。
第六十三条第二項に次の一号を加える。
六 要指導医薬品(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(昭和三十五年法律第百四十五号)第四条第五項第三号に規定する要指導医薬品をいう。)又は一般用医薬品(同項第四号に規定する一般用医薬品をいう。)との代替性が特に高い薬剤を用いた療養その他の適正な医療の提供を確保しつつ、公平かつ効率的な保険給付を行う必要性に鑑みその要する費用のうち一部を保険給付の対象としないものとする療養として厚生労働大臣が定めるもの(以下「一部保険外療養」という。)
■医療制度を支える大原則
健康保険法の第六十三条とは、療養の給付について規定している条文です。
わが国の健康保険制度では、被保険者の疾病や負傷にかかる療養(診察・薬剤・処置・手術・看護など)の給付は、金銭ではなく、医療サービスそのものを提供する「現物給付」が原則となっています。
この原則のもとでは、保険診療と保険のきかない自費診療を併用すると、本来なら保険がきくはずの部分も含めて全額自己負担(10割負担)というペナルティが課されます。これがいわゆる「混合診療の禁止」といわれるものです。
この条項の第二項では、例外的に保険診療との併用が認められる項目、すなわち「混合診療禁止の例外規定(保険外併用療養費)」を定めています。
たとえば、入院中の食事代や差額ベッド代(選定療養)、あるいは未承認薬などのうち有効性を評価中のもの(評価療養・先進医療など)が該当します。
例外に指定されたものにかぎっては、同一の診療行為のなかで自費負担を組み合わせることが「適法」となるのです。
今回、政府は「OTC類似薬に一定の自己負担を課す」という政策を実行するにあたり、この第二項に新たな一号をくわえることで、「混合診療の例外」をふやす改定をおこなおうとしているわけです。
■法文に埋め込まれた“不可解な一文”
そこで問題となるのが、先に示した法文の一部不可解な文言です。
「代替性が特に高い薬剤を用いた療養その他の適正な医療」、この部分です。
「代替性が特に高い薬剤」というのは、OTC類似薬を指すものとわかります。
しかしこのOTC類似薬を指す文言には、「を用いた療養その他の適正な医療」という文言がくっつけられているのです。
今回の改正では、OTC類似薬の薬剤費にかんすることだけを「例外規定」とするものだと私はてっきり思っていました。
ところがこの文言が接続されることで、「厚生労働大臣が定める」「保険給付の対象としないものとする療養」の範囲は一気に拡大してしまうのです。
いや、拡大どころの話ではありません。
OTC類似薬の薬剤費はもちろんのこと、この対象薬剤をもちいた一連の医療における他の医療行為(診察・検査など)、さらに「その他の適正な医療」となると、これはもうあらゆる医療行為が保険給付の対象からはずされる可能性があるということになります。
■混合診療解禁で起こる4つの問題
このような懸念を述べると、「まさかそんな大げさな」という人が必ずあらわれますが、じっさいの運用でおこなわないと国会答弁で「口約束」されても、法文上で可能であるかぎり、いったん法制化された以降は、国会審議を必要とせず、ときの厚生労働大臣によって恣意的な運用がなされても文句は言えなくなるのです。
つまり「混合診療の全面解禁」が、この条文の追加によって法的根拠を得ることになるのです。
では混合診療の全面解禁のなにが問題なのかということについて、過去記事でも述べていますが、もういちど確認しておきましょう。
1)【高額請求のリスク】保険診療と自由診療が医師の裁量で自由に組み合わせることができるようになるため、自由診療分については医師の裁量で自由に価格設定ができます。したがって「医師の言い値」で高額な請求がされる可能性が高まります。
2)【医療の質が二極化】保険適用外の医薬品や処置を医師から勧められた場合に、個人の財力によって受けられる医療の質に差が生じることが避けられなくなります。いわゆる「カネの切れ目が、命の切れ目」になるということです。
3)【健康問題の自己責任化】医療が利益追求型のビジネスに変質する可能性が高くなります。保険診療だけでは経営が困難となった医療機関では積極的に自費診療をおこなうようになりますが、その際に、提供される医薬品や技術が本当に患者さんの利益となるのか、提示された金額が適正なものなのか、患者さん側が「自己責任」で判断しなくてはならなくなります。インチキ医療をおこなう医師が出てくる可能性とともに、それを知識や情報の非対称性のあるなかで、患者さん側が見抜くことがはたして可能か、という大きな問題に直面します。
4)【保険医療の質の低下】真に有効で安全な医薬品や医療技術であれば、貧富の差にかかわらずすべての人に公平に安価で提供されるべきです。つまり保険適用にされるべきですが、自費診療で流通し始めてしまうと、社会保障費の削減を進めたい政府の側に、保険適用にしようという動機(インセンティブ)は失われてしまいます。
これらを確認しただけでもわかるとおり、混合診療が全面解禁となれば、わが国の国民皆保険制度はいともたやすく崩壊してしまうのです。
■“得”をするのは誰なのか
そしてこの公的保険制度の崩壊を心待ちにしているのが、外資をふくめた医療保険業界です。
公的保険でカバーされないのなら自己防衛するしかないと加入する人が増えることが期待できるからです。
ここにも経済力の差が命と健康に直接ひびいてくることになるのです。
今回の健康保険法改正案には、こうした国家の根幹とこの国に生きるすべての人の命と健康に直接影響をおよぼす重大な条文が隠されていました。
私もすっかり騙されてしまっていましたが、「OTC類似薬」などまったく本丸ではない枝葉末節のことだったのです。
もし「OTC類似薬」の薬剤費についての改正というのであれば、第六十三条第二項に追加する条文は、
六 要指導医薬品……又は一般用医薬品……との代替性が特に高い薬剤の支給であって、公平かつ効率的な保険給付を行うため、当該薬剤の購入に要する費用のうち一部を保険給付の対象としないものとして厚生労働大臣が定めるもの(以下「一部保険外薬剤」という。)
とすればよいだけです。しかし、じっさい法案では薬剤費に限定しなかったのです。
つまり改正の本丸は「混合診療の全面解禁」の法的根拠の確立だったということです。
■このまま改正を進めてはいけない
健康保険法改正案は是か非か、この議論をおこなうためには、混合診療の問題から熟議しないことにははじまりません。
それにはこの法案にこっそり差し込まれた文言について、すべてのメディアが大きくとりあげ、混合診療の意味や是非についての国民的議論をまずはじめることが必要です。
それにはあまりにも時間がなさすぎです。高市政権には、今国会での法案成立は、あきらめていただくしかないでしょう。
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木村 知(きむら・とも)
医師
1968年生まれ。医師。東京科学大学医学部臨床教授。在宅医療を中心に、多くの患者の診療、看取りをおこないつつ、医学部生・研修医の臨床教育指導にも従事、後進の育成も手掛けている。医療者ならではの視点で、時事問題、政治問題についても積極的に発信。新聞・週刊誌にも多数のコメントを提供している。著書に『大往生の作法 在宅医だからわかった人生最終コーナーの歩き方』『病気は社会が引き起こす インフルエンザ大流行のワケ』(いずれも角川新書)など。
note
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(医師 木村 知)

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