医師が、診察の際に、必ず患者の目を確認するのはなぜか。内科医の名取宏さんは「じつは目にはさまざまな病気のサインが現れるので、日頃から自身や家族の目をチェックすることは重要だ」という――。

■アナログな「身体所見」の大切さ
誰でも、病院や診療所で、医師から次のような診察を受けたことがあるでしょう。
下のまぶたを親指でちょっと下げて見て、口の中をのぞき、首の下のあたりを触り、聴診器で胸や背中の音を聞く……、というもの。こうした診察によって得られる情報は「身体所見」と呼ばれ、一定の手順に沿って集められます。だから、どこでも同じように行われているんですね。
もちろん、この身体所見だけで必ずしも診断が確定するわけではなく、何らかの検査が必要になることも少なくありません。しかし、身体診察は迅速で、非侵襲的で、コストもかからない、とても優れたスクリーニング手段といえます。
現代の医療現場では、血液検査、CT、MRI、超音波検査といった高度な検査が目覚ましい発展を遂げました。しかし、どれほど技術が進歩しても、医師が最初に行うのは、自分の目で見て、手で触れ、耳で聴くというアナログな行為なのです。
■患者の目やまぶたの裏を診る理由
では、医師が比較的早い段階で確認する「目」ですが、なぜチェックする必要があるのでしょうか。
通常、私たちの体内の血管や粘膜は皮膚に覆われていて、外から直接見ることはできません。しかし、目は、例外的に体の状態が「色」として現れやすい特別なところ。医師が、患者さんのまぶたをそっと下げて観察しているのは、まぶたの裏の「眼瞼(がんけん)結膜」の色なのです。

通常なら赤いはずのまぶたの裏が白っぽく見えるときは、貧血が疑われます。赤みの正体は血液中の赤血球に含まれているヘモグロビンで、これが減ると結膜の色は薄くなるのです。その場合は血液検査をして、血液中のヘモグロビン濃度が一定値以下であると貧血だと診断できます。
貧血は動悸や息切れ、疲れやすさなどの症状を伴いますが、自覚症状に乏しいことも少なくありません。また、症状があっても、加齢や疲労のせいだと受け止められ、医師に伝えられないこともあります。その結果、目の観察で気づく機会を逃せば、採血検査に至らず、診断の遅れにつながることがあるのです。
■貧血の原因になる重大な病気
貧血には、原因があります。なかでも多いのが、ヘモグロビンの材料となる鉄が不足する「鉄欠乏性貧血」です。閉経前の女性に多いですが、中年以降では消化管からの慢性的な出血によって起こることも少なくありません。消化管出血は、「胃潰瘍」や「十二指腸潰瘍」のほか、「胃がん」や「大腸がん」でも起こります。
実際、丁寧な身体所見によって貧血が見つかり、大腸がんの早期発見につながった患者さんもいます。その患者さんは、近所のクリニックをワクチン接種ために受診したところ、ベテラン医師が身体所見を行って貧血に気づき、消化管の精査をすすめ、私の勤務していた病院に紹介され、大腸がんが発見されたのです。

大腸がんは、進行すると腹痛や便の狭小化、血便などの症状が現れますが、早期の段階では自覚症状に乏しいことが少なくありません。ワクチン接種の外来では問診のみで身体診察を省略することもありますが、このケースでは丁寧な診察を行ったことが早期発見につながりました。
貧血の原因には、鉄欠乏のほかにも「慢性炎症」「腎機能の低下」「骨髄の異常」など、さまざまな原因があります。いずれにしても、まず貧血に気づかなければ精査には進めません。
■白目が黄色くなる「黄疸」とは
目から得られる情報は、それだけではありません。白目(眼球結膜)が黄色く見えるとき、医師は「黄疸(おうだん)」を疑います。これは血液中の「ビリルビン」が増加した状態で、肝臓や胆道の異常、赤血球が壊れやすくなる溶血などで見られる症状です。
そもそも、ビリルビンというのは、古くなった赤血球が壊れるときに生じる黄色い色素。赤血球の中にあるヘモグロビンが分解され、その一部がビリルビンになります。このビリルビンは血液に乗って肝臓に運ばれ、そこで処理されて体外に排泄できる形に変えられます。その後、胆汁の一部として胆道を通って腸へと流れ、最終的には便として体の外に出ていきます。
この流れのどこかに異常があると、血液中のビリルビンが増え、黄疸が現れます。
重度になると皮膚も黄色くなりますが、軽いうちはまず白目の色が変化します。ちなみに、ミカンやニンジンに含まれるカロテンを過剰に摂取した場合にも、皮膚が黄色っぽくなる「柑皮症(かんぴしょう)」が見られることがありますが、白目は黄色くならないのが黄疸との鑑別ポイントです。
■「急性肝炎」が見つかったケース
黄疸が疑われる場合は、血液検査でビリルビン濃度を測ります。同時に肝臓や胆道の画像検査を行います。放射線被ばくがなく簡便な超音波検査からはじめて、必要に応じてCTやMRIの検査を追加するのが一般的な手順です。
肝臓は「沈黙の臓器」と呼ばれ、自覚症状が出にくく、黄疸以外の症状に乏しいことがあります。中高年以降の無症状の黄疸でとくに警戒すべきは、ビリルビンを排泄する経路である胆道をふさぐような「胆管がん」や「膵頭部がん」です。また、「急性肝炎」や「肝硬変」のような肝臓の病気で黄疸が生じることもあります。
以前、白目が黄色いことを家族に指摘されて受診し、急性肝炎の診断につながった患者さんがいました。軽い倦怠感や食欲不振は感じていたものの、それだけでは受診しようと思わなかったとのことでした。仕事が忙しいと、多少の体調不良は疲れのせいだと考えがちで、受診も後回しになりがちです。その結果、重要なサインを見逃し、診断が遅れてしまうことがあります。
この患者さんの場合、白目の黄変に気づいた家族の一言が、早期診断・早期治療につながりました。
■目に現れるさまざまな病気のサイン
少し専門的な内容になりますが、貧血や黄疸以外にも、目にはさまざまな全身疾患のサインが現れることがあります。黒目の縁に白っぽいリングが見える場合、多くは加齢によるものですが、若年者の場合は「家族性高コレステロール血症」の発見につながることがあります。
また、銅代謝の異常である「ウィルソン病」でも、角膜の褐色のリングといった特徴的な変化が現れます。
片側のまぶたが下がる「眼瞼下垂(がんけんかすい)」は加齢によるものが多いですが、背景に筋力低下や神経障害がある場合もあります。「重症筋無力症」「糖尿病性神経障害」「動眼神経麻痺」「脳梗塞」「脳動脈瘤」といった病気が隠れていることもあり、見逃せない所見です。
眼球が前に出たように見える「眼球突出」やまぶたの腫れは、「甲状腺機能亢進症(バセドウ病)」でよくみられる身体所見です。
左右の瞳孔の大きさや光への反応に差がある場合は、「脳出血」「脳ヘルニア」といった緊急性の高い病態を示すサインであることがあります。救急の現場では、この瞳孔の変化が早期発見の鍵になることもあります。
こうした所見はいずれも、単独で診断を確定するものではありません。しかし「どこに問題がありそうか」という方向性を示してくれる点で、非常に価値があります。
■日頃から鏡で自分の目をチェック
冒頭で述べたように、医師が最初に行うのは、自分の目で見て、手で触れ、耳で聴くというアナログな診察です。
どれほど検査機器が進歩しても、その出発点は変わりません。現代では「とりあえず検査をすれば安心」という考え方が広がっていて、「検査をたくさんしてくれる医者ほど丁寧だ」という思い込みも少なくありません。
しかし、適切な順序を踏まず検査だけを重ねても、却って遠回りになることがあります。あらゆる検査をすれば、多大なコストがかかりますし、患者さんにも負担です。だからこそ、問診や身体診察というアナログな行為を通じて、必要な検査を判断できる医師こそが、本当に信頼できる医師だと私は考えます。
そして、前述の急性肝炎の患者さんの場合、最初に「白目が黄色い」という小さな変化に気づいたのは、医師ではなく家族でした。自分や家族の変化を見る習慣が、重大な疾患を発見する最初の一歩になることがあるのです。
日頃から鏡でまぶたの裏や白目の状態を確認し、いつもと違う変化に気づいたら、早めに医療機関を受診することをおすすめします。加えて、倦怠感や食欲不振などのはっきりしない体調の変化も見過ごさず、気になる場合は医師に相談してください。
<目のチェックポイント>☑ 見え方に異常はないか(急なかすみ、二重に見える、視野が欠けるなど)

☑ 左右の目の瞳孔の大きさや光への反応に差がないか

☑ まぶたが急に垂れ下がったり、片側だけが下がったりしていないか

☑ 白目が黄色くなっていないか

☑ まぶたの裏が白っぽくなっていないか

☑目が前に出て見える、まぶたが大きく開いたように見えるなど、以前と印象が変わっていないか

☑ (若年層で)黒目の縁に白いリングがないかどうか
※一つでも心配なことがある場合は、なるべく早く病院を受診しましょう。

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名取 宏(なとり・ひろむ)

内科医

医学部を卒業後、大学病院勤務、大学院などを経て、現在は福岡県の市中病院に勤務。診療のかたわら、インターネット上で医療・健康情報の見極め方を発信している。
ハンドルネームは、NATROM(なとろむ)。著書に『新装版「ニセ医学」に騙されないために』『最善の健康法』(ともに内外出版社)、共著書に『今日から使える薬局栄養指導Q&A』(金芳堂)がある。

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(内科医 名取 宏)
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