※本稿は、金間大介、酒井崇匡『仕事に「生きがい」はいりません 30年の調査データが明かすZ世代のリアル』(SB新書)の一部を再編集したものです。
■自ら行動した昔の若者、“見る専”の今の若者
僕は講演などで今の若者の気質を解説したあと、頻繁に受ける質問がある。
「今の若者たちは安定志向が強いというお話でしたが、それって今の若者というより、以前から多くの日本人がそうだったのでは?」
「今と昔の若者の何がそんなに違うんでしょうか?」
当然の疑問だと思う。
そして、その問いに対する一つの答えが、2024年2月5日付の日本経済新聞に掲載された。「阪神V、道頓堀ダイブ5000人→26人 悪目立ち嫌う?」
記事によると、2023年9月、阪神タイガースが18年ぶりのリーグ優勝を達成したその日、道頓堀に飛び込んだのは26人だったとのこと。ちなみに、そこから2年ぶりのリーグ優勝を果たした2025年9月は、極めて似た数字で29人。
大阪の阪神ファンはタイガースが優勝したら道頓堀にダイブするもの、と勝手な偏見を持っている僕は、これらの数字を見たとき「あれ、少ないな」と思った。
それもそのはず。同記事によると、同じく18年ぶりの優勝となった2003年には約5300人がダイブしていたとのこと。
駅前で号外が配られるなど、ごった返すような人出そのものは2003年と2023年で大差ない様子が映し出される中、ダイブした人数が200分の1にまで激減した背景には何があったのか。
記事では、警察による警備強化、市長からの再三の自粛要請などを「200分の1」となった根拠として挙げつつ、悪目立ちを避けようとする若者たちの心理がこの2年間で強まったのではないか、という仮説を提示している(というか、記事中でこの仮説を出したのは僕ですが)。
読者の皆さんは「見る専」という言葉をご存じと思う。
つまり見る専門という意味だ。今の多くの若者たちにおいて、この「見る専」という姿勢が、SNSの世界だけではなく、リアルの世界にまで浸透していると僕は考えている。
■道頓堀へ飛び込んでいた人たちの思考回路
2003年当時の大阪の若者たちは、自らダイブしようと道頓堀へ繰り出した。それから20年、今の大阪の若者たちは、自らはダイブせず、ダイブする人を見に行くという行為に変わってきている。
事実、同記事の写真には、スマホを掲げて誰かが飛び込むのを撮影しようとする多くの若者たちの様子が、はっきりと映っている。「自ら行動する」から「誰かが行動するのを見る」へ。これがこの2年間で変容した若者の心理を如実に表している。
そして本稿の主役は、この5000人のほう。二十数年前に道頓堀へ飛び込んだ人たちだ。
本書の別の章で紹介している酒井崇匡さんの分析では、今の若者たちに優しく寄り添い、道を踏み間違えないよう助言する親たちの様子が的確に描写された。若者たち以上の大企業志向にアンチ・ベンチャー。
しかし、最後の最後に、そんな親たちも若い頃はベンチャー志向が強かったと言うではないか。本稿では、そんな40代後半から50代となっている人たちが「若造」と呼ばれていた頃にレンズを当てよう。
■管理職への昇進は「罰ゲーム」ではない
西暦でいうと1990年代から2000年代前半あたり。浮かび上がってきたのは、この時代に就職し“若手”をやっていた人たちにとって、管理職への昇進が、昨今よく言われるような「罰ゲーム」ではなく、「名誉と報酬」だったということ。まさに「静かに退職しない若者たち」の姿がそこにあった。
なお、皆さんはよく昔の日本社会を描写するとき「昭和と比べて」といった言い方をするが、よく聞いてみると「昭和」ではなく「平成初期」あるいは「平成中期」を念頭に思い描いていることのほうが多い。
ざっくり捉えるなら1980年代までが「昭和」(1989年が平成元年)、1990年代が「平成初期」、2000年代が「平成中期」、2010年代が「平成後期」となる。そして2020年代からが「令和」と覚えてみよう(2019年が令和元年)。
よって、本稿で登場する「かつての若者」は昭和時代に幼少期を過ごし、平成前期に「子ども」から「若手」になった人たちを指す。
■自分らしさは大事でも、今の若者と大違い
「かつての若者」の実態を理解するためにまず参考にしたいのは、当時の『週刊東洋経済』(東洋経済新報社)だ。まだ紙の雑誌がよく売れていた時代。
見ていくのは、2001年3月号の特集記事「なぜ僕らは会社を辞めるのか」と2004年3月号の特集記事「深刻化する若年離職」だ。同記事では、就職して間もない20代の若者たちと、彼らを迎え入れた企業人事部の対比構造が描かれている。
そのうち、企業人事部の担当者が当時の若者たちを描写するコメントを抽出してみよう。
「(今の)若者たちは、“自分らしさ”を大事にしている。組織の論理で動く会社という場所に、失望するのもわからなくはない」
「採用するにはコストがかかる。育てる費用はもっとかかる。一人前になるまで、少なくとも3年は給料泥棒のようなもの」
「給料泥棒」とは何とも昔らしい強い表現だ。しかしながら、言っていること自体は今の人事部とあまり変わらないように感じる。「今の若者は自分らしさが大事」「採用コスト、育成コストがかかる」といったコメントなどは、むしろ令和じゃないかとすら思える。
ということは、彼らが直面していた若者たちも、やはり令和の今と変わらない、安定志向重視の横並び軍団ということだろうか。仕事に対するモチベーションは最低限で、プライベートを重視した働き方を「自分らしさ」と表現する。
――と思ったら、大間違いだった……。
■仕事に対する熱意を表現し、実際に行動
そこで次に、同記事で登場する若者たちにフォーカスしよう。記事は、複数の若者たちに対するインタビューで構成されている。彼らはみな、しっかりとした“自分”を持っている印象だ。
例えば、総合商社を2年6カ月で辞め、コンサルティング企業に転職した26歳男性は、「商社での2年半は自分探しと思って、(何でも)やりました」と、インタビューに答えている。
あるいは、ITベンチャー企業へ転職した2歳男性は、「(今は)最先端のスキルが欲しい。(なぜなら)自分の夢を実現させたい。いずれは国際機関で仕事をしたい」と言う。
はたまた、食品会社に就職した28歳男性は、「本当は仕事なんかせず、40歳で仕事を辞め、趣味や家族の時間を持ちたい。そのために今は、ベンチャー企業に転職してハードワークしつつ、投資を学びたい」と言う。
ここで、これらのコメントを「前半部」→「後半部」という構成に分けて分析してみよう。
・「2年半は自分探し」→(だから)「何でもやる」
・「最先端のスキルが欲しい」→(なぜなら)「夢を実現させたい」
・「本当は仕事したくない。趣味に生きたい」→(そのために)「今はハードワークする」
おわかりだろうか。
前半部のコメント(考え)は、今の多くの若者たちと大差ない。というか、今の若者たちこそ、「自分探し」「スキルが欲しい」「趣味が大事」と言っているではないか。昔と今の若者たちの明確な違いは、後半部(への接続)にある。
「自分を探すために何でもやる」「スキルを得て夢を実現させる」「将来の趣味ライフのために今はハードワーク」……かつての若者たちは、こうして自分たちの仕事に対する熱意を表現し、実際に行動していたのだ。
しかし、今の若者たちの多くはこの「後半部」がないのだ。その部分がすっぽり消滅している。その状態に多くの先輩たちが戸惑っているのが、現在の日本だ。
■向上心と主体性に溢れていた若者たち
さらに当時の若者たちのコメントを見ていこう。極めつきは、次のふたりだ。
まず、IT企業のメンテナンス部門に配属された25歳男性の話だ。
「(メンテナンス等の)保守部門は基本的に動かない。(中略)ベテランに、『私はそんなに一生懸命にやりたくないからこれでいいの。お客様には重宝されてるし。あんたは何でそんなにがんばるの?』と聞かれてしまって……。
とにかく変化が嫌いな職場で、それがつまらない。18時半には会社を出てたので楽でよかったんですけど。でも楽をするために就職したわけじゃない」
もうひとりは、都市銀行に就職し、支店で融資関連の業務に就いたという28歳女性。
「なんのために仕事をしているのかわからない。(中略)いろいろな意味で体質が古い。たとえば手続き一つにしても、こうしなきゃいけないというマニュアル集があって、それに則(のっと)ってやらないと、すごく怒られる。自分で考えて、このほうが効率的だと思ってやると『マニュアルのどこに書いてあるんだ?』と言われる」
何ともインパクトがある回答結果たちだ。保守部門は安定すぎてつまらないだの、マニュアルが古すぎるだの。ものすごい向上心と主体性、そして仕事に対する熱意だ。
まさにこれらが、先輩世代が今の若者たちに求めることにつながっている。もちろんこの時代のすべて(あるいは多く)の若者たちが、こうした志を持っているとは限らない。あくまで少数に対するインタビュー結果だ。
■「成長」の定義が大きく変わってきている
それでもなお、今の多くの若者たちとの価値観ギャップがいかに大きいか、おわかりいただけるだろう。特に僕が注目したいのは、当時の若者たちの成果や成長に対する貪欲さだ。今も昔も、若者たちは自分の「成長」を意識していることに違いはない。
しかし、その「成長」の定義が大きく変わってきているのだ。かつての若者たちは、明らかに「何者かになる」ことを意識した「成長」を志向している。
彼らにとっての「成長」とは、次の通りだ。
・「一生一社の時代は終わった」と言われる中で、社会の荒波に呑み込まれることなく、個として生きる強さをつちかうこと。
・同世代が溢れる「若者余り」の時代の中で、自らが望む生き方を見つけ、それを実現する力を持つこと。
・自分を「会社の型」にはめ込み、「マニュアル通りやれ」と叱る会社や上司を否定し、自分はそれ以上の成果が出せるということを証明すること。
特集記事からは、そんな当時の若者たちの想いが伝わってくる。しかし時代は、まだ力強さがあった90年代後半から、日本経済の減速が顕著になる2000年代へ移行していく。
そしてその変化をなぞるように、若者たちの行動意欲も抜け落ちていったのだ。
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金間 大介(かなま・だいすけ)
金沢大学融合研究域融合科学系教授、北海道医療大学客員教授
北海道生まれ。横浜国立大学大学院物理情報工学専攻(博士〈工学〉)、バージニア工科大学大学院、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、文部科学省科学技術・学術政策研究所、北海道情報大学准教授、東京農業大学准教授等を経て、2021年より現職。専門はイノベーション論、マーケティング論、モチベーション論等。若手人材や価値づくり人材の育成研究に精力を注ぐ。大手企業の他、医療機関や社会福祉法人との連携も多数。主な著書に『先生、どうか皆の前でほめないで下さい』(東洋経済新報社)、『静かに退職する若者たち』(PHP研究所)、『ライバルはいるか?』(ダイヤモンド社)、『無敵化する若者たち』(東洋経済新報社)など。一般社団法人WE AT(ウィーアット)副代表理事、日本知財学会理事。
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酒井 崇匡(さかい・たかまさ)
博報堂生活総合研究所 主席研究員
2005年、博報堂入社。マーケティングプランナーを経て、2012年より現職。ビッグデータを活用した生活者研究の新領域「デジノグラフィ」を開拓。長期時系列調査や定性調査などあらゆる生活者データを駆使した発見と洞察を行う。著書に『Z家族 データが示す「若者と親」の近すぎる関係』(光文社新書)、『デジノグラフィ インサイト発見のためのビッグデータ分析』(宣伝会議)、『自分のデータは自分で使う マイビッグデータの衝撃』(星海社新書)がある。
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(金沢大学融合研究域融合科学系教授、北海道医療大学客員教授 金間 大介、博報堂生活総合研究所 主席研究員 酒井 崇匡)

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