NHK「風、薫る」では、直美(上坂樹里)が身分を偽り、鹿鳴館のメイドとして働くシーンが描かれている。ドラマのモチーフとなった鈴木雅は、どうだったのか。
ルポライターの昼間たかしさんが、文献などを基に史実に迫る。
■“鹿鳴館で婚活”への違和感
身分を偽って鹿鳴館のメイドになり、結婚相手を探していた直美(上坂樹里)。告白を受けた海軍中尉・小日向(藤原季節)との結婚を決意したところ、彼が詐欺師だったことが判明した。本名は「寛太」。直美に同情しつつも「次はどっかの華族の坊ちゃんでもつかまえな」と言い残して去っていった。
詐欺師に騙された詐欺師まがい。まあ、お似合いといえばお似合いである。
それでも、第1話の冒頭で、つぎはぎの着物の奇妙な姿を笑う、通りすがりの女学生たちに「いかにも、私がみなしごで耶蘇の貧乏女、大家直美ですが」と啖呵を切っていた直美の姿は爽快だった。どん底から這い上がるには、ウソをついても神様も怒るまいとばかりの突飛な人生。これくらいの情念がなければ、誰もなったことがないトレインド・ナースの道など切り開けるはずがない。まさに「おしん」以来の、朝の連続テレビ小説の正統派ヒロインといえるだろう。
それでもなお、これはないだろうと思わざるを得ないのだ。

いやもちろん、フィクションだということはわかってる。黄門様が印籠を出そうと、上様が悪人を成敗しようと「史実じゃなーい」と鼻息を荒くするのは無粋だ。
どうしても気になるのは、直美の鹿鳴館で婚活という展開だ。
■「結婚は家同士」が常識だった
鹿鳴館は不平等条約改正を目的とした外国貴賓の接待施設。そこに招かれるのは、内外の政府高官、外交官、貴族、その夫人や令嬢である。そもそもが婚活パーティーの会場でもなんでもないし、四民平等が謳われた時代とはいえ、孤児である直美とは決定的な身分差がある。
そもそも、この時代の結婚とはどういうものか。
慶應義塾大学の社会学者・阪井裕一郎の博士論文「家族主義と個人主義の歴史社会学――近代日本における結婚観の変遷と民主化のゆくえ」によれば、仲人を介した媒酌結婚はもともと人口の5%に過ぎなかった武士階級だけの慣行だった。
それが明治に入ると逆転する。民法編纂の過程で「百姓の慣習は慣習とすべからず、士族とか華族とかに則らねばならぬ」と言い放った穂積八束の言葉が象徴するように、武家の婚姻様式が「正しい結婚」として上から押しつけられ、庶民にまで広まっていくことになる。
つまり、庶民の結婚は地縁によるもの、あるいは「よばい(夜這い)」の慣行を含めて、当人同士の意思による自由で多様な婚姻だったのが変化していく過程ではある。だが、士族とか華族では、結婚は家同士というものが常識である。

■史実に照らすと“変な展開”である
孤児として育った直美が庶民の結婚観しか知らないのだとしたら、まだ理解できなくもない。だがそれにしても、やっていることが無茶苦茶だ。身分を偽って鹿鳴館のメイドに潜り込み、結婚相手を探す……これ、端的に言って詐欺である。いや、詐欺師と言うのも失礼なくらい、計画性がない。
しかも忘れてはならないのが、明治のこの時期、新聞や書籍が爆発的に増えているということだ。かつ、その内容たるや、大衆が喜ぶプライバシーの暴露やスキャンダルのオンパレード。悪辣さにかけては現代のSNSなど足元にも及ばない。
「士族の娘」を騙って鹿鳴館に潜入した孤児が、海軍中尉に求婚された……などという話がバレた日には、翌週には新聞に名前が躍り、翌月には「毒婦‼ 大家直美」の見出しで本が出版されることになる。あることないことを面白おかしく盛った、読み物仕立てで。明治の出版界、そういう商売が大得意なのだ。
まあ、だいたい史実の状況を踏まえれば、このドラマ展開上の小日向の求愛は、しょせん、行きずりの関係としか思えないわけだが、読み物になってる頃には毒婦が海軍中尉を騙した話になるだろう。
……爽快なヒロインのはずが、史実の文脈に置いてみると、スキャンダルの火種でしかない。

■「上流婦人を手伝う展開」には無理がある
そして、極め付きは身分詐称を捨松に見抜かれるが、炊き出しの手伝いを頼まれる展開である。捨松が鹿鳴館で上流階級の婦人達を巻き込んで慈善事業の資金を集めるためのバザーを開いたのは史実である。
でも、この慈善活動とは「上流婦人が主催し、下々の者を助ける」催しである。施す側と施される側が、厳然と存在する。身分詐称を看過したとしても、素性不明の孤児を、上流婦人の慈善活動の「手伝い」として取り込むのは、いささか無理がある。
そもそも、この時代のキリスト教……主としてアメリカから来た改革派系教会が行っていた貧民救済とは、孤児の養育、女性の保護・教育、そして病院の運営が主たるものだった。食事を施すだけの炊き出しは、その活動の中心ではない。そこに軸をおいてドラマを展開するのは、この時代を必死に生きた人たちに、いささか失礼ではないか。
さて、そんな直美のモチーフとなったのが、大関和とともに日本初のトレインド・ナースとなった鈴木雅である。
■“直美のモチーフ”の鈴木雅とは正反対
雅の生まれ育ちをみてみよう。静岡県士族・加藤信盛の娘として生まれ、1876(明治9)年から翌年にかけてフェリス・セミナリー(現フェリス女学院)に学んでいる。1878年に結婚。
夫・鈴木良光は西南戦争において大阪鎮台歩兵第九連隊第二大隊の大隊長を務めた歩兵少佐である。
……捨て子の孤児どころか、少なくとも中の上の身分である。だいたい、フェリス女学院といえば、今でもいわずと知れた横浜のお嬢様学校だが、当時もそうである。この学校は、1870年にアメリカから来た改革派教会の伝道師メアリー・エディー・キダーが開設したもので、教養の高い家庭婦人、女子教員、伝道師の養成を目的とした学校であった(小河織衣『女子教育事始』丸善、1995年)。
その授業料は月1円、食費舎費をあわせて月に3円だったと記録されている(フェリス女学院『フェリス女学院 100年史』中央公論事業出版、1970年)。当時の巡査の月給が6~10円であったことを考えると、官吏の月給の半分近くという極めて費用のかかる学校であったことがわかる。現代でいえば、慶應幼稚舎あたりのセレブ私学に通わせているようなものだ。
気軽に通える学校ではない。親が「うちの娘を頼む」と腹をくくって送り出す学校である。ここから見えてくるのは、ドラマの直美とはまったく正反対である。
■“エリート軍人”の夫を亡くし、恩給もあったはず
夫・鈴木良光は、幕臣の出身でありながら五稜郭の戦いを最後まで戦い抜き、その後明治陸軍に入隊して歩兵少佐にまで出世した人物である。
『明治職官沿革表』(内閣書記官室記録課)によれば、明治13年時点で歩兵少佐の俸給は月額137円、歳額1644円。
当時の巡査の月給が6~10円であったことを考えると、その差は実に十数倍以上。現代換算で年収数千万円クラスの収入を持つ、れっきとしたエリート軍人である。
しかし、良光は病を得て1883年に死去。二人の子供を抱えてシングルマザーになった雅は、上京。1886年に、桜井女学校附属看護婦養成所に1期生として入学し大関和と出会うのである。
西南戦争に従軍し歩兵少佐にまで昇進した良光の未亡人が、無一文で路頭に迷う状況は考えにくい。一概にどれくらいの支給があったかは断言できないが、明治29年の海軍省資料によれば海軍大尉勲五等で恩給年額350円という記録がある(「恩給2(4)」JACAR Ref.C06091066300、明治29年公文備考恩給2巻13、防衛省防衛研究所)。
少佐はそれより上位であることを踏まえれば、相応の恩給が雅に支給されていたと考えるのが自然だ。なにより、雅の実家は高額なキリスト教の学校に娘を入れる程度の経済力もある。
■時代を懸命に生きた鈴木雅への冒涜だ
「モデルではなくモチーフ」といえば、それまでかもしれない。フィクションである以上、自由に脚色してよいという理屈は成り立つ。だが、捨て子の孤児、身分詐称の婚活、鹿鳴館のメイド、ここまで正反対に描けば、もはや「モチーフ」とも言いがたい。
少なくとも、この時代を懸命に生きた鈴木雅という実在の人物に対する冒涜になっている。
さて、ここまで読んできた方はお気づきだろう。このドラマが抱える問題の本質は、あの「特攻ポルノ」と同じ文脈である。
映画『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』(2023年)を覚えているだろうか。現代の女子高生が太平洋戦争末期にタイムスリップし、特攻隊員と恋に落ちるあの作品だ。
そもそも「ポルノ」とは何か。性的なコンテンツのことではない。「消費者が気持ちよくなるために、都合の悪い複雑さを全部削ぎ落とした状態」のことだ。
史実の特攻隊員たちは「死にたくない」と思っていた。「なぜ俺が死なねばならないのか」という怒りを抱えていた。愛する人に会いたかった。国家に騙されたと感じていた者もいた。遺書にはそういった言葉が残されている。それが人間というものだ。
■「社会への怒り」と「信仰」が希釈されている
「あの花」はその複雑さを全部消去する。国家による強制死を、本人が純粋に肯定している記号に変換する。そして現代の女の子との恋愛というエモさで視聴者を泣かせることで、「その構造はおかしくないか」という問い自体を封じる。
気持ちよく泣けて、何も考えなくていい。
「風、薫る」がやっていることも、構造としてまったく同じである。
本来、大関和も鈴木雅も、どういう人間だったか。ままならない自分の人生と、世間に対する鬱屈を抱えた女性たちが、アメリカから来た改革派教会の「社会を変えれば救われる」という最新の布教……今でいえばSDGsとかフェミニズムとかに「これだあああ‼」と目覚め、怒りのエネルギーを社会改良運動に変換して成功した人たちである。その駆動力は、信仰の強烈さと、士族としての怨念と、社会への怒りだ。生易しいものではない。
原案となった田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』(中央公論新社、2023年)は、この信仰の強烈さの部分を重視せず、女性の社会進出と友情のフィクションとして描いた。それ自体はひとつの解釈として成立する余地もある。
だが、そこからさらにNHKのドラマがエモさ重視で改変を重ねた結果、何が起きたか。士族の令嬢は捨て子の孤児に、信仰と怒りの女性は婚活女子に、社会改良運動は炊き出しへと改変された。
■大関和と鈴木雅は怒っているに違いない
わかるだろうか? 原案小説の段階で薄められた「怒り」と「信仰」が、ドラマ化の段階でさらに希釈され、最終的に「ちょっと型破りな女の子の冒険と成長」になった。二段階の漂白である。
歴史上の人物を「感動の記号」に変換するとき、その人物が実際に何者であったかは消去される。残るのは、現代の視聴者が「泣ける」「推せる」と感じるための装置だけだ。これが特攻ポルノと同じ構造だと言った理由である。特攻隊員から死の恐怖と国家への怒りを抜けば「純粋な青年」になるように、大関和と鈴木雅から信仰の強烈さと階級の怨念を抜けば「頑張る女の子たち」になる。
都合のいい部分だけを切り取って消費する。
大関和も鈴木雅も、そんな消費のされ方を望んではいないだろう。いや、望んでいないどころか、キィいぃぃ‼ と激怒するのではないか。なにしろ彼女たちは、世間への怒りを燃料にして時代を変えた女性たちなのだから。

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昼間 たかし(ひるま・たかし)

ルポライター

1975年岡山県生まれ。岡山県立金川高等学校・立正大学文学部史学科卒業。東京大学大学院情報学環教育部修了。知られざる文化や市井の人々の姿を描くため各地を旅しながら取材を続けている。著書に『コミックばかり読まないで』(イースト・プレス)『おもしろ県民論 岡山はすごいんじゃ!』(マイクロマガジン社)などがある。

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(ルポライター 昼間 たかし)
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